人の琴線に触れるものを「音楽」と「香水」で届ける――指揮者ファビオ・ルイージが語る自らの役割
セイジ・オザワ 松本フェスティバルに2年ぶりに登場する世界的指揮者のマエストロ・ファビオ・ルイージ。今回指揮するチャイコフスキーの名作《エフゲニー・オネーギン》について、たっぷり語っていただこうと思った矢先、マエストロからの「オペラを言葉で形容するのは難しい」という発言!
音楽とともに、香水にも情熱を傾けるマエストロの、強い美意識が感じられるインタビューをどうぞ。
岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...
8月に開催されるセイジ・オザワ 松本フェスティバルで再びサイトウ・キネン・オーケストラと共演するマエストロ・ファビオ・ルイージ。2014年に同音楽祭でヴェルディ作曲の《ファルスタッフ》を成功させ、このオーケストラとオペラを上演するのは2度目となる。
取材は、デンマーク国立交響楽団での来日公演の合間に30分という限られた時間で行なわれたが、マエストロ・ルイージは予想外の表情も見せ、厳しさと近寄り難さと、その裏側にあるとても人間的な魅力も伝えてくれた。
自らの香水ブランドをもつほど、香りの神秘にも精通しているルイージ。香水の話はほんの少ししか聴けなかったが、音楽も香りも「言葉で表現するのは難しい」という点で、符号する何かであることを教えてくれた。
日本が世界に誇るオーケストラと紡ぐチャイコフスキーの名作
「サイトウ・キネン・オーケストラとの共演は、毎回私にとって大きな誇りです。オケと初めて顔合わせしたときから、すぐに感じるところがありました。松本のスタッフの皆さんも温かく迎えてくださって、それから2年続けて共演しましたが、昨年は残念ながら来ることができませんでした。再び共演できて嬉しいです」
「彼らは日本が誇る……というよりも世界レベルで優秀なオーケストラだと思います。日本という国に限らず、私が仕事をしてきた中でベストのオーケストラなのです。個々のプレイヤーが、普段は素晴らしいオーケストラに所属していて、サイトウ・キネンでは短い間ながら一緒に得難い経験をし、互いに触発される……そういう特別なオーケストラだと思います。既に芸術的なものは皆さん完璧にお持ちなので、すぐにフレーズ作りや、さまざまなものを形づける作業に入っていけるのです。こういうことがなぜ可能かというと、相互に信頼関係があるからなんです」
2019年に上演されるオペラはチャイコフスキーの《エフゲニー・オネーギン》で、主役オネーギンにはメトロポリタン歌劇場(MET)でもこの役を歌ったポーランド出身の名バリトン、マリウシュ・クヴィエチェン。ロバート・カーセンの美しい演出で、東京シティ・バレエ団のバレエも観ることができる。METの首席指揮者も務めていた(2010-2017)ルイージ氏は、この作品をどのようにとらえているのだろうか?
「METではこの作品を振っていませんし、今回私が初めて手掛けるオペラです。小澤征爾さんの代表作といっていい、大切な作品ですからこれを小澤さんから依頼されたときは、とても光栄でした。前回の《ファルスタッフ》とオーケストラ的なアプローチが似ている作品だと思います。交響曲的というか、シンフォニーに歌がついている感じなのです。オーケストラの長所を生かせる分、非常に指揮しやすいオペラです。これがドニゼッティなどになると、オーケストラの意味合いや、課されるものがまた変わってきます。交響曲的なものとは、まったく正反対な世界です。《オネーギン》はインストゥルメンタル的な部分でも、オーケストラを輝かせられるのです」
言葉で表せない感情を「音」と「香り」で表現するマエストロ
チャイコフスキーのオーケストレーションや重唱部分についてさらに聞こうとしたとき、ルイージ氏から非常に興味深い反応があった。指揮者は音楽を言葉で形容する役ではない、という答えが返ってきたのだ。少しばかり、緊張が走った瞬間だった。
「指揮者は先生のような立場ではないのです。オペラを言葉で形容するのは難しい。僕が話すことではなく、皆さんが当日、音楽から感じることです。私は解釈するのではなく、ただ指揮をする……私がするべきことは“媒介となる”ことなんです。以前も『あなたはどういう音楽を具現化したいのですか?』という質問を受けましたが『ただ指揮をするだけです』と答えましたよ。オーケストレーションは、非常に典型的なチャイコフスキーです。色彩感があって、ピツィカートで始まって……本当に聴けばすぐにわかる“チャイコフスキー節”です。よい質問をいただきましたが、やはり音楽家は文筆家ではない。言葉の代わりに音楽があるのです。音楽と言語が平行して存在しているのかも知れません」
