雅楽ネタでブレイク! 芸人・カニササレアヤコの音楽歴~笙からタンゴまで
笙(しょう)を中心とする雅楽をネタに活動しているお笑い芸人、カニササレアヤコさん。2018年テレビ番組『R-1グランプリ』に決勝進出、テレビ番組『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』(フジテレビ)への出演などで、人気急上昇中ですが、実は「たかまつ国際古楽祭」に出演するなど、笙の演奏活動も盛んに行なっています。そんなカニササレさんに、音楽歴や、雅楽との出会い、ネタ作りの裏側など、根掘り葉掘り聞いちゃいました。
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
笙との出会いはカルチャースクール〜多彩な楽器経験
——カニササレさんが雅楽と出会ったきっかけは、お母さまが篳篥(ひちりき)を吹いていたから、とのことですね。
カニササレ はい。小学生の頃、母が趣味で習っていた篳篥教室によく付いていってました。家でもよく母が雅楽を聴いていたのですが、私は笙の音が一番好きだなぁって。
——それでご自分は笙を始められたんですね。
カニササレ はい。始めたのは大学に入ってからなんです。町田市のカルチャーセンターで、笙の教室が開かれていたので、大学1年のときに習いはじめました。
——カルチャーセンターで笙を習えるとは、ちょっと意外です!
カニササレ わりと格調高くて厳しい世界かと思われがちですが、そんなことは全然なくて。神社でも教室が開かれていたり、楽器店で習えたり、最近ではオンラインレッスンをされている先生もいます。雅楽の世界は入ってみると、みなさん優しいですよ。習い事として始められます。
——大学は早稲田大学へ。お笑いのサークルに入ることが目的だったとか。
カニササレ お笑いをやりたくて、サークルが強い大学を選んだんです。もちろん入りました。でも、アルゼンチン・タンゴのサークルにも入っちゃった。予定外。
——え、タンゴ?
カニササレ 母が家でタンゴもよく聴いてたので。
——お母さん広い!
カニササレ 実際にタンゴ・サークルの生演奏を聴いたら、めちゃくちゃかっこよくて。それで入ったら幹事長をやることに。忙しかったですね。タンゴの楽譜ってほとんどなくて、当時は耳コピで譜面作ってました。そんなわけで、実は大学時代はタンゴ漬け。
カニササレアヤコさん・真鍋尚之さん・豊剛秋さんによる「たんご三兄弟」の《ブエノスアイレスの夏》(ピアソラ)
——そんなにがっつりと! 今もカニササレさんは笙で何でも吹けてしまいますが、耳コピをその頃からなさっていたんですね。
カニササレ そうですね、ずいぶんそのときに鍛えられたかもしれません。
——バンドネオンもお持ちだとか。
カニササレ 買ったのはずっとあとなのですが……2018年頃。2台あります。なかなかすぐには弾けない楽器ですけど、ご縁があったので買っておこうかな、と。大学時代に弾いていたのはピアノとヴァイオリンです。ピアソラとか演奏していました。
——多彩ですよね! YouTubeのピアノ演奏もかなりの腕前です。
カニササレ 4歳からやっていたもので。ヴァイオリンは高校時代に弦楽四重奏の部活で始めました。
——オーケストラ部とかではなくて、弦楽四重奏部というのが渋いですね!
笙とお笑いとの掛け合わせ
——笙とお笑いを結びつけたのも大学時代だとか。
カニササレ はい、お笑いサークルで、何か自分の強みを探そうと思ったときに、雅楽かな、と。3年生のときでした。
——笙を1年生で習い始めたということでしたから、キャリア2年で……! お笑いと合体させようと思った、その発想がすごいですね。
カニササレ いやもう、えらい人にいつか怒られるんじゃないかと、ずっと不安はありますけど、雅楽界の皆さんが本当に優しくて、すごく受け入れてくださって。
——その笙のネタで、2018年の『R-1グランプリ』で決勝に進出されたのは大きなインパクトでした!
カニササレ R-1の決勝では、東儀秀樹さんのモノマネをさせていただいたのですが、放送直後にTwitterのリプライで東儀さんご本人から「家族と爆笑しながら見てました」といただいて、すごく嬉しかったです。
——笙のネタはどんなふうに考えるんですか? 閃き?
カニササレ 当初はサークルの友人に相談したり、お笑いの養成所にも通っていたので、お話しながら決めていきましたね。
今は動画を作るときにその場で考えたり、楽器を触っていて面白い音が出たときは「これ使えるな」とiPhoneにメモっておいたりしてます。動画制作はささっと5分くらいで。
——ささっと! すごいですね。カニササレさんの動画は短くて、おもしろくて見やすいから、ついつい何本も見続けてしまう。
カニササレ 寝る前とかにちょっと見ていただけたらいいかな、と。それが、不思議なくらい多くの方に見ていただいていて、とても嬉しいです。
ネタ動画「10秒後平安に飛ぶ鬼滅の刃」
——ところで、「カニササレアヤコ」さんというお名前は、よく蚊にさされるから、という由来だそうで。
カニササレ はい。会社員としてロボット工学のアプリ開発に携わっていたころ、あまりお笑いの活動はできていなくて、Twitterのアカウント名として使っていたんです。結婚を機に、芸名も変えようと思ったのが、『R-1グランプリ』の直前でした。
——今もロボットのお仕事をなさっているんですか?
