インタビュー
2020.11.26
舞台『No.9 -不滅の旋律-』で3度目のベートーヴェン役に挑む

稲垣吾郎──俳優ならではのベートーヴェンの残し方がある

ベートーヴェンの250回目の誕生日を挟む2020年12月、3度目の上演を迎える舞台『No.9 -不滅の旋律-』。初演以来ベートーヴェン役を演じている稲垣吾郎さんに再演への思いを伺いました。過去2回の公演に足を運び、稲垣さんも読んでいた『ベートーヴェン捏造』の著者、かげはら史帆さんによるインタビューです。

取材・文
かげはら史帆
取材・文
かげはら史帆 ライター

東京郊外生まれ。著書『ベートーヴェンの愛弟子 – フェルディナント・リースの数奇なる運命』(春秋社)、『ベートーヴェン捏造 – 名プロデューサ...

Photo: 各務あゆみ
スタイリング: 黒澤彰乃
ヘアメイク: 金田順子

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ベートーヴェンのさまざまな顔を表現する舞台

——2015年の初演、2018年の再演に続き、今回は3度目の『No.9 -不滅の旋律-』となりますが、どのようなご心境でしょうか。

稲垣 『No.9』をTBS赤坂ACTシアターで再再演できることになり、うれしく思っています。今回は、11月に予定されていたウィーン公演が新型コロナウイルスの影響で中止になってしまいました。ウィーンで上演したいという話は再演の頃からあり、僕も番組ロケの際に劇場の下見に行きました。せっかくオーストリアの方々も来てほしいとおっしゃってくださっていたので残念ではありますが、そもそも舞台は再演であってもなかなか実現できません。3回目が決まり、本当にありがたいです。

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ですが、明日(11月7日)から稽古が始まるのに、まだ舞台に立つ自分が想像できていません。3時間強におよぶ激しく熱量の高い舞台は、それだけ日常とはかけ離れています。再演から2年が経って、その間に新しい経験もしましたし、想いの変化もあります。いったいどうなるかわからない。たとえセリフは同じでも、1回目、2回目とはまた違ったベートーヴェンをお届けできると思います。もちろん、はじめて観る方にも楽しんでいただきたいです。

——『No.9』のベートーヴェンは、その3時間強のなかでさまざまな顔を見せてくれます。教科書で目にするベートーヴェンのイメージとかなり違うので、驚かれるお客さんも多いのではないでしょうか。

稲垣 ベートーヴェンはあまりに神格化されており、気難しくて怖いイメージが強いですが、とても人間味にあふれた人物です。激昂しやすく、エキセントリックでもあり、一方でチャーミングな面もある。寅さんのような人情家でもあり、ものすごく自信家でもあります。

それを踏まえると、音楽の聴こえ方も変わってきます。ベートーヴェンを聴くと疲れるという方もいるのですが、彼が書いたのは『英雄交響曲』や『第九』のような人を鼓舞する作品だけではありません。『第九』にしても、合唱に入る前の第3楽章はとても穏やかで美しく、僕は昨日も台本を読みながら聴いていました。モーツァルトのように、ナイトキャップ代わりに聴ける音楽、胎教にいい音楽だってあるでしょう。

交響曲第9 ニ短調 「合唱付き」 Op. 125  3楽章

稲垣 『No.9』でも、舞台上のピアノがベートーヴェンのさまざまな音楽を奏でます。有名な『悲愴』『月光』『熱情』ソナタだけではありません。晩年のシーンでは、人生最後のピアノ・ソナタである『第32番』が演奏されます。この曲は、後半からジャズのスウィングのようになっていくんです。ベートーヴェンが長生きして、その後も音楽を作り続けていったらどうなったんだろう、と考えさせられます。

ピアノ・ソナタ第32 ハ短調 Op. 111 2楽章

——ベートーヴェンは、ミュージカル『モーツァルト!』のようなメジャーな舞台作品が少ないので、そうした多彩な顔を知られていないかもしれません。

稲垣 そうですね。俳優としてベートーヴェンを演じる方も少ないです。特に日本人となればなおさらですね。けれど、外国人を日本人が演じるのは舞台であってこそですし、映像にはできない説得力をもたらすこともできます。

俳優である自分ならではのベートーヴェンの残し方、つなげ方があると思っています。体力と精神力が続くかぎり、一生をかけて演じていきたいです。

聴衆やファンに何かを伝える使命

——「残し方、つなげ方」……それは、ベートーヴェンを演奏するアーティストの志と同じですね。俳優さんがそうした意識を持ち、真剣に取り組まれていることを、クラシック音楽ファンや業界の方にもっと知ってもらいたいです。

稲垣 子どもの頃から音楽にかかわってきたクラシックの演奏家の方には、僕はまったくおよびません。

ただ今年は、NHKの “「ベートーベン250」プロジェクト”のアンバサダーとして、指揮者の広上淳一さんや作曲家の久石譲さんほか、さまざまなプロの音楽家の方々と対談をさせていただく機会もあり、「残し方、つなげ方」をより強く意識するようになりました。いろいろ教えていただき、ベートーヴェンという人物のより細かな部分にもイメージが湧くようになりましたね。

クラシック音楽の業界と僕たちの業界には大きな違いがあるわけではない、とも気づきました。クラシックは高尚で、特別な音楽だと構えてしまう人はとても多いです。クラシック業界で仕事をされているみなさんは、僕よりもそれを感じていると思います。でも、音楽によって救われたり勇気や元気をもらえたりというのは、クラシックでもポップスでも変わらないじゃないですか。

