坂東祐大率いる作曲家たちがドラマ『17才の帝国』で作り上げた、楽器とシンセのハイブリッド
6月4日(土)に最終回を迎えたNHK土曜ドラマ『17才の帝国』。閉塞感に包まれた斜陽国・日本を舞台に、AIが政治を行う実験都市プロジェクトで高校生が総理大臣になる物語だ。
SF、政治、青春、多くの見どころを詰め込んだドラマを音楽で彩るのが、4人の作曲家。現代音楽フィールドで活躍する一方、『大豆田とわ子と3人の元夫』などの音楽を手がけた坂東祐大、エレクトロポップなサウンドが魅力的なTomggg、東京藝術大学を卒業しアコースティックサウンドを強みとする前久保諒、クラシックとポップス、その他ジャンルなどを横断的に音楽に落とし込む網守将平だ。
それぞれの領域で活躍する彼らが、近未来の政治を描いたドラマでいかにサウンド作りを行なったのか。その裏側を聞いた。
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
映画さながらの音楽制作で世界観をつくる
——『17才の帝国』、楽しく観ています。今回、音楽を制作することになった経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか?
坂東:プロデューサー・佐野亜裕美さんから僕にお声かけいただきました。佐野さんは、僕が2021年に音楽を担当した『大豆田とわ子と3人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)のプロデュースもされていて。今作は『NHKワールドJAPAN』で放送されるらしく、非常に力の入った企画だから、とお話をいただいたんです。
佐野さんから、「坂東さんだけでなく、他の作曲家とも一緒にお仕事がしたい。できれば、劇伴の経験があまりない方」とリクエストをいただき、Tomgggさんと網守さん、前久保さんにも声をかけました。
——4人とも、東京藝術大学や国立音楽大学を卒業されていて、アカデミックな音楽を出自とされていますが、意図的に選ばれたのでしょうか?
坂東:アカデミックかどうかはあまりこだわっていません。みなさんの豊かなバリエーションを求めてキャスティングした結果、たまたまアカデミックな出自をもつ作曲家ばかりになりました。
今回の音楽制作は、「フィルムスコアリング」というスタイルで行なっているんです。多くのドラマ制作のように、既にある音楽をシーンごとに当てはめていくのではなく、既にあるシーンに合わせて音楽を制作していく。映画の音楽制作と同じ手法です。
通常のドラマ制作だと、「明るい曲」「悲しい曲」「日常の曲」という感じで、制作サイドから「こんな音楽をください」とリストをいただくんです。それを別の選曲の方が、映像に当てはめていくわけです。
僕はこの方式があまり好きではなくて……。それならいっそありものの音楽や素材を使えばいいのでは、と思ってしまうんです。今回はありがたいことに、撮影や編集のスケジュールが早く進んでいたから、フィルムスコアリングで制作できて。プロデューサーや監督と密にコミュニケーションをとりながら、より音で世界観を作り上げることができたと思っています。
——確かに、ソロン(作中に登場するAI)の起動音など、一つひとつの効果音と音楽の親和性が高いと感じました。
坂東:最近のSF映画でも、SE(サウンドエフェクト)やME(ミュージックエフェクト)の純度が高いのがトレンドなんです。今回のように、音楽制作のチームが効果音やMAまで担当できたからこそ、実現できたのだと思います。
作曲家/音楽家。1991年生まれ。大阪府出身。
東京芸術大学附属音楽高等学校、東京芸術大学作曲科を卒業。同修士課程作曲専攻修了。
多様なスタイルを横断した文脈操作や、空間と時間による刺激の可能性、感情の作られ方などをテーマに、幅広い創作活動を行う。
2016年、Ensemble FOVE を創立。代表として気鋭のメンバーとともに様々な新しいアートプロジェクトを展開。
映画『来る』、TV アニメーションシリーズ 『ユーリ!!! on ice』(松司馬 拓名義)、ドラマ『美食探偵 明智五郎』(日本テレビ系)、映画『竜とそばかすの姫』などの音楽を担当。『井上陽水トリビュート』で宇多田ヒカルの「少年時代」、米津玄師の『海の幽霊』『馬と鹿』などの編曲も手掛けた。
©Shinryo Saeki
現代の作曲家たちが映像制作で施す「実験」とは
——坂東さんが他の3人に声をかけた理由や、それぞれの魅力を教えてください。
坂東:『17才の帝国』はSF要素が強いため、世界観に寄り添うためにはシンセサウンドが欠かせないなと。まずそこで、シンセサウンドで魅力的なトラックをたくさん残しているTomgggさんにオファーしました。
元々、僕はTomgggさんのファンで。純度や強度のあるトラックで、本当にかっこいいなと思っていたんです。ソロンの登場シーンや、VFXのあるシーン、効果音などを担当していただきました。
——Tomgggさんは、『17才の帝国』からどんなインスピレーションを得て制作を行なったのでしょうか?
