インタビュー
2023.10.24
パリ・オペラ座エトワールが語る「バレエと音楽」

ドロテ・ジルベール〜音楽に身も心も動かされる。それが踊るということ

世界最高峰のバレエ団、パリ・オペラ座のエトワールとして輝き続けるドロテ・ジルベール。8月3日、エアウィーヴ特別協賛「ル・グラン・ガラ2023」千秋楽開幕前のひととき、劇場にお邪魔してバレエと音楽についてうかがいました。

坂口香野
坂口香野

ライター・編集者。東京都八王子市在住。早稲田大学第一文学部美術史専修卒、(株)ベネッセコーポレーションを経てフリーに。ダンス関係を中心に執筆。盆踊りからフラメンコまで...

撮影/国井美奈子

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Dorothée Gilbert(ドロテ・ジルベール)

1995年パリ・オペラ座バレエ学校に入学、2000年パリ・オペラ座バレエに入団。03年にスジェに昇進、AROP(パリ・オペラ座振興会)賞を受賞した。05年、プルミエール・ダンスーズに昇進、07年11月19日、『くるみ割り人形』終演後にエトワールに任命される。
おもなレパートリーに、コラーリ/ペロー『ジゼル』、フォーキン『火の鳥』、アシュトン『リーズの結婚』、バランシン『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』『ジュエルズ』『真夏の夜の夢』、ロビンズ『イン・ザ・ナイト』、プティ『若者と死』、ベジャール『ギリシャの踊り』、クランコ『オネーギン』、マクミラン『マノン』、ラコット『ラ・シルフィード』『パキータ』、フォーサイス『Pas./Parts』『精密の不安定なスリル』、ヌレエフ版『ラ・バヤデール』『白鳥の湖』『ドン・キホーテ』『シンデレラ』『ライモンダ』『ロミオとジュリエット』、キリアン『ヌアージュ』、マクレガー『感覚の解剖学』などがある。
2017年には夫ジェームス・ボルト監督による短編映画『Rise of a star(エトワールの誕生)』で主演女優として映画デビュー。芸術文化勲章シュヴァリエを受賞。

踊りと音楽がひとつになる〜エトワールの役づくり

——お会いできて嬉しいです。今回のガラで踊られた『赤と黒』、『ル・パルク』、『マノン』、『うたかたの恋 マイヤーリンク』の4作品は、いずれも短編小説のようなドラマ性があり、音楽もマスネ、モーツァルト、リストとバラエティに富んでいました。

ドロテ 音楽は、私にとってインスピレーションの源です。音楽から生まれた感情をお客さまに伝える、そのことはつねに意識しています。だから、音楽が美しく、心を動かされる作品が好きですね。たとえば『ロミオとジュリエット』、『白鳥の湖』……今回踊った『ル・パルク』のモーツァルトの音楽も本当に美しい。あくまで私個人の好みですが。

——今回、ドロテさんが踊られた『ル・パルク』のパ・ド・ドゥは、モーツァルトの「ピアノ協奏曲23番」第2楽章に振り付けられています。夢のような“フライング・キス”のシーンが有名ですけれど、音楽と踊りがとても自然に、ぴったりとひとつになっていますね。

ドロテ ええ。自然で流れるような振付です。男性と女性がいて、まるで日常のシーンのようにナチュラルに始まる。トウシューズも履かないし、振付もさほど複雑ではないので、お客さまもきっと自分でも踊れるんじゃないかと思えるくらい(笑)。

——いや、思わないです!(笑)

ドロテ 踊っていても心地いいんですよ。

——あのように、音楽とひとつになるためには、どのようにリハーサルを重ねるのでしょうか。

ドロテ 振りを音楽に合わせていくことと、パートナーと息を合わせていくという2段階のステップがあり、それぞれの段階において役柄に合う感情表現を探していきます。あとは、動きの美しさを磨いていくわけなのですが……。

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——感情表現については、エトワールとなると任されるのですか? 振付家からはどのようなアドバイスがあるのでしょうか。

ドロテ 振付家によりますね。もう振付家がこの世にいない古典作品の場合、アウトラインは継承されていますが、あとはそれぞれの個性で演じていきます。同じ作品でも、ダンサーが一人ひとり自分なりの表現をすることが許されている。そこが面白いところだと思います。

——『ル・パルク』のパ・ド・ドゥは、少しもの悲しいピアノソロで始まります。あのシーンは、女性が男性に「どうにかして」とお願いしているように感じるんですけれど……。

ドロテ あのパ・ド・ドゥは、実は「身を委ねる」ということがテーマなんです。女性が男性に身を委ねようとする。でも、冒頭のあの音楽は、悲しみというよりも、まだ控えめで、彼に対して心を完全に開いていない、というふうに私は感じます。彼に近づきたいけれど、一歩引いたような気持ちとでもいいましょうか。

——そうだったのですね。モーツァルトの音楽の中に含まれていたドラマが、目の前に現れたようで、見ていて胸が痛くなります。

ドロテ 『ル・パルク』は、ステップの一つひとつが、音楽にとても忠実につくられているのです。一方、『うたかたの恋 マイヤーリンク』(以下『マイヤーリンク』)のパ・ド・ドゥなどは、振付のアプローチはかなり異なっています。

