日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.17

古代の器が奏でる「悪魔の和音」とは? 箱根ポーラ美術館の「シンコペーション」展

イベント
2019.11.15

箱根のポーラ美術館「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で並べられた古い陶磁器たち。一つひとつにマイクが設置されているけれど、果たして、どんな音が聴こえてくる……?

日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキスト、小川敦生さんが読み解きます。

この記事をシェアする
トップ写真:オリヴァー・ビア《悪魔たち》(2017年、フォーリンデン美術館蔵)の展示エリアより
演奏するラクガキスト
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト
小川敦生
演奏するラクガキスト
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

陶磁器は微弱な音を内在している

神奈川県箱根町に立つポーラ美術館。印象派や日本近代美術を多く所蔵する同館で現在開かれている「シンコペーション」と題した展覧会を訪れると、一角で何やら不気味な音が響いていた。 パイプオルガンのような、しかし美しく調和の取れた音ではない、いわゆる不協和音が鳴っていたのである。

その空間には、演奏家がいたわけでも楽器が配置されていたわけでもない。並んでいたのは、多くが東洋のものと見られる陶磁器だった。

オリヴァー・ビア《悪魔たち》(2017年、フォーリンデン美術館蔵)の展示エリアより。手前に仏頭のようなものがあるのが興味深い。中が空洞になっていると見られる。

大きな壺もあれば、ラクダ形の陶器もある。猫の置物のようなものもある。美術館ゆえ陶磁器が並んでいることに不思議はないのだが、少々普通の展示と違っていたのは、それぞれの器にマイクが差し込まれていたことだ。展示台の一部には、ミキシング装置やスピーカーが置かれている。 不協和音を発生させていたのはこれらの器であり、 マイクで収集し、スピーカーから音を出していたのだ。 器の数々は、中国漢時代の加彩壺など歴史的な遺物だった。

《悪魔たち》と題したこの作品を制作したイギリスの美術家、オリヴァー・ビアさんは、器がもつ音について、次のような話をしてくれた。

「ワイングラスでも貝殻でも、あるいは部屋でも、空間をもつ物体は、ある定まった音を鳴らす特性をもつ。たとえば皆さんの家の台所にある花瓶でも、耳を近づければ音がするはずだ。16の物で構成したこの作品でもっとも古い器は、古代ラトビアの3000年前のもの。“ミ”の音を古代から現代までずっと内在させてきた」

作品について解説するオリヴァー・ビアさん。

ここからの分析には、筆者の推量が入ることをお断りしておくが、弦楽器の弦のように、物体そのものが鳴っているのとは少々原理が異なるようだ。どちらかといえば、パイプオルガンのパイプのように、形と大きさによって音の種類が決まる模様だ。

一方で、パイプオルガンの演奏と違う側面もある。空気を吹き込まなくても、どの器でもそもそも微細な音が鳴っていると言い、ビアさんはその音の種類をいちいち確かめ、複数の器を組み合わせることによって和音を作っているのである。

改めて、その微弱な音に着目した美術家の感性に恐れ入った。

疎んじられたきた悪魔の和音

それにしても、この《悪魔たち》という作品タイトルは、いったい何なのだろう。確かに出てくる音は不気味である。ビアさんは「この作品ではあえて“悪魔の音”がするように器を選んだ」という。それはどういうことなのか。

ビアさんによると、 「中世の欧州では、カトリック教会が“三全音”と呼ばれる特定の和音を“悪魔の和音”として禁止していた。作曲家が使うと教会から追放してしまうこともあったようだ。19世紀に入って芸術に多様性が認められる時代に入ると、三全音も認められるようになった」という。

「三全音」(註:3つの全音からなる音程の意)というのは、たとえばドとソの♭(フラット)のように、美しく共鳴する完全5度であるドとソから、上の音を半音低くした和音のことである(楽典では「増4度」または「減5度」という)。 完全5度と違って周波数が単純な整数比ではないこともあり、聴いていると不安定な印象をもつ。

若林暢著『悪魔のすむ音楽』(久野理恵子訳、音楽之友社刊)によると、実際には、 18世紀にバッハが使ったなどの例がないわけではない。だが、たとえば柔和な和音の推移でつくられることが多い讃美歌のイメージを思い浮かべれば、「三全音」を疎んじてきたという感覚を教会側が長く持ち続けた理由も、わからなくはない。

遠い時代から鳴っていた悪魔の音楽

さて、19世紀に入って、三全音を用いたもっとも象徴的な曲は、フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンスの『死の舞踏』ではなかろうか。

カミーユ・サン=サーンスの交響詩『死の舞踏』Op.40

この曲は、コンサートマスターがヴァイオリンのもっとも高い弦(E線)をミから半音下げてミの♭にチューニングし、ラとミ♭の開放弦の重音を弾くという、極めて強烈なパフォーマンスで始まる。曲名からも推察される通り、この音楽が悪魔を意識しているのはいうまでもない。

若林暢さんの前掲書によると、1938年に出版された声楽とピアノのための編曲版には、「死神、ヴァイオリン弾き」という副題がつけられているという。 

ビアさんの作品で興味深いのは、ようやく近代になって認められたような、いわゆる「悪魔の和音」を、数百年以上前に作られた多くの器を使って再現したことである。もちろん、これは作家の意図が生んだ表現ではあるが、さまざまな状況のもと、近代以前においても複数の器が並んでいたことも想像できる。

ひょっとすると、期せずしてそこでは「悪魔の和音」が奏でられていたかもしれないのである。 

Gyoemon《ヴァイオリンを弾く誰か》

コンサートマスターの「悪魔の和音」のソロで始まるサン=サーンスの「死の舞踏」には踊る骸骨のイメージがあるが、描いたら何となくかわいくなってしまった。Gyoemonは筆者の雅号。
展覧会情報
「syncopation シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展

会期: 2019年8月10日(土)〜12月1日(日)

時間: 9:00~17:00(最終入館は16:30)

会場: ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285)

問い合わせ: 公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館 Tel.0460-84-2111

詳細はこちら

ツイートする
シェアする

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