インタビュー
2018.12.24
カトリオーナ・マッケイ&クリス・スタウト インタビュー

スコットランドの心を伝えるフィドルとハープの力強い音色

ケルト文化を色濃く残すスコットランド。カトリオーナ・マッケイ&クリス・スタウトは、スコットランドを代表するハープとフィドル(ヴァイオリン)のデュオだ。卓越した技術とピタリと息の合った演奏でライブ感溢れる演奏を聴かせてくれる彼らの、熱量をそのまま閉じ込めたようなアルバム『ベア・ナックル』が2018年に日本でもリリースされた。
アルバムのことやスコットランドの伝統音楽、また彼らの楽器についてお話を伺った。

取材・文
山﨑隆一
取材・文
山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

写真:増田慶

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アイルランド同様ケルトの文化が色濃く残るスコットランド。音楽でいえば、バグパイプの力強い調べや『蛍の光』のオリジナル「Auld Lang Syne」を連想する方も多いだろう。もちろんフィドル(ヴァイオリン)の伝統もあり、アリ・ベインをはじめ世界的スターも多く輩出している。

そんなスコットランドで、特に伝統音楽が盛んな地域のひとつが、スコットランドの北東沖100キロほどに位置し、ベインの出身地としても知られるシェトランド諸島だ。1991年に、この島々出身の4人のフィドラーを中心に結成されたフィドラーズ・ビドというバンドがいる。彼らは新世代ケルティック・フィドル・バンドとしてスコットランドの伝統音楽シーンをけん引する存在なのだが、そこでリード・フィドルを務めるのがクリス・スタウト、そしてスコティッシュ・ハープを担当するのがカトリオーナ・マッケイだ。

クリスとカトリオーナの2人はもう10年以上にわたりデュオとして活動しており、昨年(2017年)に発表した新作『ベア・ナックル』が今年(2018年)国内リリースされた。今回は2人にアルバムのこと、それぞれの楽器のこと、デュオとしてのありかたなど、話を伺った。

クリス・スタウト(フィドル)とカトリオーナ・マッケイ(ハープ)

クリスとカトリオーナ 信頼のおける2人

「僕が生まれた島はとても小さくて、人口も70人ぐらいだった。だけど、周りにフィドルがたくさんあってね。父はアコーディオン奏者だったよ」とクリス。「それで、僕はフィドルをやりたいと思ったんだけど、両親はなかなかやらせてくれなかったんだ。なぜだかわからないんだけどね」。

すると「こんな話があるのよ!」とすかさずカトリオーナが割り込む。「クリスのご両親は幼い彼にミニピアノを買い与えたらしいの。だけど、彼はその足をベキっと折って本体を肩に乗せて、折った足を弓の代わりにして弾こうとしたんだって!(笑)」

「フィドルの弾き方は知らなくても、ピアノの壊し方は知っていたわけだ(笑)」と返すクリス。こんなやりとりからも、2人の気さくな人柄と飾らない関係が伝わってくる。

「これだけ長く一緒に時間を過ごしていると、もうお互いに秘密もほとんどないくらい、まるで家族のような間柄になってくるのね。言葉を変えれば、それだけ信頼がおけるということ。人生だって、パートナーとの信頼関係がないと暮らしていけないでしょ? それと同じだと思う」(カトリオーナ)

 

カトリオーナ・マッケイ&クリス・スタウト/Louise’s Waltz

スコットランドのすべてが詰まったニューアルバム『ベア・ナックル』

2人の最新作『ベア・ナックル』は、まさにそんな彼らの関係性が浮き彫りになったような、どっしりと腰の据わったアルバムに仕上がっている。ケルトの伝統音楽をベースに、クラシカルなプレイも織り交ぜながら、とにかく「歌う」クリスのフィドル。そして時にはピアノのように、時にギターのようにハープを駆使してクリスをサポートするだけでなく「煽る」ことも忘れないカトリオーナは、まるでハープでジャズのセッションに挑んでいるようでもある。

