イベント
2020.08.01
8月22日より開催! サントリーホール サマーフェスティバル2020

アヴァンギャルドな音楽とは何か。一柳慧、杉山洋一、松平敬がコロナ禍に伝えるカタチ

夏の音楽シーンに欠かせない、サントリーホールが主催するサマーフェスティバル。これまで名だたる現代音楽家のチャレンジングな作品で話題を呼んできたが、2020年は、日本が誇るレジェンド、一柳 慧が「東京アヴァンギャルド宣言」と題してプロデュース。8月22日(水)から30日(日)まで、今現在の前衛を紹介していく。
では、いったい今のアヴァンギャルドとは何なのか。現代音楽を専門とする白石美雪の司会のもと、一柳 慧、同フェスティバルに登場する杉山洋一、松平 敬の面々に語り合っていただいた。

司会・文
白石美雪
司会・文
白石美雪 音楽評論家

東京藝術大学大学院音楽研究科修了。専門は音楽学。ジョン・ケージを出発点に20世紀の音楽を幅広く研究するとともに、批評活動を通じて、現代の創作や日本の音楽状況について考...

写真:各務あゆみ

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今、一柳がスポットライトをあてる音楽とは

サントリーホール サマーフェスティバルの季節がやってくる。秋の音楽シーズンに先駆けて、赤坂で楽しむ現代音楽の祭典だ。1週間ほどの期間に20世紀の話題作や最新の現代音楽を取り上げる。世界初演、日本初演となる作品も多い。ここでしか聴けない音楽が楽しみで、いつもわくわくしながら参加してきた。

2013年からは「ザ・プロデューサー・シリーズ」として、個性的な企画者にプログラムが委ねられた。今年は作曲家・ピアニストとして現代音楽を牽引してきた一柳 慧(いちやなぎ・とし)である。題して「2020 東京アヴァンギャルド宣言」。プログラムは例年になく、日本人作曲家にスポットライトをあてる。

20世紀モダニズムの熱い時代を駆け抜けた一柳がいま、どんな想いで日本の現代音楽をみつめているのか。若い世代を代表して、作曲家でサマーフェスティバルには欠かせない指揮者の杉山洋一と、同じくサマーフェスティバルの常連で、現代曲の初演者として信頼の厚いバリトンの松平 敬に同席いただいた。

一柳 慧(いちやなぎ・とし)
作曲家、ピアニスト。1933年、神戸市生まれ。高校時代に毎日音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)作曲部門第1位入賞。19歳(52年)で渡米、ジュリアード音楽院卒業。この間にE. クーリッジ賞、A. グレチャニノフ賞を受賞。留学中にジョン・ケージと知己を得、偶然性や図形楽譜による音楽活動を展開。61年、20世紀音楽研究所の招聘で帰国、自作品ならびに欧米の新しい作品の演奏と紹介を行なう。
ウィーン・モデルン、ベルリン芸術週間、イギリス・BBC響、パリ管、チューリヒ・トーンハレ管、フィンランド・Avanti! 室内アンサンブルなどから作品の委嘱を受け、欧米各地で作品発表と演奏活動を展開。尾高賞を5回、フランス芸術文化勲章、毎日芸術賞、京都音楽賞大賞、サントリー音楽賞ほか受賞多数。2008年より文化功労者、16年度日本芸術院賞および恩賜賞を受賞。18年文化勲章を受章。現在、神奈川芸術文化財団芸術総監督。
作品は4曲のグランド・オペラ、11曲の交響曲、12曲の協奏曲、6曲の雅楽、電子、コンピュータ音楽など。

アヴァンギャルドとは、自然のように自由であること

白石 アヴァンギャルドとは何かを、普通の人にわかりやすく言うとしたら? 一柳先生、いかがでしょう。

一柳 ひと言で言うと、私は音楽に自由があるかどうか、どれぐらい自由度が入っているかということだと思う。言ってみれば、あるがままの自然と同化していけるような内容、考え方、そういったものがアヴァンギャルドの音楽だろうということですね。

第二次世界大戦が終わったあとの20世紀後半には、多くの作曲家がアヴァンギャルド的な音楽を志向していたと思うんですよ。でも、だいぶ時間がたって、アヴァンギャルドがポストモダンになって変質した。今は残念ながら、音楽全体がかなり頽廃したエンターテインメントみたいなことになっていますね。