Tomggg:まず、映像の透明感や、アニメのようなコントラストに魅力を感じましたね。そこに音をつけていくことを第一に意識しました。制作当時、僕が自分自身に興味がなくなっているモードだったということもあって、自分らしさを徹底的に抑えるようにしましたね。
——その中でもTomgggさんなりに施した「実験」のようなものがあれば、教えてください。
Tomggg:いろんな実験をしましたが、一つは「テレビドラマの音楽ではなかなかないような低音」を音楽に含ませたことですね。あえて電子音ではなく、実際にコントラバス3台で音を出しました。そのほうが、豊かな音色が出せるだろうと思ったんです。
コントラバスの最低音は「ミ」なのですが、その下の「ド」を弾いてもらったんです。最も低い5弦で試行錯誤して弾く人もいれば、4弦目をチューンダウンする人もいたりと、いろんな音の出し方があっておもしろかったですね。
——そこまでして、低音にこだわられた理由はあるのでしょうか?
Tomggg:音楽的に必要だったのはもちろんのこと、僕の担当したのがシリアスな場面だったことも大きいです。劇伴って、ドラマの空気を作ることだと思うので、低音ならではの不穏さが必要でした。
——網守さんも普段、シンセサウンドの作品を多く書いていますね。そうした点も起用理由になっているのでしょうか?
坂東:網守さんは、僕と同じ東京藝術大学出身です。出自も近く付き合いも長い、いわゆる腐れ縁なんですよ。網守さんは、アコースティックと電子のハイブリッドで音楽を作れる。これってすごく難しいことで、ドラマの音楽制作ならなおさらです。それを生かしていただければ、と思いお声かけしました。
網守:現代音楽を学んでいると、電子音に触れる機会が必然的にあるんです。僕のようにアカデミックなところで学んだ人だと、楽器と電子、どちらも扱うことができる人が多く、一つの傾向にもなっていますよね。
最近の海外ドラマでも、そんなハイブリッドな音楽がトレンドでもあります。坂東さんからも「アコースティックかシンセサウンドか、どちらなのかわからないような音がほしい」と言われていたので、リッチなソフトウェアを使って音を打ち込みましたね。アコースティックで出せそうな音も、あえて電子的な音で打ち込んだりしていました。そのグラデーションが結果的に演出の緊張感にもつながっていたと思います。
——具体的に、どのようなシーンを担当されていたのでしょうか?
網守:代表的なシーンは、主人公でUA(ウーア)の総理大臣・真木亜蘭(神尾楓珠)をはじめとする官僚たちの閣議のシーンです。市議会の廃止が議題にあがっている場面で、すごく緊迫していましたね。
音楽家、作曲家。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。学生時代より、クラシックや現代音楽の作曲家/アレンジャーとして活動を開始し、室内楽からオーケストラまで多くの作品を発表。 2010年以降は電子音楽やサウンドアートの領域においても活動を開始し、美術館やギャラリーでのライブパフォーマンス、映像作品への楽曲提供、マルチチャンネルによるサウンドインスタレーション作品などを発表。 近年はポップミュージックを含めて総合的な活動を展開し、大貫妙子、原田知世、DAOKOなど多くのアーティストの作編曲に携わる。またNHK Eテレ『ムジカ・ピッコリーノ』の音楽監督を務めるなど、テレビ番組やCMの音楽制作も多数手掛ける。
——前久保さんは、アコースティックをメインに制作されたのでしょうか?
