日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.15

レオナルド・ダ・ヴィンチが奏でた音楽を聴きたい!

イベント
2019.09.22

2019年はレオナルド・ダ・ヴィンチの没後500周年! 多才なダ・ヴィンチは、絵画作品に楽譜や楽器を描いていますが、その当時の音楽とは?
日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキスト、小川敦生さんが読み解きます。

演奏するラクガキスト
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト
小川敦生
演奏するラクガキスト
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

今年は、イタリア・ルネサンス芸術の巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の没後500年に当たる。パリのルーヴル美術館ではこの秋から本格的な周年記念展が開かれるなど、これからも楽しみな催しが予定されているようだ。本連載でもささやかな記念のつもりで記事を書かせていただこうと思う。

ダ・ヴィンチの絵から読み解く音楽

さて、ONTOMOでダ・ヴィンチの記事を書くからには、必然的に音楽の話になる。「えっ、ダ・ヴィンチと音楽のかかわりなんて聞いたことがないよ」という人もいるだろう。

そこでまず例に挙げたいのが、1490年頃ミラノで弟子と一緒に制作したという《音楽家の肖像》という油彩画だ。 描かれた人物は、ミラノの大聖堂の楽士長(*)。画面右下に、楽譜らしきものが見える。描写がそれほど細密ではないので、曲の内容はよくわからない。しかし、よく見るとそれが五線譜らしきことがわかる(もっとよく見ると6本線があるように見える部分もあるが)。

*ビューレント・アータレイ、キース・ワムズリー著、藤井留美訳『ダ・ヴィンチ 芸術と科学の生涯』(日経ナショナル ジオグラフィック社刊)の記述による

レオナルド・ダ・ヴィンチ《音楽家の肖像》(1490年頃、ミラノ・アンブロジアーナ図書館蔵)
ダ・ヴィンチのみの手によるのではなく、弟子とともに描いたことが推測されている。

この事実だけでも実は意外と面白い。というのは、当時は「ネウマ譜」と呼ばれる四線譜が存在していたからだ。例えば、ルネサンス期より古いグレゴリオ聖歌などの譜面に、その実例がある。ダ・ヴィンチの時代は四線譜から五線譜への移行期だった。

グレゴリオ聖歌の四線譜(ネウマ譜)の例。楽譜の周囲の装飾が美しい。
聖霊を表象する鳩がグレゴリウス1世(540?-604)に霊感を与え、グレゴリオ聖歌を書き取らせたとする絵。その名前はグレゴリウス1世が編纂したと信じられていたことに由来。

シロス修道院合唱団によるグレゴリオ聖歌。祈りの言葉が単旋律の歌になり、キリスト教の典礼に組み込まれている。

筆者がヨーロッパの博物館などで四線譜を見てきた限りでは、見た目の美しさを意識してレイアウトされた例が多く、音を聴かなくても目の保養になる経験をしてきた。 音符の記し方や配置は美しい抽象絵画のようでもあり、譜面の周囲に華やかな装飾図柄が描かれている例もあった。

筆者は以前、こうした譜面(おそらく複製)を見て歌う演奏を、東京のある教会で開かれた演奏会で聴いたことがある。伴奏はなく、4〜5人の歌手が譜面台に置かれた一つの楽譜を一緒に見て斉唱していた。印象に残っているのは、響きの美しさだ。それは、バッハやモーツァルトが登場する前の時代にも素晴らしい音楽が存在したことを証明するのと同時に、もう一つの重要なことを気づかせてくれた。

「美しい楽譜が美しい音楽をもたらす」ということである。

日曜ヴァイオリニストを自称する筆者は、これまでにたくさんの素晴らしい指揮者の方々のもとで、 クールなオーケストラ演奏を経験する機会を得てきた。その言葉を発したのは、現在80代後半にして現役指揮者として活動している三石精一さんだった。

実はその指摘は、筆者たちが使っていた楽譜が乱雑な書き込みなどのせいであまりにも汚かったという現実の中であったことだった。指摘された奏者たちは、次の練習までに可能な範囲で譜面を美しく整えた。すると、魔法のようにとは言わないまでも、相当程度、音がきれいになったのである(もちろん練習したからという要素があったことも否定はしない(笑))。

そうした経験があったゆえ、美しい四線譜を見るに及び、これは必ずや美しい歌声が響くに違いないと確信したのである。

描かれた楽譜や楽器からダ・ヴィンチを想像する

ダ・ヴィンチの話に戻る 。
四線譜から五線譜(あるいは六線譜?)へと線が増えたということは、それだけ表現できる音の範囲が広がったということである。すでに音楽は以前よりも複雑になり始めていたのだろう。 複雑な音楽を楽譜で表現するためには、表記法を充実させる必要が出てくる。例えば八分音符や三連符で長さの違いを表したり、#や♭で半音階を表現したり、アクセント記号によって音の強調がわかるようにしたりといったことだ。

《音楽家の肖像》に描かれた楽譜をよく見ると、そうした音の細かな表現が出始めていることがおぼろげにわかる。装飾性を優先させたグレゴリオ聖歌の楽譜とは、ずいぶん違う趣だ。そこで美しさとのバランスをどう取るかが、なかなか興味深い。おそらく音楽の世界でも先端を走っていたダ・ヴィンチの絵は、そんなことを考えさせてくれるのである。

《音楽家の肖像》の楽譜の部分

ダ・ヴィンチは、絵の修業をしていたフィレンツェからミラノに移った1482年に、当時の領主の前では何と楽器を演奏して自らの才能を披露する。弾いたのはリラという弦楽器で、馬の頭蓋骨の形をしていたという(**)。 画家、建築家のジョルジョ・ヴァザーリが16世紀に著した「芸術家列伝」のダ・ヴィンチの章には、相当な名手だったことが書かれている。

数多残した素描にも、楽器を描いたものもある。おそらくダ・ヴィンチは、その豊かな才能から音楽の世界をも極めていたのだろう。それが、絵画の中に描かれた楽譜などのモチーフからほの見える。そんなことを頭に置いて絵画を鑑賞すると、はたしてダ・ヴィンチはどんな音楽を奏でていたのだろうと想像したくなる。実に楽しい。 

**竪琴のように指で弦を弾く撥弦楽器だったという説と、弓で弦をこすって音を出すリラ・ダ・ブラッチョと呼ばれる擦弦楽器だったという説がある

Gyoemon作《ヴィオラ・ダ・ヴィンチ》

どうやらレオナルド・ダ・ヴィンチは楽器の名手だったらしい。録音が残っていないのでどんな演奏をしていたかはわからないのだが、ミラノの領主の前で楽器の腕前を披露したくらいだから、それなりに演奏に自信があり、ならば必ずや音楽の魔力に取り憑かれ、入れ込んでいたのではないだろうか。そして、おそらくあの世では楽器と同化しているに違いないという推測に基づいて、描いてみたのがこの絵である。ヴィオラ・ダ・ガンバやヴィオラ・ダ・モーレといった楽器の親戚と思っていただけるとありがたい。Gyoemonはラクガキストを自認する筆者の雅号。
展覧会情報
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展

会場: ルーヴル美術館(パリ)

会期: 2019年10月24日(火)~2020年2月24日(月)

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