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2019.04.19
日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.10

徳川家光が動物の絵画? 美術と音楽におけるアマチュアリズムを思う

アマチュアながら熟達した腕をもつと評判の「日曜ヴァイオリニスト」兼、多摩美術大学教授でありながら愛にあふれたキャッチーな絵を描く「ラクガキスト」の小川敦生さんによる連載。

第10回は、府中市美術館の「へそまがり日本美術」展から、美術と音楽のアマチュアリズムについて考察されています。アマチュア奏者として長く活動する小川さんの思いが、いつになく熱を帯びた絵画の紹介文に表れ、最後のラクガキはアマチュアによる絵画をアマチュアのラクガキストが模写しているという様相を呈しています。

音楽とラクガキではアマチュア
小川敦生
音楽とラクガキではアマチュア
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

トップ写真:府中市美術館外観(筆者撮影)

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府中市美術館と動物たち

「へそまがり日本美術」という茶目っ気たっぷりのタイトルの展覧会が、東京の府中市美術館で開かれている。伊藤若冲や長沢蘆雪ら近年「奇想」の画家として注目されている絵師による江戸絵画を中心に構成されている。企画を担当したのは、「ねこと美術」などの著書を持つ同館学芸員の金子信久さん。同館では「動物絵画の250年」展(2015年)なども開いており、この展覧会でも動物の絵をたくさん、そして楽しく見ることができる。

同展のフライヤーや看板に、シンボルキャラのように登場しているのも動物だ。とはいっても、ぱっと見てそれが何かを言うのは意外と難しいかもしれない。

同展チラシ。この左下の動物が何かわかりますか?
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正解はうさぎだ。しかも驚くなかれ、作者は江戸幕府第3代将軍の徳川家光。当時の政界の頂点に立つ人物だが、画家としては“アマチュア”ということになる。ということで、今日は音楽を含めた“アマチュアリズム”の話につなぎたい。

徳川家光の描いたうさぎ

まずは家光のうさぎと素直に向き合ってみる。「稚拙」という言葉が脳裏をかすめる。顔の部分だけを見ると、むしろ人間っぽくもある。ひょっとすると人面うさぎなのか? 今度は「何だか面白いなあ」と思う。さらにじっと見る。どうも切り株か何かの上にうさぎがちょこんと乗っかっているらしいことが認識できた。

徳川家光《兎図》(=部分、江戸時代前期、17世紀後半)
軸装の縦長画面から兎(うさぎ)をクローズアップした写真。まあ、現実にはこんなうさぎはいないのではないかなあ。しかも作者は将軍様である。

改めてまた見る。こんなに耳が長いうさぎが本当にいたのか。

ここで、戦国時代の武将たちが身につけた「変わり兜」を思い出した。ネットで「うさぎ 変わり兜」と検索するとたくさんの写真がヒットする。耳が妙に長いものが多い。思えば、徳川家光も武士である。ひょっとすると、変わり兜のうさぎがルーツだったのか! などと思いを巡らせる。戦国時代のデザイン感覚に満ちたうさぎ耳が、天下泰平の徳川の治世に、将軍の趣味の絵の中でシンボリックに顔を出した——勝手な想像ではあるけれど、うさぎが絵になるのにこうして幾重もの人間のクリエイティビティが反映していると考えるのも面白い。

御用絵師に学んだ将軍

ところで徳川家光は、参勤交代制度を定着させるなど幕府のシステムを確立した人物だ。そんな「お堅い」政治家が絵を描くたしなみを持っていたこと自体にも興味が向く。

そもそも幕府には御用絵師と言う職種があった。城中の襖絵などを描く、いわゆる芸術家を国が雇用していたという粋な話だ。家光の時代には、御用絵師の代表格として知られる狩野探幽らがいた。同展図録に掲載された金子さんの論考によると、どうやら将軍は身近にいた絵師に学ぶ機会もあったらしい。

それゆえに不思議なことがある。狩野派というのは、先達が描いた手本を写すことを主な修業の方法としていたことで知られる。松の大樹や龍虎など、画題も決まっていた。武家にふさわしいものは何か、などを考えれば、画題がある程度限られていたことにも納得がいく。

だとすれば、家光はそんな環境のもとで、なぜ型にはまらないうさぎの絵を描いたのだろうか。少なくともただ下手だったという次元を超えている。筆者は、そこに一種のアマチュアリズムを感じるのである。

芸術におけるアマチュアリズム

「日曜ヴァイオリニスト」を自称する筆者は、とにかく音楽が好きで数多の演奏をしてきた。素晴らしいプロの方々には技術も表現力もまったくかなわない。

しかし、何というか、音楽への愛情あるいは情熱という点だけは負けない。また、周囲にも自分と同じようなアマチュア奏者がたくさんいる。やはり愛と情熱に満ちている。たまに、その愛に体中がしびれるほどしみじみすることがある。

