インタビュー
2019.10.17
エルガーのチェロ協奏曲を語る

チェリスト宮田大——人生に染み入るような“一期一会”の音楽を

情感に訴えかける演奏で圧倒的な存在感を放つ、チェリスト宮田大、33歳。その一方で、語り口には素朴さや人懐っこさが垣間見えます。その人間性の背景とは?
10月30日にCDを発売し、11月3日のBBC Proms Japanで演奏するエルガーのチェロ協奏曲についても、聴きどころなどを語っていただきました。

聞き手・文
小室敬幸
聞き手・文
小室敬幸 作曲/音楽学

東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...

写真:蓮見徹

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宮田大(みやた・だい)
栃木県宇都宮市出身。音楽教師の両親のもと3歳よりチェロを始める。幼少よりその才能は注目をあつめ、9歳より出場するコンクール、
第74回日本音楽コンク ールを含むすべてに第1位入賞を果たす。2009年、第9回ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで日本人として初優勝。
桐朋学園音楽部門特待生、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコースを首席で卒業。2009年にジュネーヴ音楽院卒業、2013年6月にクロンベルク・アカデミー修了。
マスメディアへの出演も多く、「小澤征爾さんと音楽で語った日~チェリスト・宮田大・25歳~」(芸術祭参加作品)、「カルテットという名の青春」「NHKワールド”Rising Artists Dai Miyata”」などのドキュメントのほか、「報道ステーション」「日経スペシャル招待席~桐竹勘十郎 文楽の深淵」「徹子の部屋」への出演。
使用楽器は、上野製薬株式会社より貸与された1698年製A.ストラディヴァリウス“Cholmondeley”。

だれの心にも届く音楽を

日本人として初めてロストロポーヴィチ国際チェロコンクールに優勝したのが、10年前のこと。

宮田大は、世界トップクラスの実力を誇りながら、市井の人にも届く音楽にこだわりつづけるチェリストだ。奇をてらうことのない解釈で聴かせる王道のレパートリーによって、素人・玄人関係なくあらゆる人を引きつけ、心を底から震わせてしまうことのできる真のミュージシャンである。

そんな宮田が、小澤征爾と共演したハイドン以来、7年振りにオーケストラとの協奏曲をレコーディング。しかもメインとなるのは、名曲でありながら意外と日本人による録音の少ないサー・エドワード・エルガーの《チェロ協奏曲》だ。エルガーの母国イギリスのBBCスコティッシュ交響楽団、このオケの首席指揮者トーマス・ダウスゴーという万全の布陣でこの難曲に挑み、驚くほどの名演奏を繰り広げている。

普段聴かない人にとって「クラシック音楽」は、とかく難しいものだと思われがちだが、宮田の演奏はいい意味で、難解さとは無縁だ。聴きだすとあっという間に感情移入しながら音楽の世界にのめり込んでいる自分がいることに気付かされる——そんな演奏家、そうそういるだろうか?

何故これほどまでに、感情を揺り動かす音楽を奏でることができるのか。

じっくりと話をうかがうと、彼の魅力はさまざまな人びととの関わりのなかで育まれたものであることがみえてくる。まずは、スズキ・メソードの音楽教師である両親とのエピソードからだ。

音楽教師である両親の指導

——幼い頃、最初はヴァイオリンを習いはじめるも、じっと立っていられなかったためチェロになったそうですね(笑)。そんな落ち着きのない宮田少年を、ご両親はどのように指導されたのでしょうか?

宮田 最初の頃は、弓を持つ右手のうえに飴ちゃんを置いて、落とさないようにゆっくりと《きらきら星》を1回弾けたら「食べていいよ!」といったふうに、餌付けされているような感じでした(笑)。両親は子どもたちを教えることが多かったので、毎日歯を磨かす習慣をつけるような感じでしたね。

机の上に椅子を乗っけて「今日は舞台だよ!」とか、庭に楽器を持っていって「青空の下で演奏しようか!」とか、環境を変えることでチェロを弾くことに飽きさせないようにしてくれていました。

——両親が音楽家だとスパルタ教育で、どこかのタイミングで反発してしまう……なんてイメージが一般的にあるかと思うのですが、そんなことはなかったのですね。

宮田 見たいテレビがあるときとかに、練習しなきゃいけないってことがちょっとありましたけれど、大体の場合は、まずテレビを見させてもらってから練習したりしていました。そんなに練習時間もたくさんではなくて、5分でも10分でもいいから毎日弾きなさいという感じですね。

