「自分の考えで表現してほしい」〜子どもをピアノ嫌いにさせない習い事の在り方とは?
数多くの作品を出版し、ピアノ指導者向けのセミナーなどでも講演している作曲家の轟千尋さん。8月に出版された著書、楽譜付きの絵本『音楽物語 わたし、ピアノすきかも♪』(たかきみや 絵/音楽之友社)に込めたメッセージ、そしてご自身も2児の母となり、子どもや親、指導者に願う「ピアノとの向き合い方」をお伺いしました。
親や先生から「言われた通り」でなくていい
——轟さんはこれまでに、子どもたちが楽しく弾ける素敵なピアノ曲をたくさん世に送り出されてきましたが、今回「音楽物語」という絵本のような形で作品を作ろうと思ったのはなぜですか?
轟 私は子どもたちにお手紙を書くような気持ちで曲を書いてきました。でも、音楽は言葉とは違います。楽譜に書かれているのは、音符やいろいろな記号だけ。そうした記号の奥には、作曲家のさまざまな思いやイメージがあるのですが、それを想像したり探ったりすること、そしてそれをピアノの音で表現することを、もっと子どもたちに楽しみながらやってほしいなと思うのです。そのことを、子どもたちにダイレクトに伝えたいなぁと思って『音楽物語 わたし、ピアノすきかも♪』を書きました。
轟 小学校の音楽のテストでは、「p(ピアノ)」の意味を「弱く」と書かなければ正解ではなく、「小さく」と書くとペケなのだ、という話を聴いたことがあり、とても驚きました。だって、作曲家は「p」という記号をいろいろなイメージで使うのですから。
「さびしい感じ」「やさしくなでるような感じ」「夜空をてらす月のような感じ」……。
楽譜を見ながら、作曲家はいったいどんなことを、この「p」に込めているのかな? と、自由に探って楽しんでほしいです。親や先生から「言われた通り」でなくていい。ピアノで遊びながら、自分の考えで表現してほしい。アクティヴ・ラーニングという言葉がありますが(受け身ではなく、能動的に学ぶということ)、ピアノの練習はそうあってほしいと思います。
もちろん作曲家も、記号だけ書けばいいと思っているわけではありません。
私に作曲を教えてくれた先生はいつでも、「ここは、こう言いたいから、こう書いたんだよね。私にはわかるよ。でもこの書き方では弾き手には伝わりにくい」と、楽譜にどう書けば、考えがきちんと伝わるのかを教えてくれました。また、その先生は大作曲家たちの作品を紐解いて、彼らの伝えようとしていることも教えてくれました。作曲家はなんでもお見通しなんだなぁと感動し、そこから必死で勉強したのを覚えています。
なので、楽譜を目の前にする子どもたちにも、作曲家と語らう気持ちでピアノに向き合ってもらえたら嬉しいです。
想像力を引き出す物語の形を
——さきほど、「p」の例が出ましたが、このお話では、小3のミミちゃんが、しろネコさん、クマさん、リスの兄弟、ようせいさんに導かれながら、「ピアノ」「フォルテ」「スタッカート」「アクセント」のバラエティに富んだ音の響きと出会っていきます。「アクセント」も「強く」と習いがちですが、物語では儚い雰囲気のようせいさんが、キラリとひかる小さな首飾りで教えてくれるのも印象的でした。
轟 アクセントをキラリと光る音のつもりで書いていても、パワー系の音として受け取られることもある。なので、「こんなイメージもあるんだよ」と伝えてみました。
本書のアイディアの発端には、和声の響きの変化を伝えたい、というのがあったのですが、まずはもっと手前のところからいこうと、「ピアノ」「フォルテ」「スタッカート」「アクセント」を題材にお話を書きました。
実際に、弾いている曲のなかでフォルテやスタッカートが出てきたら、楽譜の横にこの絵本を置いて、記号のいろんな意味が絵と言葉で載っているページ(22〜23ページ、36〜37ページなど)を参考に、イメージを膨らませていく。そして、いろんなタッチで表現を試しながら、ぴったりの響きを見つけ出してほしいですね。
——物語の形で子どもたちに伝えようとする中で、心がけたことはありますか?
