建築家、ル・コルビュジエは自身をヴァイオリンになぞらえた
アマチュアながら熟達した腕をもつと評判の「日曜ヴァイオリニスト」兼、多摩美術大学教授でありながら愛にあふれたキャッチーな絵を描く「ラクガキスト」の小川敦生さんによる連載。
第9回は、世界文化遺産に登録された国立西洋美術館の建築家で知られるル・コルビュジエを、音楽との関係が見える絵描きとしての側面をクローズアップ!
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
建築家の絵画作品を観る
国立西洋美術館が世界遺産に指定されたことなどで日本でも広く知られるフランスの建築家、ル・コルビュジエ(1887〜1965年)には、音楽との意外なつながりがある。ヴァイオリンを絵画作品で描いているのだ。
同館で開催中の「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」展に行くと、多数の実例を見ることができる。
そもそも建築家の展覧会ゆえ建築模型や図面ばかりだろうと思いきや、絵画作品の出品が多いのが同展の特徴だ。驚くべきは、本人の絵と一緒に展示されている周辺画家の作品群。ピカソ、ブラック、レジェなど20世紀前半の巨匠の作品が並んでいるのだ。そんな美術環境に育ったル・コルビュジエがモダンな建築の数々を生んだことを思うと、なかなか感慨深い。
建築は、絵画と同じくクリエイティブな要素をもつ反面、重力に縛られるので物理的に相当な制約がある。つまり原則的には「絵空事」ではありえない。逆に、絵画の上では力学を無視した建築も成り立つ。一人の人物が建築と絵画の両方に手を染めていたということは、その協調やせめぎ合いを見ることができるのではないか。実にわくわくしてくる話だ。
結婚翌年に描いたヴァイオリン
ル・コルビュジエが描いたヴァイオリンに再び目を向けてみよう。1931年に描いた《レア》。実際の楽器の姿からはかなり変形しているが、胴体の湾曲したライン、f字孔と呼ばれる弦楽器特有の穴、上部の渦巻きの形などから、右上のモチーフをヴァイオリンと同定するのはさほど難しくはないはずだ。
同展の図録に掲載された作品解説で、大成建設ギャルリー・タイセイ学芸員の林美佐氏は、左上に描かれた牡蠣の貝殻のようなモチーフを作家の妻のイヴォンヌ、そしてヴァイオリンを音楽好きな作家本人の像と推測している。
かなり前衛的な絵なので、すぐには意味を読み取れないかもしれない。これを、ドアを開けて庭に出てきた妻(貝殻)がテーブルの辺りにいる夫(ヴァイオリン)のところに来て話しかけようとした日常的な家庭の風景と見るとどうだろう。
折しも2人が結婚したのは、描いた前年の1930年。前衛的な風景の中にも愛を感じるのは筆者だけだろうか。
ここで1曲。ワーグナーが妻のコジマの誕生日とクリスマスのプレゼントにしたという「ジークフリート牧歌」をどうぞ。
ワーグナー:「ジークフリート牧歌」
(1870年12月25日自宅で非公開で初演。ジークフリートとは前年1869年に生まれた息子の名前)
ところで、ル・コルビュジエの絵にヴァイオリンが登場する必然性は、まずは作家の出自にありそうだ。ル・コルビュジエは父親が時計職人、母親はピアノ教師、そして兄はプロのヴァイオリニストだったという。形のあるものづくりと形がない音楽の創出が交錯する家で本人は画家を目指し、建築家として大成する。画家になろうとした段階ですでに、楽器をモチーフにするのは自然なことだった。
「キュビスム」と「ピュリスム」
もうひとつ見逃せないのは、周辺の画家がたくさん楽器の絵を描いていたことだ。この連載の1月17日付の記事「パリで出合ったカラヴァッジョとブラックのヴァイオリン絵画」では、ブラックやピカソが「キュビスム」の作品の中でヴァイオリンなどの楽器を「解体」して描いたことを取り上げた。
ル・コルビュジエ展には、キュビスムの画家の一人、フアン・グリスの《ヴィオラ》という作品が出品されていた。単独で絵の主題になるのが珍しいこともあって、実に興味深く眺めた。ヴァイオリンやヴィオラは独特の曲線美やf字孔といった特徴的な造形をもつことから、解体して描いてもなお楽器であることを想起しやすく、格好のモチーフだったのかもしれない。
一方、ル・コルビュジエは仲間の画家アメデ・オザンファンと一緒に「キュビスム」を批判し、「ピュリスム」というムーヴメントを起こす。しかし、なぜかブラックらキュビスムの作家たちと同じように楽器のモチーフはたくさん描いた。
日曜ヴァイオリニストを自称する筆者としては、どちらにも楽器愛を感じる。しかも、ル・コルビジュエの場合はヴァイオリンを自身になぞらえている。思い入れの深さは尋常ではなさそうだ。
建築にも見られるヴァイオリンのような曲線
筆者は、ル・コルビュジエの初期建築の代表作として名高い、パリ近郊のサヴォワ邸を訪れたことがある。竣工は1931年。まさに《レア》を描いた年にできた建築だ。
中を歩くと、屋上や室内の階段などの随所に、ヴァイオリンの胴体のような曲線美をもつ造形が施されていることがわかる。しかも、個人の邸宅なのに、ぐるぐると歩き回る気持ちを呼び起こされる。ひょっとすると作家は、そこに音の流れを表したのではなかろうか。
国立西洋美術館も、渦巻き形の動線に特徴がある。ここにもヴァイオリンの影が見える。ル・コルビュジエの建築と絵画のつながりには、音楽も介在しているのではないか。そんなことを考えながら館内を巡ると、建築の魅力がいっそう増した。
Gyoemon作《愛のヴィオロン邸》
会期: 2019年2月19日(火)〜5月19日(日) 9:30~17:30(毎週金・土曜日 ~20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日: 月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)
会場: 国立西洋美術館 本館(東京都台東区上野公園7-7)
料金: 一般 1,600円、大学生 1,200円、高校生 800円
*中学生以下は無料 *心身に障害のある方と付添者1名は無料(入館の際に障害者手帳を提示)
問い合わせ: ハローダイヤル Tel.03-5777-8600
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