トッパンホール 2024/2025シーズン 躍動する魅力
総席数408、舞台と客席のほどよい距離感と極上の音響を誇るトッパンホールは、2025年が開館25周年。これまで国内外の「最重要」アーティストたちを率先して紹介してきた同ホールは、アニヴァーサリーに向けた新シーズン(2024/2025)の主催公演を10月からスタートさせる。その全貌を、プログラミング・ディレクターの西巻正史氏に語っていただいた。
1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...
これまでの総括と新たな展望 名演奏家たちの「いま」を
来年2025年に開館25周年を迎えるトッパンホール。今年10月から始まる2024/2025シーズンは、プレ・アニバーサリーのような位置づけになるのだろうか。
「ヨーロッパの人は、10周年、次に25周年を節目として意識しますね。アーティストたちと話していてもそうした思いが伝わってきます。今シーズンのプログラムは25周年への前奏曲として、これまでの総括のようなものと、新たな展望の予兆のようなものを感じていただこうと、ときめきを大事に企画しました」
秋から冬に登場するのは、パトリツィア・コパチンスカヤ(vn)とカメラータ・ベルン、ジョヴァンニ・アントニーニ(指揮)率いるイル・ジャルディーノ・アルモニコという2つのアンサンブル、フォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーとロナルド・ブラウティハム、ヴァイオリンの郷古廉など。来年春から夏にかけてはベルチャ・クァルテットとエベーヌ弦楽四重奏団、クリスティアン・ベザイデンホウト(fp)とフライブルク・バロック・オーケストラ、フォルテピアノのトマシュ・リッテル、ピアノのアレクサンドル・メルニコフ、クァルテット・インテグラなどが登場する。
西巻氏が自ら趣向をこらして選曲・人選したシーズンの「オープニングコンサート」と「ニューイヤーコンサート」、ピアノのトーマス・ヘルを中心とするプロジェクト「Ⅰ リゲティ&バルトーク/Ⅱ J・S・バッハ&ショスタコーヴィチ」なども、トッパンホール主催公演の特徴となっている。さらに期待の若手がじっくり練り上げて臨む「ランチタイムコンサート」も人気が高い。
これらの企画を、どのように立てていくのだろうか。
「まず、コパチンスカヤとカメラータ・ベルンは、当初は台湾や中国、韓国あたりと一緒に開催しようと計画していたのですが、なかなか進まなかったので、それならこちらでやってみようと。国内のホールに声をかけるなど、マネジメントのような仕事まで踏み込みました。
ベルチャSQ&エベーヌSQも、最初はベルチャ単独の演奏会と2公演の予定でいたら、八重奏だけに集中したいという。ところが日程を組んでいる時に、エベーヌSQに岡本侑也さんの加入が決まって、この来日のときにお披露目をしたいとなった。『岡本さんならばトッパンホールでしょう』という話から、エベーヌSQ単独の演奏会を八重奏と合わせて開催することに。すると、ベルチャSQが『私たちも単独でやりたい』と言いだして、タナボタ式に3日連続の3公演にふくらんだのです(笑)。
これらと、フライブルク・バロック・オーケストラ with ベザイデンホウトの合計3つを大きな柱にして、あとはどう作っていこうかと考えました。自分たちのオリジナル企画である『オープニングコンサート』や『ニューイヤーコンサート』、トリオ・リズルなども加えてラインナップを多様多面に充実させています」
主催公演の日程の調整などは、パズルのようだという。
「トーマス・ヘルのプロジェクトのように、共演アーティストのスケジュールを調整していく過程で、リゲティ&バルトークの1回公演のみの予定から、J・S・バッハ&ショスタコーヴィチの公演もできるようになるようなこともあります。海外からの出演者が多い公演では全員の日程をリハーサルから本番まですべてうまく合わせなくてはなりません。実は1年を通していつもそのような作業に取り組んでいる感じです」
上智大学卒業後、(株)ワコールに入社し青山・スパイラルホールの立ち上げ、運営に従事する。以降、演劇、コンテンポラリーダンス、ファッションショー、クラシック音楽など様々なジャンルを横断しながら作品の企画・制作に携わる。水戸芸術館音楽部門主任学芸員、パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)企画アドバイザー、トヨタ・アートマネジメント講座ナショナルディレクターなどを歴任ののち、2001年からトッパンホールで腕を揮い、年間30本以上の主催公演を企画、実施している。現在、(株)トッパンホール取締役プログラミングディレクター。東京芸術大学音楽学部講師、早稲田大学理工学術院講師、洗足学園音楽大学客員教授、(公財)福田靖子賞基金理事等を務める。
©山之上雅信
ベートーヴェンから始まる 多種多様な音楽への旅
ここからは主催公演を、年内を中心に日付順で紹介する。まず10月7日のオープニングコンサートは「ベートーヴェン――その多様さを聴く」と題して。
「じつは今シーズンはハイドンが一つのキーワードで、シュタイアー、ブラウティハム、アントニーニがハイドンの作品を取り上げます。そのハイドンとの繋がりを考え、シーズン最初のコンサートはベートーヴェンを取り上げました。