話は跳ぶけれど、今起きているコロナウイルスの災いは、温暖化に象徴されるように、本来なら自然であるべき場所を、人間がどんどん支配してゆがめている——別な言葉で言うと、経済のもとで自然を開発したり破壊したりすることで起きているように思います。人間と自然の距離感が広がってきている。

人間は本来、自然の分身だと思うんですよ。だけど、最近みたいに、例えばAIとか、デジタルなものとかが片方でどんどん進行している時期に、それは自然と相容れなくなってきている。自然と科学技術も、だんだん距離が離れていく。科学技術を応用した音楽はあるけれども、私はそれがアヴァンギャルドにつながるとは思っていないんですよ。

白石 自然がアヴァンギャルドの音楽にとっては重要だというお話なんですけど、自然と自由というのは、つまり……。

一柳 つまりね、自然というのは、まったく自由。人間のような意思があって動いているんじゃなくて、たくさんの生き物とか植物が混ざり合って、自分が生きたいように生きている。そういう自由さが大事だと思っています。

白石 そうすると、やっぱりアヴァンギャルドというのは、自然のように自由であるという精神の在り方なんですね。

一柳 そう思いますね。例えば、杉山さんの音楽なんか聴いていると、言葉や論理で音を制御しちゃうのではなくて、すごく自由があるからすばらしいと思うんです。

杉山 ありがとうございます。

杉山洋一(すぎやま・よういち)
作曲家、指揮者。1969生まれ。桐朋学園大学卒業。作曲家として、ミラノ・ムジカ、ヴェネツィア・ビエンナーレをはじめ、国内外より多くの委嘱を受ける。代表作として、大統領令に基づく打楽器奏者のための『壁』、チベット民謡による『馬』、女声と室内楽のための『杜甫二首』、ブリアート族シャーマンの旋律に基づく三味線と弦楽合奏のための『歩み』、十七絃のための『鵠』がある。
作曲家として、「東京現音企画#01~イタリア特集」で第13回佐治敬三賞、第2回一柳慧コンテンポラリー賞受賞。指揮者として、第68回芸術選奨文部科学省大臣新人賞受賞。2010年サンマリノ共和国聖アガタ騎士勲章受勲。ミラノ市立クラウディオ・アバド音楽院教授。

先端にいて、そこから見える風景を見る

白石 杉山さんにとって、アヴァンギャルドって何ですか。

杉山 おそらく僕らの世代は、子どもの頃から一柳先生とか(高橋)悠治さんを聴いて、「ああ前衛音楽ってこういうものか」と思って育ってきたんですよ。だから、アヴァンギャルドというと、ああいう音楽と思ってきた。

白石 明確なモデルが存在したんですね。

杉山 ここ2、3年、いわゆる戦後の前衛音楽を演奏する機会がいっぱいあったんですね。当時、前衛音楽と言われていたものは、実体の質量のものすごさ、みたいなのは明らかにあって。

今、AIが出てきて、じゃあ、わざわざ生身の人間が音楽をやるというのは一体何なのか、と立ち戻る。それが我々世代にとっての、もしくは2020年7月の時点においての前衛ということなのかなという気がします。

白石 現時点において、これから何が大事になるかを真剣に考えること自体が、アヴァンギャルドであると。

杉山 我々はまだ(コロナ禍の)真っ只中にいるけれども、明らかに何かひとつの区切りがある。こういうふうに強制的に人間同士が離される状況下に置かれると、区切りを認識せざるを得ない。少なくとも今までと同じような形での人間関係が続かないことは明らか。僕らみたいにインターネットが出てくる前からいる人間からすると、ずっとこのままいっちゃうのかなと思っていたら、バサッと現実を突き付けられた。

アヴァンギャルドというのは、言葉の意味から言えばパイオニアではないし、破壊者でもなく、前にいてガードするわけです。先端にいて、そこから見える風景を見るという。

白石 かつては破壊して新しいもの、今までまったくなかったものをゼロから創るというのが前衛だったんじゃないでしょうか。

杉山 それって僕らのすごく大きな勘違いだったような気がするな。壊すには壊す理由があったわけじゃないですか。

白石 1950年代は第二次世界大戦の悲惨な結末が重くのしかかって、それまでの価値観を信じることができなくなった。

杉山 だから、壊すことが目的ではないし、パイオニアになろうと思うのも目的ではないけれども、そうせざるを得なかった。それが強いから、当時の前衛音楽は音の実体がものすごく強いんだと思うんですよね。

もしかしたらコロナが終わった時点と、1946年から50年ぐらいの状況と近いかもしれないんですね。その地平を改めて見て、自分にとっての新しいアヴァンギャルドの意味を見出そうとしています。