とにかく音の圧がすごい。少しずつ変化しながら妥協せずぶつかり合う2人の音は、繰り返されることで渦のようなエネルギーを生み、緊張を極限まで高めていく。そのエネルギーがひとたび解放されると、まるで雲間から太陽の光が差し込んできたような、何ともいえない幸福感が聴く者を包みこむのだ。その音像はまるでスコットランドの自然のように美しく、しかし厳しく、そしてそこに住む人々のように温かく、優しい。

「例えば自分が育ってきた場所や人生とか。音楽にはミュージシャンのあらゆる要素が反映されると思うの。だからこのアルバムには確かにスコットランドのすべてが詰まっていると思うわ」とカトリオーナ。「そして、2人だけで新しいものを作り上げていくことは、ダンスとか、あるいは格闘技みたいにフィジカルな感覚を伴うもので、その感覚が『ベア・ナックル』(※)というタイトルには込められているの。あと、音楽的にはとにかく強靭なものにしたいという思いがあったわ」。

※「素手の」とか「容赦しない」という意味

そしてクリスがこう付け加える。

「さらに言えば、スコットランドの自然や人には、強さだけじゃなく、その対極にある繊細さとか、傷つきやすさもある。そんな側面も、このアルバムでは音楽として伝えたいと思ったんだ」

さまざまな文化に触れても、自分たちのものとして消化する自信がついた

デュオだけでなく、フィドラーズ・ビドでの活動や、それぞれがソリストとしても活躍し、オーケストラとのコラボレーションも多い2人。『ベア・ナックル』にはスコットランドだけでなく、モスクワで書いたという《モスクワ・ラッシュ》や、ブラジルでオケと共演することで興味をもったヴィラ・ロボスの《ブラジル風バッハ第4番:前奏曲》なども収められているが、そうした曲もアルバムの中で浮いた感じがしないのは特筆すべきところ。完全に自分たちのものとして消化しているのだ。

「僕たちスコットランド人の文化は強固でコアだから、世界のいろんな文化と接しても簡単には壊れないんだ」とクリス。加えて、長年デュオを続けることでミュージシャンとしての自信を得たことも大きいという。

「私たちはずっとトラッドの世界でリスペクトの気持ちを忘れずにやってきて、外に出ても影響されないレベルにまでなったんだと思う。安心していろんな要素を自分たちの音楽に取り込めるようになったわ」(カトリオーナ)

「若い頃は相手がオーケストラみたいに大人数だと圧倒されてしまったり、逆にそういう大人数のアンサンブルに憧れを持ったりもしたけれど、今は僕たち2人がいればいいんだって思えるようになったよ。共演相手が誰だろうと何人だろうと遠慮することもないし、もし上手くいかなかったとしても全然平気なんだ。そんなときは僕たち2人でやるほうがベターだったんだとさえ思う。そのくらい2人で演奏することが自然になったということかな」(クリス)

2つのオーケストラが同時に鳴っているようなデュオ

「私とクリスのデュオは考えてやるようなものではないの。いわば第六感を使ってやるようなものね」とカトリオーナが言うように、彼らはもはや2人でひとつだといえるもの。

「私たちはデュオとしてオーケストラにフィーチャーされることも多いけれど、感覚としてはソリストとして、2人でひとつの音を奏でているの。だけど、実際はやはり楽器は2つあって、クリスはクリスの楽器、そして私は私の楽器でそれぞれ放射線状に音が広がっていくから、より深く聴き手の心の中に入っていけるような気がする。あと、2人とも弦楽器なんだけど、ハープの音はすぐに減衰して消えていくのに対してフィドルはいくらでも音を伸ばすことができる。こうした性格の違う楽器同士だから面白いことができるんじゃないかしら」

「面白いことに、オーケストラと共演したあとデュオに戻ってきても、『あぁ、小ぢんまりとした音になっちゃったな』なんてことは一切感じないんだ。カトリオーナのハープはまるでオーケストラのようにいろんな音を出せるしね。また次のオーケストラと共演している感じさ(笑)。僕の楽器は音量を上げようと思えば上げられる。そういう意味では、僕たちは2つのオーケストラが同時に鳴っているようなデュオと言えるかな」(クリス)

カトリオーナとクリスが共演したScottish Ensemble。

スコティッシュ・ハープでドリームランドを目指せ!

