インタビュー
2019.03.23
フランスから芸術文化勲章の最高位コマンドゥール受章

クラシック音楽のブランド志向にも商業主義にもくみせない、僕はブレた経営者なんです——KAJIMOTOの梶本眞秀社長インタビュー

2009年に「梶本音楽事務所」が「KAJIMOTO」と社名変更、クラシック音楽業界では目新しいロゴ・デザインになり、新鮮さと、ちょっとした違和感……しかし気になる存在の国内最大手の音楽マネジメント会社であった。そして、今年2月、梶本眞秀社長がフランスから芸術文化勲章コマンドゥールを受章したとのニュース。アーティストに贈られることの多いイメージの勲章をなぜマネジメントに? やはり感じる違和感を払拭すべく、特にKAJIMOTOの海外での活動や外国人アーティストの招聘の仕事にフォーカスして、梶本社長に迫った。

聞き手・文
池田卓夫
聞き手・文
池田卓夫 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

1958年東京都生まれ。81年に早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業、(株)日本経済新聞社へ記者として入社。企業や株式相場の取材を担当、88~91年のフランクフルト支...

インタビュー写真:各務あゆみ

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規制概念から踏み出す“ブレた経営者”

KAJIMOTOの梶本眞秀社長がフランス人プロデューサーのルネ・マルタンと組み、ゴールデンウィークの日本にナント発の音楽祭、「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日々)」(LFJ)を持ち込んで15年。

もちろん国内最大手の音楽事務所として、日本の音楽家のマネジメントをメインで行ない、今年も世界一流のオーケストラを相次ぎ招聘するが、梶本社長の主眼はあくまで「規制概念から踏み出し、気の合うアーティストと、とことん付き合う」方向に注がれる。

この自称、“ブレた経営者”の発想はどこから生まれるのだろうか?

KAJIMOTOの社長、梶本眞秀氏。取材は東京オフィスの社長室にて。
2019年前半には、ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団(4/9、4/14)、アンドリス・ネルソンス指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(5/28、5/30)、クリスティアン・アルミンク指揮ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団(6/29、7/1)などを招聘。

ゼロに戻るのを恐れるな

梶本社長は今年2月、フランス共和国政府から芸術文化勲章の最高位に当たるコマンドゥールを受章した。

「文化勲章はシュヴァリエ、オフィシェ、コマンドゥールの順に段階が上がっていくのですが、僕は2001年、いきなりオフィシェをいただいた。『おかしいなあ』と思ったら、創業者で父の梶本尚靖が過去にシュヴァリエを受賞していて、どうやら同一人物と錯覚したらしいのです。途中で降格するわけにもいかず、一気にコマンドゥールまできました」

図らずも勲章が明かした親子2代の貢献だが、「父が起こした家業の2代目として、いずれ後を継ぐことになるのは覚悟していましたが、本当は継ぎたくなかったのかもしれない」と明かす。

スイスと米国への留学を終えて1975年に帰国。前身の梶本音楽事務所にとって最初の外国オーケストラ招聘だった、小澤征爾指揮サンフランシスコ交響楽団の日本ツアーでは通訳のアルバイトをしたものの、すぐには入社せずに、ポピュラー音楽の事務所、キョードー東京に就職した。

梶本音楽事務所への正式入社は1982年。「家業を継ぐからには、父のできなかったこと、自分にしかできないことをやろう」と心に決めた。

当時の日本は「お金があって何でも買えるように見えて、その実、欧米のエージェントが用意した定番を非常に高い値段で引き受けていただけ。いわば他人のつくった弁当を売るだけで、私たちのアイデアは何も生かされない状態でした」

眞秀氏は「唐揚げはここ、ポテトサラダはサイド、ご飯は少なめで…と、弁当の中身をすべて自分で決められるような方向を目指したい」と考えたが、そのリスクは当時も今も、非常に高い。当時存命だった父に「つぶれるかもしれないけど、やっていいか」と尋ねると、「自分はゼロから始めた。(ゼロに戻るのを)恐れるな」と尚靖氏は励ましてくれた。「それが今も、僕の心の拠り所です」

