インタビュー
2021.10.27
10月の特集「映画と音楽」

映画音楽の制作を紐解く。ハリウッドと日本の2拠点で活躍する作曲家・戸田信子さんにインタビュー

映画『太秦ライムライト』、ゲーム「Metal Gear Solid」シリーズ、3Dアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』などのサウンドを担当した作曲家・戸田信子さん。
ロサンゼルスと東京を拠点とするサウンドトラック専門の音楽プロダクションFILM SCORE LLC代表取締役として、2016年公開の米ドキュメンタリー映画『すばらしき映画音楽たち』では製作総指揮をつとめ、2021年9月22日(水)よりディズニープラスで独占配信されている『スターウォーズ:ビジョンズ』でも、第5話「九人目のジェダイ」の音楽を担当した戸田さんに、映画音楽の制作過程やトレンドなどを伺いました。

NAOMI YUMIYAMA
NAOMI YUMIYAMA ライター、コラムニスト

大学卒業後、フランス留学を経て、『ELLE Japon(エル・ジャポン)』編集部に入社。 映画をメインに、カルチャー記事担当デスクとして勤務した後、2020年フリーに...

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映画音楽をつくるプロセスとは?──映像を盛り上げる音楽の制作過程

――まず、監督にオファーを受けてから、音楽を作る流れを教えてください。

戸田 監督にはいろいろなタイプがあって、脚本の段階でどんな音楽にするか決めている人もいれば、音楽に関しては作曲家におまかせ、という人もいます。

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私の場合は「フィルム・スコアリング」という、絵を見て一から楽曲を作る仕事を引き受けるケースが多いです。まず物語のだいたいのプロットを監督やプロデューサーに聞いて、音楽の方向性を確認してから「こんな感じの音楽はどうですか?」と、映像にデモ曲を当てはめたものを提案し、1話ずつ進めていく方法です。

戸田信子(とだ・のぶこ)
2003年、バークリー音楽大学の映画音楽作曲科と現代作曲&プロダクション科を卒業した後、ゲーム「メタルギアソリッド4」で音楽制作をスタート。オーケストラレコーディングとハリウッドの映画音楽制作におけるプロダクションノウハウを学び、2011年サウンドトラックに特化した音楽プロダクション「FILM SCORE LLC」をロサンゼルスに設立。エレクトリックなサウンドデザインとオーケストラとを組み合わせたハイブリッドの音楽制作を、LAにあるハンスジマーのラボ「リモートコントロール」の制作チームと共に進めている。ロサンゼルス、ロンドン、プラハなどの海外オーケストラの収録経験も多く、さらにフィルムスコアリングを用いた作曲手法を使い、映像と音楽をフィットさせ相乗効果をあげる音作りで全世界向けの映画、アニメ、ゲーム音楽を手掛けている。マイクロソフトのゲーム「Halo 5」のサントラでは初登場で全米ビルボードのサウンドトラックTOP2入りを果たすなど、近年目覚ましい活躍を続けており、これまでにゴールデンリール賞(MPSE)の長編外国語映画部門音響編集賞や英国アカデミー賞ゲーム部門音楽賞など、様々な音楽賞を受賞している。主な代表作は『太秦ライムライト』『Halo 5』『ULTRAMAN』『攻殻機動隊SAC_2045』『スター・ウォーズ:ビジョンズ 』など多数。

――映画音楽は、作品のどんな役割を担っているのでしょうか?

戸田  監督がその作品で表現したいことを、「音で通訳する」ような役割ですね。映像だけでは伝えきれない感情を、監督と一緒に、音を使って演出する感じです。

たとえば映像にひとりの女性が立っていて、心の中は本当は悲しい場合、絵では説明できなくとも音楽なら表現できます。また間違った音楽が流れるとストーリーも変わってしまいます。監督から「このシーンは実はこれを一番表現したい」とか、「こんなふうに彼女は思っている」といった物語上の真意を聞きながら、それを音で「通訳」していくのはすごく楽しい作業です。

――では、この仕事で大変なところは?

戸田  サウンドは映画制作における最後の行程ですので、納期との闘いですね(笑)。脚本が遅れたとか、撮影が長引くなど、スケジュールの煽りを受けることは多々あります。リリース日は決まっていますので、制作状況を見ながら内容をイメージしつつ、最後は時間との戦いになります。

ただ、監督と何度も話し合いながら「これだ」という音楽を映像に合わせることができたときは、お客さまが最初に見る完成版を最初に確認できる時間でもありますので、そういう意味ではやりがいもあります。

――楽曲作りはどんなふうに進むのでしょうか?