存在自体が何かおかしい

白石 松平さんにも同じ質問をしていいですか。演奏家としてみると、今のアヴァンギャルドは20世紀後半と、やっぱり違いますか。

松平 杉山さんが初めにおっしゃられたことと近くて、アヴァンギャルドって聞くと、ブーレーズだったりシュトックハウゼンだったり、日本の作曲家だと一柳さんとか、1950年代、60年代のイメージとすごく結びついているんです。

今回(サマーフェスティバルで)選ばれているのは、わりと私が演奏した作曲家の曲が多いんですね、日本人も。いわゆる1950年代の音楽とは、作風、傾向が全然違うんですけれども、今のアヴァンギャルドと言われたら、まさにそうだなと納得できる。

松平 敬(まつだいら・たかし)
バリトン歌手。愛媛県宇和島市生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修了。現代声楽曲のスペシャリストとして、湯浅譲二、松平頼暁、高橋悠治、西村朗など150曲以上の作品を初演。これまでサントリーホール サマーフェスティバル、新国立劇場などに出演。CD録音では、一人の声の多重録音を駆使した『MONO=POLI』(平成22年度 文化庁芸術祭優秀賞)、一柳慧やケージなどの五線譜を使用しない作品を集めた『エクステンデッド・ヴォイセス』など3枚のアルバムのほか、チューバの橋本晋哉との「低音デュオ」で2枚をリリース。著書『シュトックハウゼンのすべて』 (2019)で第32回ミュージック・ペンクラブ音楽賞、《THE 鍵 KEY(ザ キー)》公演で第19回佐治敬三賞を受賞。

松平 じゃあ、そういう人たちの音楽はどんな音楽なのかなと考えてみると、やっぱり何かを壊すとか、全然違うことをやろうというのではなくて、山根明季子さんとか、ちょっと変な言い方なんですが、存在自体が何かおかしいというか(笑)。

白石 はい、よくわかります(笑)。

1982年、大阪生まれの作曲家、山根明季子。今年は、『水玉コレクション No. 4』 室内オーケストラのための(2009)と、サントリーホールが委嘱し、世界初演となる『アーケード』オーケストラのための(2020)の2曲が上演される。©️Ayano Sudo

松平 曲を聴くと、やっぱり何かおかしい。山本和智さんも見た目はそんな変じゃないけど、ちょっと話すと何か違うなと。今年は「特殊音楽祭を非開催した」そうなんですけど。

一同 うん?

松平 開催じゃなくて非開催です。「非開催しました」というふうに一生懸命言い張って、「非来場ありがとうございます」とか言っているんです。

山本和智。1975年生まれ、独学で作曲を学ぶ。今回の室内楽の公演では『ヴァーチャリティの平原』第2部 ii) Another Roaming Liquidアンサンブルのための(2017〜18)が上演されるほか、オーケストラスペースでは、サントリーホールの委嘱、世界初演となる『ヴァーチャリティの平原』第2部 iii) 浮かびの二重螺旋木柱列2人のマリンビスト、ガムランアンサンブルとオーケストラのための(2018~19)が披露される。©️Jörgen Axelvall

松平 彼らはそれまでの音楽と全然違うことをやっているわけじゃない、いろんな先人の作曲技法を取り入れて、自分なりに咀嚼しているんですけれども、昔の人の考えていることを吸収するとき、理論で説明できない、変な化学反応が起きて、とんでもなく違う方向のものが出てくるという意味で、すごくアヴァンギャルドというふうに思いますね。

白石 3人のお話をきいてみると、現代のアヴァンギャルドは1950年代、60年代の前衛音楽とはちがって、全体化されることなく、一般的なものから自分をずらしていく、そういう自由な精神の在り方をアヴァンギャルドと感じていらっしゃるのかなと思いました。

現代音楽の専門家、白石美雪。東京都生まれ、東京藝術大学大学院音楽研究科修了。現在、武蔵野美術大学教授。

後ろへ行くことによって前が見えてくる~自由こそ音楽の原点

一柳 私ひとりだけ古い人間だからか、前へ進むことにこだわるのではなく、音楽全体の在り方から考えるんですね。

高橋悠治さんと、昔よく2台ピアノとか連弾を一緒に弾いたんですよ。実は彼ぐらい一緒に弾きやすい人はいなかったですね。それこそ同化するというか、引き立たせてくれるというかね、そういう演奏の仕方をしてくれる。