中学校のときはバレーボール部に入部したんですが、突き指するから辞めなさい!……と言うのではなく、音楽は個人競技になってしまいがちなので、団体競技を学ぶのもいいんじゃないかということで、理解してくれました。

チェロが自分を代弁してくれる

——やりたいことをチェロのために我慢させるのではなく、ちゃんと宮田さんのお気持ちを汲んでいらしたんですね。では、いつ頃から音楽を職業にしようと思われたんでしょう?

宮田 高校は桐朋学園(大学付属の高等学校)に進みましたけれど、その時点ではまだ音楽のプロになると決めていたわけではないんです。でも、その年に、桐朋学園音楽部門創立50周年記念のコンサートで、小澤征爾さんが指揮するオーケストラと共演することになって。オーケストラとの共演に憧れはありましたけれど、今すぐやめたかったぐらいプレッシャーがすごすぎて……。

でも、終わってみれば、高揚感を感じましたし、自分の言葉を音で人に伝えていきたいと思ったきっかけになったんです。

——この小澤さんとの共演で意識が変わったように、他に音楽家としてターニングポイントとなったような出会いはありますか?

宮田 弦楽四重奏を組んでいたときに、タカーチ弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン奏者だったガボール・タカーチ=ナジさんにジュネーブで習っていたんですね。

それが初めての留学だったんですけれど、当時は自分の個性を見つけることに悩んでいて。そしたらタカーチさんから「日本人はみんな、個性を見つけに海外に来るんだけれど、みんなそれぞれ個性があるじゃないか」「みんな生まれた頃から見たものも感じたものも違うわけだから、それが表現できれば個性的なんだよ」って言われたんです。

それで、じゃあ自分が感じたものを言葉にして演奏にしようと思うようになって、それからは自分が言いたかったことをチェロが代弁してくれるような感覚になりました。

音楽を一期一会のものにする

——なるほど……でも、単に練習を重ねているだけでは、自分の個性が表現できるようになるわけじゃないですよね?

宮田 自分の場合は、自分の演奏のボキャブラリーを作るために練習しているんです。景色だったり、香り、匂い、感情なんかをイメージした弾き方を、たくさんインプットしておく。そして、自分が感じたものが、ちゃんと音に出てるかなというのも意識しています。

そのうえで、本番前に部屋を真っ暗にして、自分自身を「ゼロ」の状態にするんです。それでお客さんの前にでていく。パレットを掃除したあとの何もない状態にしたうえで、そこにどの色を塗っていこうかな……と、そんな感覚で音楽を“一期一会”の世界として感じとるようにしています。そうやって音楽を自分の言葉として表現するようにしているんです。

——本番で、練習した通りに弾こうとは考えていないということですね。

宮田 練習を繰り返すなかで音楽のイメージが凝り固まってしまう場合があるんですけれど、それに沿って演奏すると「後追いの音楽」になってしまうんです。

後追いをしていると、お客さんが置いてけぼりになっちゃったりとか、そういうときに限って本番前に緊張してきたりするんですよ。「あそこの音程とれるかな!?」とか「ああいうふうに弾こうかな……」と思っていると、頭が先に働いちゃうというか「音楽を作っている」ような状態になってしまうんです。

「make music」ではなくて「feel music」だよって、ドイツで習ったチェロの師匠のフランス・ヘルメルソンにいつも教えられました。このふたつは全然違っていて、「feel music」だと後追いにならないんです。

もうひとつ、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールを受ける前に言われたのは、「失敗して音程が外れても、それはある意味では個性的だからいいんだよ」と。でも「練習不足で外すのはダメだ」と言われたんですけれど(笑)。

「感極まって外したんだったら、それは生での自分のひとつの音楽の表現だから」って言われたことで、崖から足を外すような演奏ができるようになりました。コンクールでも「挑戦する」という感じよりは、「演奏会を何回もやっている」という“一期一会”の感覚になれましたね。

録音でも人生を重ね合わせて

——ライヴが一期一会というのはわかるのですが、では今回のようなレコーディングでの場合はどう捉えていらっしゃるのでしょう?