戸田  ケースによって違うのですが、たとえば今やっている作品ですと、私が東京で作曲をしたあと、シアトルやロサンゼルスやドイツにいるそれぞれのクリエイターが、オーケストレーションや写譜などを順番に手掛けて、曲を作っていきます。

――世界各地のクリエイターとオンラインで連携して作るんですね。タイトな進行ですと時差も気になりますが。

戸田  この仕事は時差があることが、かえっていいんですよ。寝ている間に次の国で何かが仕上がっている、みたいな感じになります(笑)。

その後のレコーディングが海外でやることが多いですね。合唱の収録はプラハのルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホールが多いです。ロンドンのアビー・ロード・スタジオにもよく行きます。『ロード・オブ・ザ・リング』などを手掛けたピーター・コビンさんにレコーディング・エンジニアをお願いすることが多いです。久石譲さんもよく収録に来られると聞きました。仕事が多い時は、1年のうち半年ぐらい海外にいますね。

世界の映画音楽トレンドは二極化、予定調和な音楽が生まれることも

――戸田さんは、映画『すばらしき映画音楽たち』の制作総指揮もされています。海外の一流の映画音楽家の舞台裏をのぞける貴重なドキュメンタリーでした。

戸田  あの映画は最初、日本では公開されない予定だったんですが、日本でぜひ公開したいという思いが強くプロデュースに関わらせていただきました。

というのも、通常、ハリウッドの映画音楽の制作現場というのは、家族でも入れないほど機密であることが多いんですね。1作品に何百億という投資がされているので、映画公開前にあらすじや内容が流出すると大変なことですので。そんな中で人気の映画音楽作曲家の制作現場にカメラが入ることは、すごく貴重な機会なんです。

このドキュメンタリーを見てもらえば「映画音楽とは何か?」がわかると思います。

――国際的に活躍される戸田さんが見た、ハリウッドと日本の映画音楽作りの違いとは?

戸田  海外では一人がやっていくというよりも、ひとつのベンチャー企業のような音楽制作体制がとられています。たくさんの作曲家たちがいて、音作りをする人がいて、それをまとめる人がいる、というような感じ。体系化された制作チームなんです。

動画:映画『すばらしき映画音楽たち』の予告編(購入ボタンを押すとそのまま視聴することができます)

――海外の映画音楽業界で、最近のトレンドはありますか。

戸田  現在は二極化していて、作曲家でいうとハンス・ジマー(『DUNE/デューン 砂の惑星』『インターセプション』他)とジョン・ウイリアムズ(『スター・ウォーズ』『E.T』他)が象徴になっていると思います。

ハンス・ジマーはドルビーアトモス(立体音響技術)のようなハイクオリティのサウンドを追求した、最大級に音響を駆使した音楽。テクノロジーの塊のような感じです。彼はもともとバグルスという有名バンドのメンバーで、シンセサイザーの世代なんです。それに対して、ジョン・ウイリアムズはオーケストラを最大限に使ってドラマティックな映画音楽を作り上げてきました。作品によって、どちらもあるという感じですね。

――海外の音楽業界で、何か問題点はありますか?

戸田  予定調和な楽曲が、大量生産されているとは思います。

昔のフィルムの時代、映像は監督にゆだねられ、音楽は作曲家のセンスにゆだねられていました。監督が初めて音楽を聴くのは制作の最終段階で、それまで聴くことはありませんでした。だからこそ、『サイコ』のバーナード・ハーマンのような音楽が生まれたのです。

いまは技術が進み、監督が作曲家に依頼する前に、「テンプトラック」という既成の音楽を映像につけて会議を進行させます。それは映像に予め音楽をつけて完成を予想できるためのガイドラインにはなるのですが、それに似た曲を作曲家が再現しなければならない依頼が増えているのです。もちろん、何十億かけた映画は失敗することはできないので、ある程度のクオリティの曲で保険をかけたいという制作側の気持ちはわかります。ただ作曲家のセンスは失われます。

その点、私は前作の『スター・ウォーズ:ビジョンズ』でも、プロダクションI.Gの神山健治監督が、音楽をすべてまかせてくれたので、とても恵まれた機会になりました。監督に初めてサウンドを聴いていただいたのは、コンサートホールの客席で、80人のオーケストラが音楽を収録するときだったんです(笑)。

『スターウォーズ:ヴィジョンズ』のレコーディング風景

フィロソフィーを大切にし、『スター・ウォーズ:ビジョンズ』の音楽を創る

――では次は、日本初の『スター・ウォーズ』として世界的に注目された、『スター・ウォーズ:ビジョンズ』の音楽制作について是非おしえてください。戸田さんは全9話からなる短編アニメの中で、『九人目のジェダイ』の音楽を担当されていますね。

戸田  『スター・ウォーズ:ビジョンズ』は、ディズニーから「9つのアニメ制作会社主導で、9つのスター・ウォーズを題材にした作品をつくる、その中の1曲を担当してほしい」という依頼がきたのがはじまりでした。「スター・ウォーズ」は、もともと日本と縁がある作品でしたが、日本で制作する日が来るなんて夢にも思っていませんでした。

――確かに、『スター・ウォーズ』のロボットのキャラクターやライトセーバー、ダース・ベイダーの兜のようなマスクは、ルーカス監督が黒沢明監督の映画からインスパイアされたと言われます。

戸田  そうですね。ただ、アニメを日本でつくる、というのは世界のファンも驚いたと思います。内容も音楽も、すべてこちらにおまかせでした。2年ぐらい前に企画の話があり、実際の制作がスタートしたのは今年の夏ぐらいからだと思います。

――「九人目のジェダイ」の音楽で、一番こだわられたところは?