さて、紹介するのが遅れてしまったが、ここでカトリオーナの持つスコティッシュ・ハープについて少し紹介しておこう。

我々が普段目にするような、いわゆるグランドハープは弦の数が47本で、半音上げたり下げたりできるダブルアクションが下部につけられている。これに対しスコティッシュ・ハープは自由に持ち運びができるほど小ぶりで、弦は34本。半音の上げ下げは弦の上部についたノブを操作して行なう。

「家の近所に9世紀に造られた建物の遺跡があるんだけど、そこの石柱にハープを持った人の姿が刻みこまれているの。それぐらい古い楽器ということね」とカトリオーナ。なぜ彼女がこの楽器に惹かれたのか、その理由を尋ねると「実はよくわからないのよ(笑)」と返ってきた。

「よくわからないんだけど、なぜか『やろう!』と思ったの。私の父はフォークミュージシャンで、スコットランドに誇りを持っていたから、古くからこの土地に伝わるハープをやりたいと言ったら、ものすごく喜んでくれたのを憶えているわ。そして、母はバレエの先生で、家に生徒を呼んでダンスのレッスンをつけていた。それを見ながら育った私にとって、ハープはダンサーの動きを彷彿させる楽器でもあって。私の原風景というか、カルチャーがここにあるの」

そして、最初は独学だったけど「なんとなく弾けた」のだとか。彼女にとってスコティッシュ・ハープはとても自由な楽器なのだという。

「さっき古い楽器と言ったけれど、枠にむき出しの弦が張ってあるだけの、本当にとってもシンプルな楽器なの。だから、弾く人のイマジネーション次第で何だってできるのよ。私もそう思いながらいつも弾いているわ。この楽器で『ドリームランドをめざせ!』という感じ(笑)。それでいいんじゃない?」

カトリオーナ・マッケイ&クリス・スタウト/Smugglers Set

日本人としてスコットランドを感じてほしい

そして、冒頭で触れた、クリスがフィドルを始めたエピソードにも触れておきたい。

「近所に、島でいちばん若手だというフィドラーが住んでいて、彼が弾きだすとみんなが『すごい!』って注目するんだ。それを見て、僕も注目されたいって思ったんだ(笑)。彼は現在、フィドルのビルダーになっていてね。実は、いま僕が使っているのも彼の手によるものなのさ。本当に小さな島で、教える人だってろくにいないのに、こんなものを作れる人や、腕のいいフィドラーもたくさんいる。すごいことだなっていつも思うよ」

 

そんなクリスにとって音楽は「心を込めて自分の気持ちを表現するもの」。これは、2人の多彩な活動について筆者が「プロジェクト」という言葉を使ったときに、「僕はどんなものであれ、音楽に『プロジェクト』という言葉を使うのは好きじゃないんだ」と断ってから出てきた言葉で、こんなところにも彼の真摯で誠実な姿勢が見てとれる。「クリスにとっての『プロジェクト』は、家で床にタイルを敷いたり壁を直したりすることなのよ!(笑)」とここでもすかさずフォローしてくれるカトリオーナも素敵。まるで音楽をするように会話が進んでいった。

最後に、再びアルバムの話に戻る。

読者へのメッセージを、クリスが代表して言ってくれた。

「この音楽はスコットランドで生まれたもの。だから、聴きながらスコットランドを旅するような感覚を味わってほしいけれど、同時にいま自分がいる場所、つまり日本のリスナーだったら日本の環境の中でしっかりと感じてほしいんだ」

ちょっぴり哲学的な言い方だけど、音楽を聴くことで、自分の心の奥底にある故郷を大事にしてほしいというメッセージだと受け取った。

スコットランドの雄大な風景(撮影:筆者)
『ベアナックル』

『ベアナックル』カトリオーナ・マッケイ&クリス・スタウト
レーベル:PLANKTON

取材・文
山﨑隆一
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山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

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