カニササレ 一昨年、ヨーロッパ中を旅芸人として巡ろうと思って会社員はやめました。夫も一緒に旅芸人をやると言って、2人で会社を辞めたんです。
——すごい! 理解あるどころか、一緒に旅芸人をと。
カニササレ ところが、イギリスに行ったらコロナでロックダウンに。半年間、無職のままイギリスで閉じこもってました(笑)。
今はロボットのお仕事を週2のリモートワークで続けていますが、だんだん比重を芸能に置くようになりました。
笙ってどんな楽器?
——カニササレさんの「わかりやすい間違え」のネタでもありますが、笙や雅楽の用語は未知すぎて、びっくりします。
カニササレ 用語は聞きなれないものが多いと思いますが、楽器の難易度という面では、笙は龍笛や篳篥に比べれば、音そのものは出しやすい楽器なので、初心者にとって始めやすい雅楽器だと思います。
おもしろい構造ですよ。ちっちゃいパイプオルガンみたいに、17本の竹の管が並んでいて、一本一本の中に青銅で作られたリードが入っています。全部外すことができるんですよ。「合竹(あいたけ)」というのですが、手が和音を押さえやすい配列に並んでいます。
——奏者の方は、よく楽器を温めながら演奏していますよね。
カニササレ リードの表面に孔雀石の粉が塗ってあるんです。その粉が水分を吸ってしまうと、リードが動かなくなるので、火鉢とかコンロで乾かしながら演奏するんです。
——ずばり、どんなところが魅力の楽器ですか?
カニササレ やっぱり重音の響きですね。吸っても吹いても音が出ますが、その切り替えの綺麗さ、音の波の美しさを大事に演奏したいですね。笙は合奏の際、篳篥や龍笛よりも1拍早く和音を変えて音楽を先導するので、独特の拍の伸び感、グルーヴ感がすごくおもしろいんです。
——笙のふぁ〜っと鳴る和音の柔らかい響き、素敵ですよね。
カニササレ ピアノは「平均律」(※1オクターブを12の音程で均等に割った調律で、厳密には純正な響きの和音とはならない)ですが、笙は4度や5度が綺麗に響くピタゴラス音律で合わせているので。
通常、西洋楽器でラの音は440ヘルツで合わせますが、笙の場合は430ヘルツでちょっと低いんです。なので、西洋の楽器と一緒に合奏するときは、調律を変えています。
——カニササレさんはピアノなどいろんな楽器とのアンサンブルもなさっていますから、その都度、17本の竹の音を、ラ=440ヘルツを基準とした平均律にしなくちゃいけないんですか。
カニササレ そうなんです。管には一本一本蜜蝋がついていて、その量をハンダゴテで変えることで音の高さを変えられます。奏者はみんな自分で調律をします。私も先生からやり方を習いました。しっかりやれば3時間くらいかかる作業ですけど、1時間半くらいでささっと。
——お耳がいいんですね!
カニササレ いえいえ、自分の耳は信用できないので、スマホのチューナーアプリを使ってます。すごく便利にできてますから。どんな音律にもできますよ。去年の秋は古楽祭に出て、フォルテピアノとフラウトトラベルソと合わせたので、ヴァロッティ音律、というのに合わせました。
——どんな曲をやったんですか?
カニササレ そのときはモーツァルトの《魔笛》とか。あと《G線上のアリア》とかも編曲して。
——雅楽の装束も素敵ですよね。毎回着付けるのも大変なのでは?
カニササレ いえ、洋服の上から5分くらいで着れます。
——え! そんなに簡単に?
カニササレ はい、よくできているんですよ。私のは狩衣(かりぎぬ)といってお値段もそんなに高くないし。でも、雅楽をなさってる方々は雅体質の人が多くて、食費を削ってでも、すごく素敵なお衣装とか買っちゃうみたいです。
——雅体質! それにしても、演奏のたびに、繊細な楽器と、装束と、楽器を温めるための機材を持ち歩いてるわけですから、大変ですね。
カニササレ はい、そのために背筋をめちゃくちゃ鍛えてます。筋トレの研究も日々してますが、足の筋肉もあるといいですね。笙はあぐらで演奏するのが基本スタイルなので、足の筋肉で体を支えないといけない。神社の結婚式などでは、歩きながら吹いたりもしますしね。
雅楽を楽しむ人を増やしたい!
——カニササレさんのこれからの野望はありますか?
カニササレ もちろんお笑いもがんばっていきますが、いろんな楽器の人たちとのコラボレーションも楽しくやっていきたいですね。
でも、一番の野望は、雅楽の世界に貢献したい、ということです。そして雅楽人口を増やす働きかけをしたいです。そのためには自分の演奏の腕を磨いて、雅楽界にも信用されるような活動をしていきたいです。今はコロナで難しいのですが、ゆくゆくは笙や雅楽の体験会をやりたいです。雅楽を楽しむ人を増やし、雅楽を存続させていきたい。
——入門者におすすめの雅楽曲はありますか?
カニササレ 「陪臚(ばいろ)」という曲はおもしろいですよ。管弦だけの合奏だと6拍子の曲なのに、舞が入ると5拍子になるんです。笙のソロでは、「調子」という古典曲。昔の人にはこんな和音感覚があったのか! とびっくりする曲です。雅楽には6つの「調子」があるので、それぞれの聴き比べをしてもおもしろいです。西洋音楽が好きな方にも、楽しんでもらえそうです。YouTubeでたくさん動画が出てきますので、ぜひ聴いてみてください!
「陪臚」(東儀秀樹)
「壱越調調子 三句 」(大塚惇平)
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