戸田  まずはスター・ウォーズファンのみなさんが満足してくれる楽曲を作りたいと思いました。ただ、それは似せるということではなく、フィロソフィーを追求するということ。そもそもスター・ウォーズの音楽は、ジョン・ウィリアムズが作り上げたひとつの「ジャンル」だと思っています。ジャズの曲を作るときはジャズで作るしかないのと同じで、このジャンルで想像力をはたらかせて、オリジナルを作ろうと思いました。

あとは、映画音楽を作るとき、ジョン・ウイリアムズが一番考えることは、映画館を出たあとに口ずさめるモチーフなんです。私もそれは意識しました。

――どのくらいの制作期間だったのですか?

戸田 作曲パートナーの陣内一真くんと全部で9曲を、1週間で作曲しました。月曜から作曲を始めて、その後オーケストレーションを頼み、1週間後の金曜日の朝に楽譜を印刷しました。土曜日にオーケストラ収録だったので、集まった奏者の方には、ほぼ初見で弾いてもらったんです(笑)。

――本当に短期間ですね! 熱狂的なファンが多い作品だけに、発表するときは緊張されましたか?

戸田 日本発の『スター・ウォーズ』なので、収録は私が昨年サウンドトラック収録のために立ち上げた「TOKYO STUDIO SYMPHONY」にお願いしました。プレイヤーはみんな『スター・ウォーズ』が大好きなので、演奏が終わったあと、「めちゃくちゃスター・ウォーズだったよ!」と言われた時はすごく嬉しかったです(笑)。神山監督も感動してくれて、「音楽に負けないような絵を仕上げます」と言ってくれたのが嬉しかったです(笑)。海外のファンの方からも好評だと聞いてすごくホッとしています。

「スター・ウォーズ:ビジョンズ – 九人目のジェダイ」のオリジナル・サウンドトラック

いつか日本から、ジョン・ウィリアムズのような作曲家が登場するために

――そういえば、戸田さんと『スター・ウォーズ』の作曲家ジョン・ウイリアムズさんとは、すごいご縁があるとうかがいました!

戸田  25歳でボストンに初めて一人旅に行ったとき、その町で彼のコンサートをやっていたんです。たまたまファンクラブの人たちが泊まっていたので連れて行ってもらったら、そのコンサートにすごく衝撃を受けました。ホテルに戻ってその気持ちを曲に書き、会場にいた警備員さんに渡したんです。そうしたら、翌朝、ジョンさんから電話がかかってきまして。

――まるで映画のようにドラマティックなエピソードですね。

戸田  あの日ほど英語ができない悔しさを感じたことはなかったです(笑)。ジョンさんは拙い英語の私にゆっくりと楽曲が素晴らしかったと伝えてくれました。それからこの世界にはいって、約20年後にこの映画の作曲をしたことに運命を感じます。

私にとって理想の映画音楽も、ジョンさんのようなオーケストラを主体にした映画音楽なのです。ジョンさんはまだまだ現役で次の作品は『インディ・ジョーンズ5』を担当されますね。もうすぐ90歳ですが、今も目標に向かおうとする姿に尊敬しかありません。

――最後に、戸田さんの夢を教えてください。

戸田  日本の演奏家たち、作曲家たちを世界に知ってもらいたいですね。日本には優秀な方、すごい技術をもった方が多いので、海外の映画音楽を作曲したり、演奏するしてもらいたい。

ただ、アメリカではすでに映画音楽は人気の学問で、大学で4年勉強すれば、映画業界にはいれます。それに対して日本では、クラシック音楽を勉強しているので、ジャズ理論が基本の映画音楽とは演奏の表現が変わります。じゃあそれを勉強したいと思っても、今の日本にはそれをする場所がないに等しいかもしれません。

――それは残念ですね。ではそのために、オーケストラを作られたんですね。

戸田  そうですね。だって演奏家も、自分が演奏した作品が毎日Netflixで聴けたり、映画館で聴けたりしたら楽しいと思いませんか?(笑)

私のオーケストラでは、まずクラシックと映画音楽のジャンルが違うというところからスタートして、「絵が見える演奏」をする教育をしています。たとえば、『E.T.』の少年が空を飛ぶシーンでは、50人のプレイヤーがいたら50人が飛ぶように演奏する表現力が必要です。

まだサントラ収録のためのオーケストラをスタートして1年半ですが、今回の『スター・ウォーズ:ビジョンズ』のように海外からの仕事を、日本で収録しています。あと、映画音楽専門の作曲家も育てたいですね。いつか日本からハリー・ポッターのような映画音楽を手掛ける演奏家がでたり、ジョン・ウィリアムズのような作曲家が生まれてほしいと願っています。

NAOMI YUMIYAMA
NAOMI YUMIYAMA ライター、コラムニスト

大学卒業後、フランス留学を経て、『ELLE Japon(エル・ジャポン)』編集部に入社。 映画をメインに、カルチャー記事担当デスクとして勤務した後、2020年フリーに...

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