宮田 今回でいえば、自分としてはエルガー自身がこのチェロ協奏曲に込めたさまざまな感情を表現したので、お客さんもCDを聴いたときの感情、そのときストレスを感じたこと、嬉しかったことなどに、音楽が浸透していくと思うんですね。

この曲はエルガーの人生を表しているとも思っていて、そこに自分自身の人生を重ね合わせて演奏したので、それを聴いたお客さんたちも自分の人生を重ねて聴いてくれたら嬉しいなあと思っているんです。それも一期一会じゃないかなと。

同じ風景を見ても、そのときの感情が違えば、浮かぶイメージが変わってくるわけですからね。

——このレコーディングに至るまでに、このエルガーの協奏曲を何度もライヴで演奏されているかと思いますが、今回共演された指揮者とオーケストラの印象はどうでしたか?

宮田 協奏曲を演奏する場合、リハーサルの前に指揮者と打ち合わせをするものなのですが、このエルガーの場合は、打ち合わせのしようがないんです。

というのは、このエルガーの協奏曲は指揮者にとっても、指揮のコンクールで課題になるくらい難しいんですよ。テンポが非常に揺れますから。なので「やってみないとわかんないよね!」って打ち合わせで終わっちゃうことが多いんです。

でも、今回の指揮者ダウスゴーさんは事前に2時間しっかりとやってくださって。しかも言葉でやり取りしたというよりは、演奏してみてちょっとした感情の表現を、表情と音楽そのもので共有できたんです。オーケストラの人たちからも「もう1回、こうやってほしい!」というリクエストがあったりして、いろいろと交流できたのも嬉しかったですね。

CD情報
宮田大『エルガー:チェロ協奏曲』

COCQ-85473 2019年10月30日発売

収録内容: 

エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 作品85

 1. 第1楽章 Adagio – Moderato

 2. 第2楽章 Lento – Allegro molto

 3. 第3楽章 Adagio

 4. 第4楽章 Allegro, ma non troppo

5. ヴォーン=ウィリアムズ/デイヴィッド・マシューズ:暗愁のパストラル

 

演奏: 宮田大(チェロ)、トーマス・ダウスゴー(指揮)、BBCスコティッシュ交響楽団

価格: 3,000円+税

特典: 名刺サイズカードカレンダー

発売元: 日本コロムビア(株)

Columbia Music Shop

日本人作曲家の作品を演奏していきたい

——日本コロムビアでのレコーディングは今後も継続されていくとのことで、今後どのような曲目を取り上げていくのか楽しみにしているのですが、そもそも宮田さんは非常に幅広いレパートリーをお持ちです。例えば、武満徹のようなシリアスな協奏曲から、フリードリヒ・グルダのようなもっとポップな音楽まで、さまざまなスタイルの音楽に取り組んでいらっしゃいます。

宮田 自分にできることは、どんなスタイルの曲だとしても、それに何かしら感情を乗せて、ひとつのドラマのように表現することなんですが、複雑なものは解釈に時間がかかるのでやっぱりストレスが大きい。

とはいえ、これまでに矢代秋雄さんや外山雄三さん、三枝成彰さんのチェロ協奏曲も演奏しましたけれど、日本的な要素のある曲のほうが表現しやすいですね。

日本って削ぎ落としていく文化だと思うんですけれど、例えば、海外のチェリストが黛敏郎さんの(無伴奏チェロのための)「BUNRAKU」を演奏すると、出だしからテンポが揺れたりして、何かしたくなっちゃうことが多いんですよ、何かを付け加えてしまう。だからこそ日本人の作曲家を、自分が日本人として演奏していきたいという思いはありますね。

——現在は、テレビや映画の音楽で大活躍中の菅野祐悟さんに、チェロ協奏曲を依頼されているとうかがいました。

宮田 菅野さんの交響曲第2番が初演された演奏会の前半に、自分がエルガーの協奏曲を弾くことになっていたので、リハーサルで初めてご挨拶させていただいたんですが、調べてみたら、ちょうど自分が見ていたアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』の作曲家であることに気付いて。だから、自分はそのイメージが先行していたんですけれど、他にもたくさん素晴らしい音楽を書かれていますよね。