少しばかり戸惑っていると、ルイージ氏のほうから「香り」の話題を語り始めてくれた。インタビューの冒頭で、「マエストロの調香する香りはどこで買えるのか?」という話をしていたのだ。
「音楽って、聴いた瞬間にストレートに脳にきますよね。香りに近いのです。道を歩いていても人と会っていても、香りは否応なしにやってくる。そこから喚起されるものも、理性的なものではないし、本当に“脳ではじける”感じです。音楽もまったく同じです。何か琴線に触れてくるものを言葉にするのはなかなか難しい。私にはその翻訳機能がないので、香りを創造しているのかも知れません。そこから香りを感じた人が『この香りは私を別の時代に連れて行ってくれる』『子ども時代に連れて行ってくれる』『初恋のようだ』と、いろいろ形容してくれるのだと思います」
まだまだ聴きたいことがあったが、タイムリミットとなり、そろそろ取材を追えようかというときに、質問票の下に置いていた占星術のホロスコープをルイージ氏が見つけて「これは誰のホロスコープですか?」と質問してきた。「マエストロのですよ」と答えると、そこからしばらく西洋占星術の話題に。
「カプリコーン(山羊座)なので支配星であるサターン(土星)の位置が重要です。グランドクロス(大試練の相)がチャートに2つある? そうです。知っています(笑)」
ルイージ氏のホロスコープは大物政治家に多いグランドクロスのほかにも、目的意識が超人的に強い西洋凧=カイトという稀有な相があり、すべての目的は音楽を表す海王星に集約される配置になっているので、音楽家となってリーダーシップを発揮するのは天命ともいえる。
「生まれた時刻は19時で、アセンダント(上昇宮)は獅子座になります。ですから、このチャートとは少し違ってきますが、だいたいのところは合ってますね」
金星が水瓶座なのでエキセントリックな女性と縁がありますね、と言うと周囲は大爆笑。
「そうかも知れません……その通りですね(笑)」
英語でのインタビューで、コスモポリタンな雰囲気のファビオ・ルイージ氏だが、「僕の運命の女性はいつ現れるの?」「冗談だよ」と軽妙に語るところなど、やはりイタリア人なのだ。
「イタリア人であることはいつも意識していますよ……私の国ですから。イタリアが好きなんです。政治も混沌としているし、問題は山積みですけれどね」
デンマーク国立歌劇場のほか、チューリッヒ歌劇場、フィレンツェ五月音楽祭でも音楽監督を務め、2020年からはアメリカのダラス交響楽団でも音楽監督を務めることが決まっている。
インタビューの後、緊張した顔で挨拶をすると「とてもインスパイアされました」と笑顔で声をかけてくれたマエストロ。美意識が高く、誠実で芯の強い音楽家だった。
日時:
2019年8月20日(火)18:30開演
2019年8月22日(木)15:00開演
2019年8月24日(土)15:00開演
会場: まつもと市民芸術館・主ホール
演目:チャイコフスキー作曲オペラ《エフゲニー・オネーギン》
出演:
エフゲニー・オネーギン:マリウシュ・クヴィエチェン
タチヤーナ:アンナ・ネチャーエヴァ
レンスキー:パオロ・ファナーレ
合唱:東京オペラシンガーズ
ダンサー:東京シティ・バレエ団
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
指揮:ファビオ・ルイージ
演出:ロバート・カーセン
再演演出:ピーター・マクリントック
料金: SS席 30,000円 S席 26,000円 A席 22,000円 B席 18,000円 C席 10,000円 D席 5,000円
日時: 2019年8月23日(金) 19:00開演
会場: キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
出演: ファビオ・ルイージ指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ
演目:
シュミット: 交響曲 第4番 ハ長調
マーラー: 交響曲 第1番 ニ長調 「巨人」
料金: S席 22,000円 A席 18,000円 B席 15,000円 C席 12,000円
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