轟 「お勉強」とは思ってほしくないので、「教える」というよりは、「引き出す」ことを心がけました。子どもたちには、一人一人にいいところがある。「君はそれでいいんだよ、教えてもらったことだけじゃなくて、自分でも考えていいし、がんばっているのも見ているよ」という愛情をもって書いています。現場の先生や子育て中のママさ
——絵を描かれたのは、たかきみやさんです。これまでにも、轟さんのピアノ曲集「きせつのものがたり」「ぴあのでものがたり」などの絵を手がけておられますね。
轟 もう10年くらい前から、私の楽譜に絵を描いていただいています。みやさんの絵は音楽的だし、私が伝えたかったことの想像を超えるような絵も描いてくれるので、絶大な信頼を寄せています。今回は、まずは文章をお送りし、「心の動くままに描いてください」とお伝えしました。物語の最後に登場する「作曲家さん」は、性別も年齢も風貌も、みやさんに完全にお任せしたんです。ぜひ本を手にとってご覧いただきたいです。
中の絵は、あえてモノクロです。ぜんぶ鉛筆だけで描かれているんですよ。例えば、月の色も青なのか、オレンジなのか、赤なのか、子どもたちにいろいろな想像をしてもらい、それによってタッチを弾き分けるような遊びをしてほしいです。
聴いてくれる人がいることは励みになる
——『わたし、ピアノすきかも♪』の物語は、小3のミミちゃんが、ピアノの練習がいやになってしまうところからスタートします。実際に、ご家庭やレッスンの現場でも、親御さんや先生たちが、練習嫌いのお子さんに手を焼くことは多いそうですね。轟さんから何かアドヴァイスはありますか?
轟 私もけっして練習が好きな子どもではありませんでした。でも、10分でも20分でも練習したあと、最後に1回通して弾くときに、「お母さんに聴かせる」というのが習慣でした。「だれか聴いてくれる人がいる」というのは大きな励みになるものです。お料理も、自分一人だったら納豆で済ませちゃえばいいけど、だれか食べてくれる人がいれば、美味しく作ろうと思えますよね。
私が親御さんにいつもお伝えしているのは「親は監視役ではなく、一番のファンであってください」ということ。
昨今では、お母さんもお仕事をされていることが多いですし、家庭のライフスタイルもさまざま。昔よりも、子どもたちがお稽古事を続ける環境が多様となっています。現実的には、忙しい中でいろいろと指図もしたくなりますし、子どもの練習にゆっくり付き合える心の余裕を持つのは難しいかもしれません。そうした環境に見合った方法で続けていければいいと思うのです。たとえば、最近はデジタルピアノを使っているお子さんが多いので、その録音機能を上手に使って、最後に1回通すのを録音しておいて、寝る前にお母さんやお父さんに聴いてもらう、とか。
レッスンにも柔軟性が求められている
轟 私自身も子育てをしていますので、ピアノを習わせるママさんたちに寄り添いたい気持ちは大きいです。とくにワーキングママたちは、朝から分刻みのスケジュールの中、毎日こどもたちが寝付くまで、座る間もなく頑張っています。
そんな中での習い事です。だからピアノ教室に通わせている、もうそれだけで十分すごいこと! ピアノの先生の中にも、このママたちの現実に寄り添った、新しいレッスンスタイルを生み出されている方もいらっしゃいますよね。たとえば、宿題の一部を、レッスン最後の時間に一緒にやって、子どもたちが自分ひとりでも練習しやすいようにしたり……。
ピアノの先生たちとしては、1ヶ月で○曲マスターさせたい、といった目標やノルマもあるかもしれませんが、家庭環境が多様化している中では、それが難しい時代にもなっています。
ですから、個人レッスンの良さを生かして、個々の子どものペースも大事にしてあげてほしいですね。たとえば、鍵盤で音を出さずに、楽譜を読んでいくことも大切な音楽的活動です。楽譜を前にして、1時間いろいろなおしゃべりをするのもいい。レッスンにも柔軟性が求められています。むしろそういう時間を取らずに、作曲家の書いた記号の意味を読み取ろうとせず、ただ「強く」「弱く」と弾かせるだけでは、作曲家としてはちょっと寂しいです。
以前、パリの音楽教育を取材したことがありました。音楽教育の頂点にパリ音楽院がありますが、裾野のレッスン現場の子どもたちは、日本の子どもたちに比べると、ずいぶんやさしい曲を弾いています。
でも、先生と楽譜を見ながら、その音楽についてずーっとおしゃべりしてるんです。コミュニケーションをとっている時間が非常に長い。考えさせたり、聴かせる時間をたっぷり取っているのが印象的でした。
——轟さんご自身も、2歳と4歳のお子さんのママです。お子さんには今、どんな音楽教育をなさっていますか?
轟 まだ小さいので、ピアノをおもちゃにして遊ばせています。音楽が当たり前のようにある家庭にしたいので、いつも誰かが歌っているし、いつでもピアノを弾けるように、蓋は開けたままにしています。
まだ今の時期は、いいところを見つけてとことん褒めています。楽しく天狗になってくれればいい。弾いているものが音楽的でなくても、
やはり音楽は好きであってほしいですね。今はまだわからなくても、人生のどこかで音楽に救われたり、音楽によって開放感を得られたり、音楽を通じて人を敬う気持ちや伝える力を養えるときが、きっとあると思うので。
——轟さんの今後の展望を教えてください。
轟 来年も、演奏会や新作の発表が続々と控えています。私自身、音楽に育てられ、学び、救われ、音楽なしでは生きていけない毎日を送っていますので、音楽を通じ、人の役にたっていきたいです。そのために、「音楽っていいな」がたくさんの人たちに伝染するような曲を書き続けていきたいと思います。
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