この間、悠治さんが他の人の練習を聴いて、「そんなにうまく弾かなくていいんだよ」と言ったんですよ。私もまったく同感で、ああ、これだと思ったんですね。昔一緒に弾いたときに、気持ちよくやれたというのは。

高橋悠治。1938年、東京生まれの作曲家、ピアニスト。8月26日(水)のオーケストラスペースで、『鳥も使いか』三絃弾き語りを含む合奏(1993)、『オルフィカ』オーケストラのための(1969)が上演される。写真は2018年12月に行なわれたONTOMOでの座談会の際に撮影。©️Ayumi Kakamu

一柳 例えば、ヨーロッパの音楽だったら、バッハからハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなんかと似ているんですよ。昔の譜面は何も書いてないでしょう、音符以外は。速度記号なんてなかったし、ダイナミックだって書いてない。そうすると、演奏家は自分なりの弾き方を見つけ出さなければならない。しかし、作曲家が厳しく書いたものよりは、はるかに自分なりの音楽ができる。ベートーヴェンが21世紀までずっと演奏され続けてきた理由は、演奏家と作曲家の相互の関わりでできていた音楽だから

そう考えると、私はね、今むしろ何か忘れられてしまっている、失われてしまっているものを、もう1回、原点的な観点から捉え直したい気持ちがあるんです

白石 前じゃないんですね。

一柳 むしろ後ろへ行くことによって、逆に前が見えてくる。日本では世阿弥の能とか、八橋検校の筝曲とか、小堀遠州の庭園とか、全部つながると思うんですよ。日本にはそういう人たちがいたんですよ。

前に、シュトックハウゼンが国立劇場に来て、雅楽をやったことがあるでしょう。あれはひどい叩かれ方をして。そのとき、彼が痛いことを言ったんですよ。「昔の日本人には、立派な人がいっぱいいたね」と(笑)。それで、「ヨーロッパだって2つの世界大戦をやって、現代人はひどいことになってきているじゃないですか」と返したんだけれど。彼が言いたかったのは、昔に比べて、現代の日本人は何だ、ということだったと思いますね。

高橋悠治が言った「そんなにうまく弾かなくていいんだよ。もっと弾きたいように弾きなさい」という感じと通じる話じゃないかと。

白石 なるほど。それが先ほどおっしゃった自由っていう。

一柳 そうですね。

今の日本人作曲家のアヴァンギャルド性

白石 今回、日本人作曲家の作品を選ぶときには、どういう基準で選ばれましたか。

一柳 共通しているのは2つ。ひとつは多作家であること。山本さんも山根さんも、一番若い森円花さんも、音楽が身体から出ている感じがするんですよ。

もうひとつはさっき言ったように、科学技術の要素をメインに持ってくる人ではない。みんな、生の音楽に関心を持っていると言えばいいかな。

森 円花。1994生まれの作曲家。8月22日の室内楽公演にて、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲「ヤーヌス」(2020)が世界初演される(サントリーホール委嘱)。©️Shigeto Imurta

白石 ほとんどひとり2曲ずつで、悠治さんも《オルフィカ》と《鳥も使いか》というまったく違う2曲ですね。

杉山 高橋悠治さんの作品は、69年(オルフィカ)と93年(鳥も使いか)。69年は僕が生まれた年で、非常に感慨深く楽譜を読み進めているけれども、すごく難しい楽譜なんですよ。悠治さんはもっと自由にやってくださいとおっしゃると思うんですけど、そこに到達するには、かなりストイックにやって、頭に、体に入れなきゃいけない。

白石 《オルフィカ》ってコンピュータで書かれた曲ですね。だから、何かの思いとかそういうのではなくて……。

杉山 あのね、そのことって、たぶん、僕らははき違えているところがあると思うんですよね。悠治さんがクセナキスの昔話で、彼が最初のつかみをものすごく人間的に作って、中はまあ確率論で埋めます、みたいな感じだったとおっしゃる。要するに、大事なのは人間的なもので、表現するのにどういう方法論を使ったかというだけの話。90年代の悠治さんの作品と60年代、70年代のものはすごく違うんですけれども、やっぱり音の癖とかは最近まで似ているんですよ。