ベートーヴェンの出現は、ヨーロッパの芸術を大いに変えました。それまでは美術の世界でも音楽の世界でも、『自我の表現=芸術』ではなかった。求められたフォーマットのなかでほんの少し個性を滲ます。ハイドンがまさにそうでしたが、ベートーヴェンはそうではなく、自己を表現するために芸術を用いた、ある意味で、最初の芸術家。このポイントを押さえた上で、ハイドンシリーズを始めたかったのです。このコンサートはこちらでプログラムを全部決めて、アーティストに『この曲をお願いします』という形で企画しました」
次に、同じく10月にはテノールのマーク・パドモアとギターの大萩康司が登場。
「これはパドモアから提案してきたプログラムで、今回は彼の原点であるダウランドなどをギター伴奏で演奏したいということで、ホールと縁の深い大萩さんが選ばれています。大萩さんも『これが今年の自分のハイライト』と意気込んでいらして嬉しいですね。パドモアの繊細な歌のニュアンスをトッパンホールで表現するには、ギターが適している。彼がギターとトッパンホールをよく知っているからこそ、できたプログラムだと思います」
©Marco Borggreve
©SHIMON SEKIYA
シュタイアーを中心とする10月の2公演は、
「ダニエル・ゼペック(vn)、ロエル・ディールティエンス(vc)とのトリオが熟してきたので2021年に日本に呼ぼうと思ったら、コロナ禍で中止になりました。今回はその仕切り直し。中止になった公演ではシューベルトを取り上げる予定でしたが、シュタイアーが大好きなC・P・E・バッハを核に据えたプログラムになりました。ソロ・リサイタルのほうもこれに合わせて曲目を組んでくるのは、彼らしい知的な遊びですね」
このように2夜公演が室内楽とソロに分かれることがあるのも、トッパンホールの特徴だ。
「同じ編成で2公演はよくある形だと思いますが、私はあえてそうではなくするのが得意なのかもしれません(笑)」
©Andrej Grilc
©Marco Borggreve
©BELUGA
良好な関係を築き続ける ホール常連の名演奏家が続々と
11月に入ると、やはりトッパンホール常連のブラウティハムが登場する。
「前々回、2019年の公演で私が強く希望して、ハイドンとベートーヴェンのソナタを同じ調性で組み合わせて2曲ずつ、というプログラムを組みました。とても刺激的だったし、本人もおもしろかったみたいで、『今回はそのパターンにしよう』と言ってきました。シュタイアーとタイプは違うけれど、世代的にほぼ一緒ですね。続けて公演するのは初めてなので、お客さまにとっても聴き比べできておもしろいのではないでしょうか。ちょっとしたフォルテピアノ・フェスティヴァルみたいで。来年もベザイデンホウトにリッテルと、今シーズンはフォルテピアノが続きます」
©Marco Borggreve
続いて、郷古廉(vn)とホセ・ガヤルド(p)のデュオ・リサイタル。
「このプログラムは郷古さんからの提案です。彼もトッパンホールにとって大事なアーティスト。最近は、NHK交響楽団の第1コンサートマスターとしても輝いていて、N響を聴きにいくたびにオーラも増している感じがします。R・シュトラウス《ダフネ練習曲》からはじまりますが、これは2013年に『ランチタイムコンサート』で初出演したとき、最初に弾いた曲なのです。そこからシェーンベルクとシューベルトの『幻想曲』2曲を対比させ、ウェーベルンにブゾーニという大変なプログラム。『西巻なら絶対に乗ってくる』とわかった上で提案されていて(笑)、そのまま取り上げることにしました。楽しいですね」
©Hisao Suzuki
長い関係のなかで築かれた、アーティストとの阿吽の呼吸。これは12月のコパチンスカヤ&カメラータ・ベルンの意欲的なプログラムにも共通する。
「日本初のリサイタルをトッパンホールで開催して、その後もずっと一緒に。ほんとうにいい関係にあります」
©Marco Borggreve
©Julia Wesely
その後にアントニーニ&イル・ジャルディーノ・アルモニコ。ほかのホールではイザベル・ファウスト(vn)との共演だが、「単体での公演がないのはもったいない」と提案した。
「ただし、ハイドンの交響曲を2曲入れてほしい、とお願いしました。CDとコンサートで進行中のハイドンプロジェクトがとにかくおもしろい。でも、録音には実演のおもしろさの7割くらいしか入らないと思うので、どうしてもライブでやりたかった! お客さまにも、ぜひ実演で、ハイドンを再発見してもらいたいです」
©Marco Borggreve
©Łukasz Rajchert
そして2025年にも、先述のトーマス・ヘルによる「Ⅰ リゲティ&バルトーク・プロジェクト/Ⅱ J・S・バッハ&ショスタコーヴィチ・プロジェクト」や、ベルチャSQ&エベーヌSQなど、ワクワクする企画が続く。
「視野を広げませんか? いろいろなものを味わってみませんか? と呼びかけ続けていきたい。トッパンホールの主催公演には、“いままで知らなかったおもしろい音楽が溢れています” というメッセージを常に込めています!」
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