「スイス留学といっても、僕は学校にフィットしなくて授業を放棄していたので、父の友人であった渡邉暁雄氏のジュネーブの自宅に引き取られたんです」と梶本社長。暁雄氏の妻で画家の信子さんが美術館に連れて行ってくれて、世界が広がったという。

転機となった仕事

“眞秀路線”を明確に打ち出した最初の大がかりな企画は、1995年5月に主催した「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル」。

20世紀後半を代表する作曲家の全貌を、自身の指揮するシカゴ交響楽団とNHK交響楽団、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(註:ブーレーズが1976年に創設した、現代音楽に特化したパリの室内オーケストラ)、バレンボイムやポリーニ、クレーメル、ノーマンら超一流のソリストら総出で明らかにする試みだった。

「急に決まったのでアーティストが集まるかと心配していたら、ブーレーズ自身があちこちに電話して口説き落とすのです。シカゴ響は当時のフォーゲル支配人が欧州ツアーをキャンセルして、日本に向かうという。もう後には引けないと思い、父にも恐る恐る相談したうえで、開催に踏み切りました」

左からイタリア人ピアニストのマウリツィオ・ポリーニ、梶本社長、フランスの作曲家・指揮者ピエール・ブーレーズ、アメリカのソプラノ歌手ジェシー・ノーマン。
1995年5月に主催した「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル」のプログラム。
前衛音楽をメインとして13公演が組まれている。

世界の注目を浴びたイベントの成功に手応えを覚えた眞秀社長、「KAJIMOTOの使命はこれかもしれない」と思い、単純な招聘事業や国内アーティストのマネジメント業務の枠を大きく踏み外していく。

「お客様の求めるものだけ提供していたら、すでに知られているアーティスト、曲目しか扱えません。聴衆高齢化の責任の一端は、僕たちが担っていました。ブーレーズ・フェスティバルを通じて『こういう方法もある』と知り、既成概念から踏み出せるのは、『僕しかいない』と腹をくくったのです。クラシック音楽の問題はブランド志向と極端な商業主義にありますが、それを最優先したら、もはやKAJIMOTOではないと思います」

果敢に挑戦していることへの評価

程なくパリに事務所を開設。シャトレ座の総支配人だった名プロデューサー、ジャン=ピエール・ブロスマンと組み、ユニークな音楽劇を日本に紹介する「パリ・シャトレ座プロジェクト」を2004~06年の3年連続で開催した。

ノーマン主演のモノオペラ《期待》《声》、オペラを完成できなかった武満徹の作品を散りばめた《マイ・ウェイ・オブ・ライフ》、バロックオペラと最新の映像、ダンスを合体させた《レ・パラダン》と、どれも興行的には厳しい演目。

「いよいよ倒産か」と思った矢先、デザイナーのイヴ・サン=ローランの片腕で財団運営も任されていた音楽愛好家ピエール・ベルジェが資金提供を申し出て、切り抜けたこともあった。

コマンドゥール勲章の授章式、パリ管弦楽団のロラン・ベイル総裁は「普通のエージェントが手がけないものを果敢に引き受け、新しい挑戦を続けている」とKAJIMOTOを評価、眞秀社長は「非常に嬉しかった」という。

武満徹の作品をオペラのような舞台作品にした《マイ・ウェイ・オブ・ライフ》。
バロックオペラにCGやヒップホップを取り入れた《レ・パラダン(遍歴騎士)》。
授章式はフィルハーモニー・ド・パリにて2019年2月7日、パリ管弦楽団公演の終演後に行なわれた。アーティストらも同席するなか、フランク・リステール文化相に代わりフィルハーモニー・ド・パリ館長/パリ管弦楽団 総裁のロラン・ベイルより勲章を授与。