あと山根さんと山本君の作品はものすごく魅力的ですけれども、全然違う性格です。

白石 異なった個性の2人なんですね。

最晩年まで輝き続けたシュトックハウゼンとカーター

白石 松平さん、シュトックハウゼンの《オルヴォントン》はどんな作品ですか。

カールハインツ・シュトックハウゼン(1928-2007)。2004年に作曲を始めた『クラング(音)』は、1日24時間を音楽にする24の連作(未完)。8月22日(土)に、『クラング―1日の24時間』より15時間目「オルヴォントン」バリトンと電子音楽のための(2007)が日本初演、同日21時からは「おかわりシュトックハウゼン」として、13時間目「宇宙の脈動」電子音楽のための(2006〜07)が上演される。©️Rolando Paolo Guerzoni

松平 《オルヴォントン》はバリトンと電子音楽の曲で、電子音楽の部分がとにかく複雑です。3声それぞれが全然テンポが違って、それぞれで勝手にテンポが速くなったり遅くなったりするので。電子音楽を聴いてテンポを合わせるということは絶対できない。

シュトックハウゼンが考えたのは、構造上の区切りのところで、音をウワン、ウワン、ウワンと3回とか4回やって、それが聴こえたら歌は次のセクションという感じにミキシングした。それがめちゃくちゃ難しい。

本人は解説に、このテンポの中でどういうふうに歌ってもいいので、すごく自由だと書いているんです。たしかに、初めはかなりがんじがらめに思えるんですが、ある程度、体に入ってくると、ウワン、ウワンの鳴る直前が読めるようになってくる。時間の中で少し延ばしてみたり縮めてみたりということもできるようになってくるんです。

別の話ですが、一柳さんの曲で《エクステンデッド・ヴォイセス》という60年代の電子音楽と声の曲があって、それをCDに入れたんです。「楽譜を紛失したから、なしで何かやってくれ」と言われて。とりあえずLPにあった曲の解説をもとに、自分で勝手に楽譜を作って「こんなので演奏してもいいですか」と聞いたら、別に何もおっしゃらず、そのままレコーディング。

白石 そうだったんですか(笑)。

松平 何でもありというんじゃなくて、曲の枠組みがあって、その中でこういう感じの音が欲しいという……。そういう意味で、いろいろな作曲家の自由につながっています。

一柳 何も言わなかったんじゃなくて、だいぶ褒めたと思いますよ(笑)。

白石 一柳先生、エリオット・カーターを取り上げるのはなぜですか。

アメリカの作曲家、エリオット・カーター(1908-2012)。『ダイアログ』 ピアノと室内オーケストラのための(2003)が8月23日(日)に上演される。©️Meredith Heuer

一柳 カーターとシュトックハウゼンは21世紀に入ってからの作品ですね。

カーターの初期作品は、あまりにも難しかった。それがね、90歳超えた頃から色気のある音楽になってきた。これをシュトックハウゼンの《オルヴォントン》と比べられたらと思って。シュトックハウゼンとカーターは、最晩年まで作曲への意欲が輝き続けた。なので、この人たちは入れるにふさわしいんじゃないかと思って。

白石 なるほど。ブーレーズとかケージではなくて……。あと「おかわり」シュトックハウゼンですが、松平さん、やっぱり両方一緒に聴いたほうが楽しいんでしょうか。

松平 絶対そうです(笑)。(本公演で演奏される)《オルヴォントン》は(本公演後の「おかわり」で演奏される)《宇宙の脈動》の子どもみたいな曲です。《宇宙の脈動》はとにかく音がぐちゃぐちゃで。その24個ある部分から3個を抜き出したのが《オルヴォントン》で、続けて聴くと、ああ、これは《オルヴォルトン》の電子音みたいと、聴き分けられるんですよ。両方聴くと、おもしろさが倍増すると思っています。

杉山、一柳の世界初演される新作とは

白石 杉山さんの新作は《自画像》。すごいタイトルですね。

杉山 イタリア語だと「アウトリトラット(auto ritratto)」というのは「自動的にあるものから抽出する」ということなんで、それを日本語に訳して《自画像》ということで。

サントリーホール委嘱作品『自画像』オーケストラのための(2020)は、8月30日(日)に世界初演される。室内楽でも、五重奏曲「アフリカからの最後のインタビュー」(2013)を上演。

一柳 すごい力作ですよ。こんなに厚いもんね。

白石 編成が大きいということ?