坂東:そうですね。前久保くんは以前、演劇公演で音楽を手がけていて。ストーリーに合った音楽で、すごく良いなと思ったんです。ぜひ、ドラマもどうかなと。
前久保:Tomgggさんと網守さんの手がけた音楽がシンセサウンドメインだったので、そこで違和感なくアコースティックとの間を取り持つような音楽を心がけましたね。そのため、アコースティックで演奏するけれども、弦楽器の擦れる音や特殊奏法などを多く盛り込んで、プレイヤーの皆さんに遊んでもらいました。
前久保:これは、今回演奏で参加しているEnsemble FOVEが大切にしているところでもあります。例えば、坂東さんが編曲を手がけ、FOVEが演奏で参加した米津玄師さんの『海の幽霊』。アコースティックで演奏しているけれども、現代的なイディオムのある奏法で音楽を作っているんですよね。坂東さんと一緒にやるならば、この方向性を目指したいと思いました。
前久保:そんな音楽を作る上で、FOVEだけでなくギターの岡田拓郎さんもキーマンになっていました。ギターからは思い付かないような音がたくさん出てくるんです。音楽全体の世界観をグッと引き締めてくれましたね。
——一方で、真木くんの心情や過去が浮かび上がってくるシーンでは、アコースティックならではの音楽が効果的に寄り添っていたように思います。
前久保:ありがとうございます。第2話で真木くんが過去を振り返るシーンですね。ピアノとストリングスで、完全にアコースティックな音楽に振り切って、エモーショナルに書きました。
ドラマだけでなく、本格的なスピーカーで触れたい音楽
——最後に、主題歌の『声よ』についてもお伺いしたいと思います。塩塚モエカさんが歌われていましたね。
坂東:塩塚さんはスノウの声をされていたので、作品との関連性や必然性が欲しい、と思いオファーし、ご快諾いただきました。歌詞は塩塚さんが書かれたのですが、スノウ目線で歌われるんです。物語の中でも、だんだんとスノウの出自が明かされていきますが、それに伴ってエンディングで映されている少女の姿がスノウだとわかってくる構成になっているんです。
物語中の「スノウ」の声も担当している。羊文学のヴォーカルである一方、ソロ活動も展開している。
——アレンジは、演奏でギターとして参加されていた岡田拓郎さんが行なったそうですね。
坂東:旋律自体は僕が書いていたのですが、あまりにこの曲に時間をかけてしまって、客観視ができなくなってしまったんです。そこで、まったく別の人がアレンジを加えるとどうなるのだろうと思い、岡田さんにお願いして。すると、『17才の帝国』の世界観としっかりつながっている仕上がりになっていて、良い意味で「とんでもないな」と感じました。
——シンセサウンドの響いていた物語から、何の違和感もなくエンディングに移っていたのが印象的でした。6月1日にサウンドトラックも発売されていますが、聴きどころを教えてください。
網守:Tomgggさんや前久保さん、僕は、作った音楽を坂東さんに託して、映像に反映してもらう立場だったのですが、やはり音楽はさまざまな都合もあってフルでは放送されないんです。映像で音楽を楽しむのももちろんですが、サウンドトラックでも聴いていただきたいです。フルの音楽もそうですし、いかに分解されて映像作品になっているのかがわかります。
坂東:そうですね。それに、映画制作さながらの環境で音楽を作っているので、ドラマで楽しむだけでなく、音楽だけを本格的なスピーカーで聴くのもおすすめです。
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