インタビュー
2019.09.21
監督・脚本ルドヴィク・バーナード、主演ジュール・ベンシュトリ インタビュー

ピアノによって自分を見つけた青年を描く現代のおとぎ話――映画『パリに見出されたピアニスト』

ピアノに情熱をかける青年とそれを助ける音楽教師。一見、王道なストーリーながら、根底には現代フランスが抱える問題をもつ音楽映画『パリに見出されたピアニスト』が9月27日(金)より公開されます。

自身の芸術観も盛り込んで脚本・監督を務めたルドヴィク・バーナードと、フランス映画界のスターたちを親類にもち、映画初主演ながら素晴らしい演技を見せたジュール・ベンシュトリに話を伺いました。

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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監督と主演俳優、それぞれの挑戦

——この物語は、主人公の貧しい青年マチューが、パリの北駅に置かれたピアノを奏でているところを、偶然パリ音楽院ディレクターのゲイトナーが聴き、そこから彼のピアニストへの道のりが始まるというものです。未来ある青年マチュー、音楽を仕事にするゲイトナー、2人の人生を掛けた挑戦を、音楽芸術および現実的な社会的階層の視点から描かれた作品ですね。

バーナード監督 私はこの物語を「現代のお伽話」として作りました。音楽は、ひとつひとつの音で人々の感情を呼び起こし、心を揺さぶるものであり、同じメロディーに多くの人が同時に感動することができます。主人公のマチューは、音楽芸術の世界とは無縁の社会的階層に生きていた青年です。ですが、自分とかけ離れた世界であっても、何らかの手段と毅然とした態度さえあれば、人は成功するということを描きたかった。大切なのは、「人の助けを得る」という手段があるということなのです。

私自身はピアノが弾けたり交響曲が書けたりするわけではありませんし、音楽の鍛錬とは非常に厳しいものがあり、技術には嘘が通用しないことを知っています。今回は音楽のプロフェッショナルの協力を得ながら、この世界を描き切ることができました

——主人公のマチューを演じられたベンシュトリさんは、2011年にデビュー。今回は初の長編主演作品とのことですが、この役柄はピアノ演奏の習得も課題にあったと思います。同時に、音楽への情熱を密かに燃やしながら、現実と向き合っていかなければならないという、複雑な心理を抱えたキャラクターを演じられましたね。

ベンシュトリ マチューは、友人にも家族にも、自分のピアノに対する情熱を隠して生きてきた青年です。しかし、ひとたびピアノを弾き始めると、本当の自分を取り戻すことができ、ピアノを弾いているときだけが、「生きている」と感じることができる若者。そんなマチューの演奏シーンは、完璧に演じなければいけないと思いました。人間性を演じる部分はもとより、演奏の演技で信憑性が問われると思いましたので大変でしたね。

僕はそれまでピアノを弾いたことはなかったので、この映画で実際の演奏を担当しているピアニスト、ジェニファー・フィシェさんが、身体の使い方などの具体的なテクニック、楽譜に書かれたどの音のところでどんな感情が表現されているのかなど、とても丁寧に教えてくれました。

実際にパリ北駅に置かれているストリートピアノを弾くジュール・ベンシュトリ演じるマチュー。

——短期間で集中的にピアノに向き合うという経験は、何かをもたらしてくれましたか?

ベンシュトリ この作品に出会えたことで、音楽に対する感性がより豊かになったと思います。今まで以上にクラシック音楽が好きになり、深く聴くことができるようなったのです。

でも、あまりにもピアノ漬けになったので、またすぐ弾きたいかというと、今はちょっと深呼吸にしたい気分かな(笑)。そのくらい集中したんです。

——監督からみて、ベンシュトリさんはどのような役者さんですか?

バーナード監督 彼は即時に反応できる人です。例えば怒りの演技でも、考えて怒るのではなく、一瞬にして、淀みなく、激しく、完璧に演じることができます。感性が研ぎ澄まされており、全身全霊で役柄の感情を捉え、表現できるのです。

リュック・ベッソンやギョーム・カネの助監督を務めてきたルドヴィク・バーナード(左)と、俳優のジャン=ルイ・トランティニャンを祖父、映画監督・俳優のサミュエル・ベンシェトリを父、俳優のマリー・トランティニャンを母にもつジュール・ベンシェトリ(右)。

シーンを彩る、心に響く言葉と音

——印象的なシーンのひとつに、ピエールがマチューを励ますために静かに語る部分があります。「私は音楽で迷子になったが、君は音楽で自分を見つけるんだ」と。それに続けて「天才とは、子どもの心を取り戻せる人」というボードレールの言葉も引用されますね。

ベンシュトリ あそこは僕も大好きなシーンです!

———あれは、監督自身の芸術観でもあるのでしょうか。

バーナード監督 そうですね。ピエールに語らせたあの言葉は、私自身が仕事をする上で、常に念頭に置いているものです。映画という、自分の好きなことを仕事にできているのは本当に幸せなこと。私自身の生きがいでもあり、映画を通じて私自身を見つけようとしているのかもしれません。

——物語の中心に据えられた音楽作品はラフマニノフ作曲のピアノ協奏曲第2番ですが、それ以外にも、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第2番、ショパンのワルツ第3番、リストのハンガリー狂詩曲など、ピアノ作品の名曲が登場します。その中で、印象的な曲の一つが、子ども時代のマチューがピアノと出会うという重要なシーンのピアノ曲です。彼の最初のピアノ教師となる老人ムシュー・ジャックが奏でていますが、優しく美しいお洒落な曲ですね。

バーナード監督 あれは、この映画のために書き下ろされたオリジナル作品です。アリー・アルーシュという、この作品の音楽を担当した作曲家に依頼して作ってもらいました。すでにiTunesでも配信されています。まるでギリシャ神話のエウリディーチェが音楽に魅せられて、黄泉の世界へと連れていかれていくかのような、この世とは違う場所へと誘ってくれる音楽です。

《Monsieur Jacques》ピアノのハンマーが弦に触れるかすかな音も感じられる、温かな音色の録音

——音楽からも、台詞からも、そして物語全体からも、さまざまなメッセージ性を受け取ることのできる作品だと思います。

ベンシュトリ そうですね。僕は自分と同世代の若い人たちはもちろん、広い世代の人たちに分け隔てなく観ていただきたいです。クラシック音楽は自分には関係ないな、と思っている人にも、ぜひ見てもらいたい。

バーナード監督 見る人それぞれに、感じ取れることがあると思います。伝統の継承、人の助けを得るということ、サクセスストーリーとしての娯楽性、音楽に対する愛……、さまざまな視点から楽しんでいただきたいですね。

『パリに見出されたピアニスト』(原題:Au bout des doights)オリジナル・サウンドトラック

公開情報
『パリに見出されたピアニスト』

9月27日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、 YEBISU GARDEN CINEM A ほか全国ロードショー

©Récifilms TF1 Droits Audiovisuels Everest Films France 2 Cinema Nexus Factory Umedia 2018
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配給:東京テアトル
出演:ランベール・ウィルソン クリスティン・スコット・トーマス ジュール・ベンシェトリ
監督:ルドヴィク・バーナード
原題:au bout des doigts
2018年 仏 ・ 白 /106 分 シネマスコープ カラー デジタル

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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