硬直した音楽の供給システムを変える

さらに前へ進み、2005年にマルタンと始めたのが「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」(LFJ/「熱狂の日々」日本公演)である。

「代役や曲目変更で払い戻しや公演中止が発生するのは日本特有の現象です。外国ではバーンスタインもショルティもオザワも最初は代役に抜擢され、大きく飛躍する機会をつかみました。僕たちの硬直した供給システムを何とか変えなければ思っていたとき、マルタンと出会ったのです。

LFJでは予定調和のアーティストや曲目に代わり、マルタンの仕掛けた企画に来てもらいます。聴いたことのないものに1万円を払う人は少ないですが、2000~3000円なら気軽に楽しんでもらえるでしょう。ルネもLFJを通じて日本人アーティストを再発見したようで、『ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭』や『ヴィア・エテルナ』など、彼がフランスで携わっている音楽祭に日本人の出演する機会が増えています」

最初は「輸入」だけだったのが、今は「輸出」としても機能している。今年のLFJの「おすすめ企画を1つだけ挙げて」という無茶な質問に対し、眞秀社長は即答した。

「オペラの楽しさを小さな空間で、生き生きと体験していただく『ディーヴァ・オペラ』です。前回はすぐ売り切れてしまったので、今年は3公演に増やしました」

「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019」のテーマ「ボヤージュ 旅から生まれた音楽(ものがたり)」に合わせて、ルネ・マルタンがプログラミングし、新しいアーティストを世に紹介している。
ルツェルン音楽祭の総裁マイケル・ヘフリガー、建築家の磯崎新、梶本眞秀の各氏が発起人となって、東日本大震災の復興支援のために企画した「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ」。
磯崎新氏と英国人彫刻家のアニッシュ・カプーア氏によって制作された、収容人数494名の移動式コンサートホール「アーク・ノヴァ」では、2013~2017年に松島、仙台、福島、東京で、世界一流のアーティストたちが公演した。
グラフィックデザイナーの佐藤可士和さんに出会い、「やっていることとビジュアルが一致していない。自分に任せてもらえないか」と言われ、ブランディングを依頼。積み木のように各文字を縦にも横にも斜めにもレイアウトできるロゴは、まさにKAJIMOTOの自由な発想を表現。

海外からの招聘アーティストにも特別な思いを

従来から続けている海外オーケストラの招聘事業についても、「アーティスト本位」という現在のKAJIMOTOのスタンダードを適用する。

4月に来日するスイス・ロマンド管では「東京交響楽団の音楽監督としてお馴染みのノットの『もう1つのオーケストラ』を介し、1人のアーティストの変貌に迫りたい」、5月のゲヴァントハウス管では「旧東独の崩壊後、かねて親しいブロムシュテットが引き受けて直々に日本公演を頼まれ、これまた懇意のシャイーが引き継ぎ、今度は一段と若いネルソンス。長い歴史をもつ名門楽団の変化を継続してお見せしたい」、6月末からのベルギー王立リエージュ・フィルでは「ほとんど聴く機会のないオーケストラですし、何より、日本と深くかかわってきた指揮者アルミンクの『今』を聴いてほしい」

それぞれにKAJIMOTOおよび眞秀社長との長年の信頼関係があって、成立した公演だ。

公演のチラシは、デザイナーの佐藤可士和氏がCIを手がけた際につくられたデザインルールに則って制作。KAJIMOTO主催の公演チラシとひと目でわかる。

過激の度が増すことはあっても、減ることはないらしい。

「将来はクラシック音楽とは関係ない会社になってもいいかな、とも思う」「やりたいことをやり、世の中の求めと食い違い、消滅しても構わない」と、社長にあるまじき? 危険な発言が次々と飛び出す。「あきれた人々は去り、もはや『それでもいい』と思う人々だけが残っています」