ベートーヴェンだって、いまの世の中に生きていたら、まったく違うことをやっていたかもしれない。ひょっとしたら踊っていたりするかも。新しいものを取り入れていく人ですから。

だから、僕が芝居を通してベートーヴェンの想いをみなさんに伝えるのは、必ずしもおこがましいことではないと思っています。

——時代の変革者としてのベートーヴェンの音楽人生と、稲垣さんの芸能活動の歩みにはリンクする部分があると思います。

稲垣 時代の流れに沿って聴衆やファンに何かを伝えていく使命、という意味ではそうかもしれません。僕らも芸能界に長くいますが、業界も世の中もどんどん変わっていく。ここ2、3年でもそうですし、僕らが出てきた昭和から平成のタイミングでも変わりました。そういう変化を見てきた上での役割はあったかもしれませんね。

ベートーヴェンでいえばその役割とは、難聴や人間関係に苦しみつつ、自由・平等・博愛を音楽というエンターテイメントを通して伝えていくことだったのかなと思います。エンターテイメントを自由なものにしたという意味では、どんな業界においても彼が始祖であり、みんなにとって大切な存在です。

一方、その使命が神様に課せられた義務であると考えるとかわいそうでもあります。ベートーヴェンは、周りに人はいっぱいいたけれど孤独だったし、父親との関係に問題を抱え、母親も早くに亡くなってしまった。ほんとうに波乱万丈の人生です。そこは恵まれた僕らとは違います。

台本という楽譜をもとに、ベートーヴェンというシンフォニーを創る

——ベートーヴェンは稲垣さんにとって特別な役ですね。

稲垣 ベートーヴェン役には、稲垣吾郎がこれまでのキャリアで経験したいろいろな要素が詰まっています。

20代の頃には、つかこうへいさん原作の芝居や、劇団ラッパ屋主宰の鈴木聡さんのコメディに出演させていただきました。30代以降は、映画『十三人の刺客』やテレビドラマで、得体のしれないエキセントリックな役や、ヒール役を演じることが増えました。アイドルグループにいながらにして、そうした役を演じた経験が、ベートーヴェン役に活かされています。役者としてのひとつの集大成といっていいと思います。

僕自身の性格は、まったくベートーヴェンと似ていません。考え方が違うなあと感じる部分も多いですし。だからベートーヴェン役は「自分じゃない自分」です。自分の身体にどんどん自分じゃないものが浸透していって、自分が離れて、抜けていって、自分を俯瞰で見ているような感じになる。……ちょっと感覚的な表現ではありますが、それを特に強く味わえたのがベートーヴェン役なんです。

——そういう感覚もまた、演奏家がベートーヴェンの作品を演奏するときの状態に近いのではないのでしょうか。しかし、音楽は基本的に調和に向かうものですが、稲垣さんは音楽の外側にある破綻した面も表現しなければなりません。ひょっとしたら演奏家より大変なのでは、とも思いますが。

稲垣 いや、演劇も調和に向かうもので、そこは同じだと思います。たしかに僕は映画『ゴジラ』におけるゴジラみたいな役で(笑)、剛力彩芽さん演じるマリアや他のキャストが暴れる僕を止めるわけですが、それらすべてをもってベートーヴェンであり、みんなで彼の頭の中の出来事を演じているのだと考えています。

演出家が指揮者で、台本という楽譜を読み込んで、シンフォニーを奏でる。芝居も音楽と同じで、相手の音を聴かなくてはならないし、波長や呼吸を合わせなくてはなりません。

ひとりで練習してくるのも大切だけど、みんなで合奏するのはもっと大切。……ほんとうにフルオーケストラですね。

ステージ上の匂いの変化をみなさんと感じたい

——コロナ禍での『No.9』再再演について、あらためて想いをお聞かせください。

稲垣 去年の時点ではまったく想像もしなかった状況ですが、ベートーヴェンの音楽は、こういうときだからこそ必要です。ベートーヴェンは生誕250周年の年に世界がこうなると知っていたのではないか、とさえ思います。

今回の上演は年末年始というタイミングなので、ラストの『第九』を聴いて、いい区切りをつけて年を越してほしいです。お客さんもエンターテインメントを待ち望んでうずうずしているし、表現の場をなくしたくはありません。

舞台は、時空を飛び越えて、19世紀のウィーンにみなさんをいざなうことができます。『No.9』は、僕が静寂の闇のなかから現れるシーンから始まり、『第九』の合唱でクライマックスに達します。ステージ上の匂いや気配が、冒頭とカーテンコールでは、まったく別のものに変わる。それをみなさんと一緒に感じたいです。

——ありがとうございました。

公演情報
木下グループpresents『No.9-不滅の旋律-』

日程: 2020年12月13日(日)~2021年1月7日(木)

会場: TBS赤坂ACTシアター

チケット料金: S席13,000円/A席10,000円(全席指定・税込)

出演: 稲垣吾郎/剛力彩芽/片桐 仁 村川絵梨 前山剛久岡田義徳 深水元基 橋本 淳 広澤 草 小川ゲン 野坂 弘 柴崎楓雅/奥貫 薫 羽場裕一 長谷川初範 

演出: 白井晃
脚本: 中島かずき(劇団☆新感線)
音楽監督: 三宅純

取材・文
かげはら史帆
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かげはら史帆 ライター

東京郊外生まれ。著書『ベートーヴェンの愛弟子 – フェルディナント・リースの数奇なる運命』(春秋社)、『ベートーヴェン捏造 – 名プロデューサ...

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