篠崎史紀×ふかわりょう対談~会場に足を運ぶ意義とは? オーケストラの響きに包まれる幸せ
NHK交響楽団のコンサートマスター、マロこと篠崎史紀さんとクラシック音楽好きのタレント、ふかわりょうさんが対談! 会場で生演奏を聴くことの醍醐味や、クラシック音楽の魅力について、語り合います。
東京生まれ。横浜国立大学卒業後、(株)音楽之友社に入社。その後、(株)東京音楽社で「ショパン」や「アンカリヨン」の編集を担当。現在はフリーランスの音楽ライター/音楽ジ...
会場で生演奏を聴くことでしか味わえない「空気」がある
ふかわ 私の表現の発信は、テレビやラジオなどメディアが中心ですが、目の前にいる人に直接訴えかけることも大切だと、コロナ禍のもとで思いました。コンサートやパフォーマンスが中止されたのを知って、その大切さは、当たり前のことではなかったのだと思ったんです。また、寿司屋の大将が「寿司は目の前のひとりにしか提供できないが、音楽は何千人にも一度に提供できるから、羨ましい」と言っていたことも思い出しました。
篠崎 演奏会場には、その場にしかない空気やにおいといったものがありますよね。音楽配信もこれからの伝達手段になっていくでしょうが、残念ながらもっとも大切なその「空気」までは届けられない。配信によって「情報」を共有することはできるが、「空気」を共有することができない。
ふかわ たしかにそうですね。音楽は音による「その場の振動」を感じるものでもあるのに、それを共有することはできません。
篠崎 僕はスピーカーからの音が苦手で、CD再生装置も持っていません。レコードに記録された振動を拡声させる仕組みの「蓄音機」はあるんですけどね。たとえば、風景写真を見ての感動よりも、その場所へ行ったときの感動の方が大きい。それが録音と演奏会場での違いにも言えるのだと思います。
ふかわ 愛聴盤を愛しすぎるあまり、生の演奏を聴いたときにその違いに引っ掛かってしまうこともありますね。
篠崎 自分にとってのスタンダードな演奏が染み込んでしまうのですね。違うから素敵なのだ、ということを知って欲しいです。
ふかわ 多様性が叫ばれている時代なのに、特に日本では違いが排除される傾向が強いように思います。
篠崎 ヨーロッパに留学していたとき、友人に録音を送ってもらって、落語を聞いていましたが、同じ演目でも人によって違うのが面白かった。お気に入りはありましたが、違う表現も楽しみでした。
ふかわ 異なるものには共感できないというのではない、柔軟な感性を持ちたいです。
篠崎 特に日本では、答えはひとつ、という固定概念が強くあるんですね。答えがたくさんあって、それを否定し合うのではなく、認め合いたいと思います。
非日常体験は感性を育ててくれる
ふかわ 僕はコロナ禍直前に「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のアンバサダーにしていただき、生でクラシックを身近に楽しめて、そして本当にさまざまな演奏に触れて、クラシックの魅力が体感できました。本当に楽しかった。
篠崎 音楽、中でもクラシックは人種や宗教、言語や国境などすべての隔たりを超えるものと思っています。ジェネレーション・ギャップさえも超えられる。そして、すべてを超えて合奏するあり方の集大成がオーケストラ。また、作曲家が多様な楽器にいろいろな役割を与えて、ひとつにまとめたのがオーケストラなんです。
ふかわ なるほど。オーケストラの響きに包まれる幸せってありますね。
篠崎 多種多様な楽器が関わることで「音浴」できる瞬間がある。そのときに、自分の血液が活性化するような感覚も生まれますね。
ふかわ それは、クラシックだからこそ、なのでしょうか。
篠崎 僕は民謡や歌謡曲、ポップスなど音楽全般どれもが素敵だと思っています。そのなかでもっとも敷居の高いのがクラシック。徹底的に熟成された音楽だから、刺激に乏しく、キャッチーではないのです。でも、安堵感をくれたり広い世界を見せてくれる素晴らしい音楽。また、クラシックには「格式」と言う意味合いもあって、その意味の通り、より楽しむためには作曲家のこと、曲の作りなどを勉強することが必要なんです。その時代の流行に終わらずに現在まで残ってきたのは、こうした理由からなんですね。
ふかわ たしかに敷居は高いです。でも、さまざまな工夫をしたクラシックの演奏会も開かれているようですね。
篠崎 僕は「わかりやすい」のではなく、「理解できる」演奏会が良いと思っています。子どもや初心者向けに流行りの音楽を演奏するのではなく、本格的な音楽を本格的に演奏したい。ヨーロッパでは、第1部では作曲家や作品についてわかりやすく解説し、第2部ではその作品を通して演奏するという演奏会が広く行なわれています。
ふかわ それは日本でも取り入れて欲しいですね。
篠崎 演奏会場は「非日常」を体験する貴重な場でもあります。家で聴くのとは全く違う体験です。テーマパークやレストラン、映画館なども同じ。その体験は感性を育ててくれると思っています。
ふかわ 私のオーケストラ体験で今でも強烈な印象が残っているのは、中村紘子さんとの連弾で東京フィルハーモニー交響楽団と共演したこと。モーツァルトのピアノ協奏曲のほんの一部を演奏しただけでしたが、オーケストラをバックにして、生きているのかそうでないのかわからないような不思議な浮遊感というか、まるで天国にいるかのような感覚を味わいました。中村さんからいただいた大切なギフトだと思っています。
篠崎 本当に気持ち良いものですよね。クラシックの演奏会では、同じ演奏家でも毎回違う演奏になります。一瞬で消えていくからこそ、達成感や満足感も大きいのだと思います。今度はぜひ我がNHK交響楽団とも共演を。
ふかわ いえいえ、とんでもない(笑)。客席にいるのがいちばんだと思っています。
篠崎 僕も客席にいるのも好きです。演奏でもそうですが、客席にいて幸せになれることがたくさんありますから。
超有名曲から超マニアック曲まで!
N響コンサートマスターとして、またNHK Eテレ「クラシック音楽館」案内役としてもおなじみの篠崎史紀(MARO)が“偏愛”する名曲をジャンル別に厳選し、演奏体験などを交えながらご案内。さらに、自身についてや教育論、SPレコード・蓄音機についてなど、MAROを語るときには外せないテーマをコラムで取り上げ、巻末では“裏”プロフィールもご紹介する。
『音楽の友』誌で2017年1月から2020年8月にかけて掲載された「MAROのつれづれなるままに」「誌上名曲喫茶 まろ亭」の2連載をベースに新規原稿を加え再構成、書籍としてまとめた1冊。
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