杉山 ネタをばらすと、1969年から2019年までの世界の紛争と戦争の起きた地域の国歌を、順番に50年分書いただけ。69年の頃はベトナム戦争が真っ盛り、停戦後の南北朝鮮間の緊張はとても高く、アクティブな時間が70年代はあって、90年代の初めでソビエトがなくなり、2001年にテロ戦争が始まり、現代に続くという大きな流れがある。

ほとんど皆さんが知らない国歌ばかりなんですよ。はっきりわかるのは90、91年までのUSSR(ソビエト連邦)と2001年のUSAぐらい。2019年の最後に聴こえるのはカシミールとか香港。終わりはチベットと東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)かな。日本で演奏するので、オーケストラを世界に見立てて、日本の世界地図で追えるように、左側がアフリカで右側が中米になるような形で音を並べたら、1989年から90年ぐらいまでアフリカですごい量の戦争があって。そうすると弦楽を分割せざるを得なくなって、段数が増えたんですね。

絶対死ぬまでに1回ぐらい、自分がどういうふうに生きてきたのかというのを、音を通して見ることができたらいいなと思っていたら、こういう機会をいただいたので。

松平 自画像って、普通は世界がその人をどう見ているかという視点で書くけれども、これは杉山さんの側が世界をどう見ているかみたいな。裏返っているというか……。

白石 逆ですよね。

杉山 そうかもしれない。

白石 最後に一柳先生、交響曲はこれで11曲となるわけですが、交響曲の形式で書かれるのはなぜでしょうか。

一柳 音、響きがいろいろ交じり合うという、日本語に訳したときのオリジナルな言葉として使っているんですよ。そこには先ほど言った自由な要素とかも入れられるんですね。

白石 新作は副題がありますか?

一柳のマネージャー ギリシャ語で「ピュシス」。自然という意味です。

白石 今日の話全体につながる、自然っていう言葉なんですね。

一柳 そうそう。

楽しいインタビューの時間は100分を超え、ご紹介できたのはそのごく一部だが、3人それぞれの話から自由への希求が感じられた。現代のアヴァンギャルドは、1950年代のように厳しい表情の音楽ではなくて、ときに笑いすら誘う、自由でのびやかな音楽を紡ぐ。コロナ以後を考えるみなさん、そのヒントを探しにサントリーホールへ出かけてみませんか。

サントリーホール サマーフェスティバル2020
ザ・プロデューサー・シリーズ 一柳 慧がひらく 〜2020 東京アヴァンギャルド宣言〜

プレイベント

日時: 8月19日(水)19:00〜24:00

会場: SUPER DOMMUNE(渋谷パルコ9F イベントスペース)

番組タイトル : 一柳慧の「2020東京アヴァンギャルド宣言」

一柳慧が出演者たちと2020年以降のアヴァンギャルド音楽を大胆予測!
当日の模様は番組としてインターネットで配信。

※詳細は近日中に、サントリーホール サマーフェスティバル2020 特集ページにて発表!

 

室内楽 XXI-1

日時: 8月22日(土)18:00開演(17:20開場)
会場: サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

森 円花、カールハインツ・シュトックハウゼン、権代敦彦、杉山洋一の作品を上演。詳細はこちら

 

「おかわり」シュトックハウゼン
日時:  8月22日(土)21:00開演(20:50開場)完全入替制/約30分

会場: サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

詳細はこちら

 

室内楽 XXI-2

日時:  8月23日(日)15:00開演(14:20開場)

会場: サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

一柳 慧、山本和智、エリオット・カーター、山根明季子の作品を上演。詳細はこちら

 

オーケストラ スペース XXI-1 

日時:  8月26日(水)19:00開演(18:20開場)

会場: サントリーホール 大ホール

高橋悠治、山根明季子、山本和智の作品を上演。詳しくはこちら

 

オーケストラ スペース XXI-2

日時:   8月30日(日)15:00開演(14:20開場)

会場: サントリーホール 大ホール

川島素晴、杉山洋一、一柳 慧の作品を上演。詳しくはこちら

第30回 芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会

日時: 8月29日(土)15:00開演(14:20開場)

会場: サントリーホール 大ホール

候補作品応援企画「SFA総選挙~あなたの清き、耳の一票を」非公式開催!

会場で聴いて気に入った曲に投票できる「SFA(S=サマー、F=フェスティバル、A=芥川)総選挙」を、昨年に引き続き今年も行う。総選挙の結果は、作曲賞決定後に発表。

詳しくはこちら

司会・文
白石美雪
司会・文
白石美雪 音楽評論家

東京藝術大学大学院音楽研究科修了。専門は音楽学。ジョン・ケージを出発点に20世紀の音楽を幅広く研究するとともに、批評活動を通じて、現代の創作や日本の音楽状況について考...

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