依頼する決め手となったのは、交響曲第2番のリハーサルと本番を聴かせていただいて、とにかく素晴らしかったんです。

風景がみえて、その風景も緑にしたたる水滴まで見えるというか。しかも曲の説明を読むよりも、菅野さんの音楽そのものを聴いたほうがイメージが湧くんですよ。それが素晴らしい。どんな作品になるか、とても楽しみです。

聴いている人の人生に染み込んでいくような音楽を

——いわゆる現代音楽ではない分野の作曲家が交響曲や協奏曲を作曲すると、それだけで軽視する風潮が一部にありますけれど、宮田さんの活動によってそうした意識も変わっていってほしいなと思います。

宮田 「No」っていうのは簡単なことですからね。ロストロポーヴィチがやっていたように、生きている作曲家と一緒にディスカッションしながら、チェロのための作品を残していければいいなと思っています。

あとは、他ジャンル、チェロ以外の楽器とできるだけたくさん共演していきたいですね。例えば、三浦一馬くんのバンドネオンにチェロの音がすーっと入ってくると、自分たちもどっちが弾いている音なのか、わからなくなることがあるんです。

——そういう経験がチェロの表現を広げることにもなるわけですよね。ここまでお話をうかがってきて、宮田さんが「音楽」をむやみやたらに特別視したり、称賛したりすることなく、自然体で向き合っていることが強く印象に残りました。

宮田 昔はバッハやベートーヴェンを演奏するとなると、自分のなかでどうしてもハードルが上がってしまうことはありましたけれど、いまではそんなこともなくなりました。

作曲家をリスペクトしつつも、古楽の奏者ではないと自分で認識したうえで、主人公が出てきてオペラのように歌ったり、誰かと会話してみたり。あるいはメロディと通奏低音が対話しているような物語をつくってみたりとか、以前よりもアプローチの自由さが増してきたように思います。

聴いているお客さんは音楽家ではないですから。普通のお仕事をされたりしている方々の人生のなかに、染み込んでいくような音楽をしたいんです。そのために自分のなかの血が流れているような音楽として、普段から自分が音楽を神々しく思いすぎないように、音楽を普通の存在として捉えていたいですね。

宮田大が語る聴きどころ 〜エルガーのチェロ協奏曲について

「第1楽章冒頭は、足かせが付いているわけじゃないですけど、すり足で重たい。気持ちは前を向いて、若い心はもっているんだけれど、身体が動かないみたいな感じでしょうか。

 

第4楽章の終わりのほうに至ると、レンブラントの絵画のように一筋の光が入ってきて、希望が感じられます。だけれども、美味しいものを食べて幸せだなあ……というものじゃなくて、飢え死にしそうなときにパンをひとかけらもらって美味しいって、ホッとするような気持ち。そんな情景だと思うんですよね。

 

そのあとに最後、第1楽章冒頭のフレーズが戻ってくる。でも、エルガーは第1楽章ではff(フォルティッシモ)、4楽章ではf(フォルテ)で書いているんですよ。だから、心のなかの葛藤——ffで弾きたいけれど、でもそれができない……けれど、心のなかにはそれだけのパワーがあるんです。

 

エルガーは楽譜に細かく書いてくれているので、それをリスペクトしながら、自分の感情に当てはめていっています。彼がfと書いていても、自分がp(ピアノ)で弾きたいなと思ったときは、エルガーは心が締めつけられるようなfで表そうとしているんだと考えてみたりしましたね」

公演情報
BBC Proms JAPAN2019

日時: 2019年11月3日(日)15:00開演

会場: Bunkamura オーチャードホール(東京・渋谷)

出演: トーマス・ダウスゴー(指揮)、三浦文彰(ヴァイオリン)、宮田大(チェロ)、BBCスコティッシュ交響楽団

 

曲目:

細川俊夫:「プレリューディオ」 オーケストラのための

エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 Op.85

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 Op.26

ラフマニノフ:交響的舞曲 Op.45

 

チケット: 全席指定 ※単券

S席 15,000円 S席ペア:27,000円 ※残券僅少

A席 12,000円 A席ペア:21,000円 ※残券僅少

B席 9,000円 B席ペア:15,000円 ※残券僅少

 

問い合わせ: BBC Proms JAPAN 2019 事務局 Tel. 0120-970-248

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小室敬幸
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小室敬幸 作曲/音楽学

東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...

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