もちろん、プロの中にも愛に満ちた演奏をする方がたくさんいて、しばしば素晴らしさを感じる。そうした方々から「心はアマチュアなんです」という言葉を聞くことがある。「好きで演奏している」と解釈している。やっぱり音楽は愛なのだなと思う。

さて徳川家光。技術とは関係なく、描きたいという心のほとばしりを見てしまうのだ。鮮烈な表現欲求の中に、描くことへの愛が見える。どんな世界を覗く場合でも、愛がそこにあると温かみが伝わってくるものだ。だから家光の絵には心地よく接することができるのだと思う。

家光の息子・家綱

数年前、東京・新橋の東京美術倶楽部で開かれた東美特別展で、ある美術商が出品した家光の息子の4代将軍・家綱が描いたという鶏の軸装画を見た。今でも鮮烈に印象を覚えている。人面鶏だったからだ。

親子の血は争えないということか。あるいは、父の絵を見て「絵はこれでいいんだ」と思い、狩野派を尻目にはじけたのか。いい親を持ったものだ。長く徳川の治世が続いた理由を、これまた勝手に裏読みした次第である。

徳川家綱《鶏図》(=部分、江戸時代前期、17世紀後半)
府中市美術館に出品されている家綱の鶏のクローズアップ。数年前に東美特別展で見た同じ家綱の鶏図とはまったく味わいが違うが、こちらも愛嬌いっぱいの作風。狩野派に学ぶ機会がありながらこんな絵が描けるというのは、画家としての自由な心を保てている証しともいえるのではないだろうか。

アマチュアリズムを感じる展示作品

せっかくなので、アマチュアリズムにかかわりがあると思われる「へそまがり日本美術」展の展示作品をいくつか紹介しておきたい。

狩野山雪《松に小禽・梟図》
狩野山雪は狩野派の絵師だが、伊藤若冲らを取り上げて現在の再評価につながった辻惟雄著「奇想の系譜」(1970年刊)でも取り上げられた個性派。筆者も数十年来のファンだ。垂直に枝が立つ洗練された構図の中でとぼけた感じのフクロウが実にいい味を出している。江戸ではなく京都で活躍したことも、将軍家の御用絵師とは異なる特徴につながったのかもしれない。とても狩野派とは思えないところに、アマチュアリズムの匂いを感じる(江戸時代前期、17世紀、滴翠軒記念文化振興財団蔵、府中市美術館寄託、4月14日で展示終了)。
伊藤若冲《福禄寿図》
極彩色の「動植綵絵」が人気の若冲だが、墨絵でも豊かな表現力を発揮している。それにしても、こんなにひょうきんな絵を描いていたとは! 若冲は禅寺とも深いつながりを持っており、禅画がたたえた”アマチュアリズム”の匂いを強く感じさせる(江戸時代後期、18世紀後半)。
長沢蘆雪《狗子図》
何というかわいさ! 1匹だけ月見をしている子犬がいるのもいい感じだ。長沢蘆雪は辻惟雄著「奇想の系譜」で取り上げられた絵師の一人。師の円山応挙が得意とした子犬の表現を継承、昇華したことを感じさせる作品の一つ。この展覧会では、プロの絵師の感覚だけでは計ることができない表現に焦点が当てられている。日本美術の新たな魅力が見えてくるのではないか(江戸時代中期、18世紀後半、滴翠軒記念文化振興財団蔵、府中市美術館寄託)。

Gyoemon作《徳川家綱「鶏図」の模写のある風景》

2016年10月に東京美術倶楽部で開かれた東美特別展に出品されていた徳川家綱の《鶏図》の人面鶏度があまりに高く驚愕したので、帰宅後、記憶に基づいて模写を描いたのがこれ。Gyoemonはもともと絵がヘタヘタなうえ、記憶頼みなものだから、どう考えても似ていないはず。まあ、雰囲気が少しでも伝わればということで。絵の右横にある家みたいな顔みたいな物体はおそらく綱でできた家である(Gyoemonは筆者の雅号。2016年)

※本記事に掲載した写真の作品は、最後のGyoemonの作品を除いて、すべて府中市美術館「へそまがり日本美術」展の出品作です

展覧会情報
「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」

会期: 2019年3月16日(土)~5月12日(日)10:00 〜 17:00(入場は16:30まで)

前期 3月16日(土)~4月14日(日)

後期 4月16日(火)~5月12日(日)*大幅な展示替えあり

休館日: 月曜日(4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)

会場: 府中市美術館 2階 企画展示室

料金: 一般700円(560円)、高校生・大学生350円(280円)、小学生・中学生150円(120円)

※( )内は20名以上の団体料金。

※未就学児及び障害者手帳等をお持ちの方は無料。

※常設展も観覧可能

※府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」で無料

※2度目は半額。観覧券の購入時に、半額になる割引券が付く(本展1回限り有効)

問い合わせ: ハローダイヤル Tel.03-5777-8600

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小川敦生
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1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

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