これって、もしかして「最強のチーム」ということではないだろうか。

2011年に北京/上海オフィスを開設。2012年には、マウリツィオ・ポリーニの北京・NCPA(国家大劇院)でのピアノ・リサイタルをNCPAと共催。
「日中国交正常化40周年記念・NHK交響楽団中国ツアー2012」のマネジメントを行なう。写真中でマイクを持っているのは指揮者の尾高忠明氏、ツアーソリストは女性ピアニストのサ・チェン氏。
マウリツィオ・ポリーニと上海公演中、小澤征爾氏とばったり。
上海にて、作曲家・指揮者のタン・ドゥン(左)、ピアニストのハオチェン・チャンと。
公演情報
ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019

テーマ: Carnets de voyage ボヤージュ——旅から生まれた音楽(ものがたり)

日程: 2019年5月3日(金・祝)・4日(土・祝)・5日(日・祝)

会場: 東京国際フォーラム、大手町・丸の内・有楽町、京橋、銀座、日本橋、日比谷

公演数: 324公演(予定)※うち有料公演124公演

詳細はこちら

モーツァルト《後宮からの誘拐》

本文中で梶本社長がおすすめした公演。

日時:

2019年5月3日 (金・祝) 20:30〜22:30[公演番号127

5月4日 (土・祝) 20:30~22:30[公演番号227

5月5日 (日・祝) 19:00~21:00[公演番号326

出演: ディーヴァ・オペラ(オペラ)

曲目: モーツァルト/《後宮からの誘拐》(ピアノ伴奏版・原語上演・字幕無/途中休憩15分)

料金: 指定席3,500円、サイドビュー3,000円

会場: 東京国際フォーラム ホールB7

詳細はこちら

スイス・ロマンド管弦楽団<東京公演>

日時: 2019年4月9日(火)19:00開演

出演: ジョナサン・ノット(指揮)、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(ピアノ)、スイス・ロマンド管弦楽団(管弦楽)

曲目: ドビュッシー/遊戯、ピアノと管弦楽のための幻想曲

ストラヴィンスキー/3楽章の交響曲

デュカス/交響詩《魔法使いの弟子》

会場: サントリーホール

詳細はこちら

スイス・ロマンド管弦楽団<大阪公演>

日時: 2019年4月14日(日)14:00開演

出演: ジョナサン・ノット(指揮)、辻彩奈(ヴァイオリン)、スイス・ロマンド管弦楽団(管弦楽)

曲目: メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64

マーラー/交響曲第6番 イ短調《悲劇的》

会場: ザ・シンフォニーホール

詳細はこちら

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団<東京公演>

日時: 2019年5月28日(火)19:00開演

出演: アンドリス・ネルソンス(指揮)、バイバ・スクリデ(ヴァイオリン)、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(管弦楽)

曲目: ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調op.77

チャイコフスキー/交響曲第5番 ホ短調op.64

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団<東京公演>

日時: 2019年5月30日(木)19:00開演

出演: アンドリス・ネルソンス(指揮)、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(管弦楽)

曲目: ブルックナー/交響曲第5番 変ロ長調

会場: サントリーホール

詳細はこちら

ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団<京都公演>

日時: 2019年6月29日(土)14:00開演

出演: クリスティアン・アルミンク(指揮)、鈴木大介(ギター)、ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)

曲目: ルクー/弦楽のためのアダージョ

タン・ドゥン/ギター協奏曲「Yi2」

ブラームス/交響曲第1番 ハ短調 op.68

会場: 京都コンサートホール

詳細はこちら

ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団<東京公演>

日時: 2019年7月1日(月)19:00開演

出演: クリスティアン・アルミンク(指揮)、小林愛実(ピアノ)、ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)

曲目: ルクー/弦楽のためのアダージョ

モーツァルト/ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466

ブラームス/交響曲第1番 ハ短調 op.68

会場: サントリーホール

詳細はこちら

聞き手・文
池田卓夫
聞き手・文
池田卓夫 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

1958年東京都生まれ。81年に早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業、(株)日本経済新聞社へ記者として入社。企業や株式相場の取材を担当、88~91年のフランクフルト支...

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