音楽を聴くことで、その世界に入っていける

ドロテ 一方で、『うたかたの恋 マイヤーリンク』(以下『マイヤーリンク』)のパ・ド・ドゥなどは、振付のアプローチはかなり異なっています。

——『マイヤーリンク』は、ハプスブルク帝国のルドルフ皇太子と、17歳の愛人マリー・ヴェッツェラによる心中事件を題材にした作品で、全編、リストの音楽が使われています。今回のパ・ド・ドゥは、舞台上のドラマを追いかけるのが精一杯で、正直、音楽を聴いている余裕がありませんでした。

ドロテ きれいでも明るくもなく、とても奇妙なフィーリングをもつ音楽ですよね。物語を知っているせいかもしれませんが、どうしても闇を感じてしまう。

——アクロバティックなリフトが多く、マリーがルドルフに銃を突きつけるシーンもあったりして、まるで死と遊んでいるような……。

ドロテ そう。あのシーンでは、マリーはすでに死ぬ準備ができているんです。セクシャルな意味でも何も怖くない、何でも受け入れるよ、という気持ちでルドルフのもとへ来ている。闇を感じさせる奇妙な味わいの音楽は、そんな世界観を創り出しています。

——マリーのような役柄を踊るとき、音楽は表現の助けになりますか?

ドロテ もちろん、すごく大切です。今回のように全幕ではなく、パ・ド・ドゥだけを踊る場合は、いきなりマリーにならなくてはならないので大変なのですが、音楽を聴くことで、その世界に入っていける。音楽はいちばん助けになりますね。

——『マイヤーリンク』と同じくマクミランが振り付けた『マノン』の「出会いのパ・ド・ドゥ」も印象的でした。まさに「運命」を感じさせるメロディと共に、美しい少女であるマノンが、神学生のデ・グリューに手を取られて踊り出すシーンが……。

ドロテ マスネの『エレジー』(悲歌)ですね。あのメロディは“マノンのテーマ”のように、彼女が登場するたび、作品の要所要所に使われています。

音楽のないダンスは考えられません〜入団時から認められ、磨いてきた音楽性

——ドロテさんはこれまで、音楽性を磨くために心がけていらっしゃったことはありますか?

ドロテ 自分で申し上げるのもなんですが(笑)、オペラ座に入ったときから、音楽性が優れていると言われてきたので、音楽性は訓練したということはなく、持ち合わせていたのだと思います。経験を重ねるにつれ、音楽のもつ意味、音楽が演じる役をいかに豊かに彩ってくれるかということを、より深く理解できるようになっていきました。音楽のないダンスは考えられません。

オペラ座では毎シーズン、3〜4年クールで作品を上演していきます。リハーサルが始まる前日に、頭の中でその作品の振りを思い返すのですが、全部は思い出せないこともある。でも、ひとたびリハーサルが始まり、音楽が流れると、振りが全部蘇るのです。

——音楽があれば、自然と踊れてしまうのですね。

ドロテ ええ。おそらく音楽と記憶が結びついて、動きが身体に刻まれているのだと思います。

ドロテさんは撮影でもつねに自然体でチャーミング。爆笑しても目をつぶっても、どの角度から見ても美しい人でした。

バレエの舞台を観ていただいたら、音楽そのものの印象が変わるかもしれません

——ふだんはどんな音楽を聴いているのですか?

ドロテ 音楽配信サービスのSpotifyを、ジャンルも選ばず流しっぱなしにしています(笑)。流れてくるものを自然に聴いている感じですね。

——日本では、バレエファンとクラシック音楽ファンが、若干分かれている印象があります。クラシック音楽ファン向けに、バレエの魅力についてひと言お願いできますか?

ドロテ バレエ音楽にも、素晴らしい作品がたくさんあります。ミンクスなどは音楽だけだとちょっと退屈で、お聴きになりたくないかもしれませんけど(笑)。でも、実際に劇場へ足を運んでいただいて、生でバレエの舞台を観ていただいたら、音楽そのものの印象が変わるかもしれません。そして、音楽と身体でこんなに豊かな表現ができるんだと、バレエを観ながら感じていただけたら嬉しいですね。

——優れたバレエは音楽の魅力を何倍にも感じさせてくれますね。今日はありがとうございました。

7月31日、東京公演初日の午前中に行われた「パリ・オペラ座バレエ学校 契約記者発表会」より。総合寝具メーカーのエアウィーヴは、パリ・オペラ座バレエ学校の寮に、カスタマイズ可能な3分割のベッドマットレスを約150床提供し、エトワールを目指す生徒たちの睡眠をサポートしていくという。写真左から、エアウィーヴ代表取締役社長兼会長高岡本州、北京オリンピック男子フィギュアスケート金メダリストのネイサン・チェン、パリ・オペラ座バレエ団エトワールのマチュー・ガニオ、同団エトワールのドロテ・ジルベール、同団スジェのクララ・ムセーニュ。
坂口香野
坂口香野

ライター・編集者。東京都八王子市在住。早稲田大学第一文学部美術史専修卒、(株)ベネッセコーポレーションを経てフリーに。ダンス関係を中心に執筆。盆踊りからフラメンコまで...

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