作曲家・吉松隆×指揮者・原田慶太楼〜他ジャンルとの影響でつながる2人の出会いとこれから
2022年9月、ミューザ川崎シンフォニーホールでの「名曲全集」で《オール・吉松隆・プログラム》が組まれ、ファンのあいだで話題となった。
吉松隆といえば、抒情的な旋律やハーモニー、またプログレッシブ・ロックの語法を取り入れるなど、同時代の音楽でありながら“前衛”と一線を画す特別な存在として知られてきたが、価値観や美意識が多様化した今日、吉松の作品がふたたび注目されているという。
2023年の3月に《吉松隆の世界》と銘打って、こんどは交響曲第3番やプログレの名作を改編した「タルカス」をメインとするコンサートが開催される。指揮は日本人の作品を積極的に発信、とりわけ「吉松作品をツィクルスとして演奏していきたい」と語る原田慶太楼。今回、作曲家と指揮者へのダブル・インタビューを行なった。
原田、吉松との運命の出会い? 夢はツィクルス完奏
——原田さんが吉松さんの曲を最初に指揮したのは2021年でしたね。
原田 そうなんです。2021年8月9日のサマーミューザのフィナーレで吉松さんの第2番を東京交響楽団と演奏したんですけど、その前に僕がどうしても直にお会いしたくて、7月に事務所でご挨拶させていただいたんです。サインももらっちゃった(笑)。それが初めての出会いです。
その直後、7月20日だったかな、東京オリンピックの開会式をテレビで観ていたら、聖火点灯のところで吉松さんの第2番が流れているじゃないですか「え~!?、これ知ってるじゃん! 何かのリミックス?」と驚きましたよ(笑)。これは運命的でしたね。
原田 吉松さんの作品自体は10代後半から、サイバーバード(アルトサクソフォンのための協奏曲)や、ファジーバード(サックスとピアノのためのソナタ)を勉強していて、大学のリサイタルなどで演奏していたんです。
アルトサクソフォンとピアノのための「ファジーバードソナタ」
原田 そこで吉松さんの作品との関係性は止まってたの。その後、日本で指揮するようになってから日本人の作品を探していたとき、配信番組で対談したのがきっかけで仲良くなったヤマカズ(山田和樹)が、吉松さんの「アトム・ハーツ・クラブ 組曲」を勧めてくれて、すぐにプログラミングしてシアトル交響楽団で振り、ほかにもアンカラや東響で演奏しました。ハワイ交響楽団でもやった。
僕の中では吉松作品のツィクルスとして目標としては、交響曲の1番、2番、6番をを演奏したから、あと3つ(3~5番)のシンフォニーをメインにしてコンサートをやりたい。
2人の根底にあるクラシック以外の音楽からの影響
——実際に吉松作品を指揮してみての感想は?
原田 めちゃ楽しい! 僕、グルーヴ感のある作品が大好きなんですよ。僕はジャズマンをやっていた経験もあるのでハーモニーに親しみを覚えたかな。ビックバンドも指揮していたから、ベースのオスティナートや、いきなり強音でジャーンと鳴ったりするところには惹かれるね。
原田慶太楼指揮による吉松隆:カムイチカプ交響曲(交響曲第1番)
原田 和音がジャズのコード的に扱われているところもいいな。僕は作品をジャズのコードで聴くのでとても居心地がいい。アメリカのオーケストラのプレイヤーって何かしらの形でジャズを演奏したりするから、だいたいの人がコードネームで通じてしまう。僕は勝手にですけど、吉松さんに共感しているんですよ。音楽にジャンルづけしてないしね。
吉松 原田さんとやりとりしていて、maj7(メジャーセブンス)とかm9(マイナーナインス)とかコードネームで通じるもんね。イギリスのオーケストラと録音したときもプレイヤーから「そこ、ビートルズのコード進行と似てるよね」と突っ込みされて面白い(笑)。
そもそも、僕も若いころはジャズやロックばかり聴いていたわけで、シューマンやブラームス、ハイドンなどは雑誌の連載やNHKの放送解説のためにあとから勉強したほどで(笑)。
僕は交響曲やクァルテットを書いているけれど、ジャンルだと「現代音楽」に入ってしまう。本当は、普通に「交響曲」や「弦楽四重奏曲」のコーナーにあればいいなと思う。
——3月のコンサートでは「交響曲第3番」をメイン、そのほかにかの「タルカス」も演奏されます。
原曲:イギリスのプログレッシブ・ロックバンド、キース・エマーソン&グレッグ・レイク「タルカス」
——「タルカス」は吉松さんの作品で再認識されたところがありますね。
吉松 当初は「タルカス」をオケでやると言ってもチケットが100枚くらいしか動かなかったけど、クラシック・ファンのあいだでも認知度が高くなってきた。クラシックの演奏家や聴き手のなかに世代的にプログレが好きという人がいて、だんだんと広がってきたんですね。モルゴーア・クァルテットのヴァイオリニストの荒井英治さんもプログレの大ファンだしね。
僕はプログレといってもオケで演奏する際にはあくまでアコースティック重視で、エレキギターを入れないし、PAも使わない。なので、あのプログレの爆発感や音量をどうすれば出せるんだろうと考えるんですが…….。
原田 バーンスタインはエレキギターをオケの中でも使用してますけどね。
吉松版「タルカス」
多様なモチーフが魅力的な吉松作品
——さて、吉松さん、原田さんが演奏する交響曲第3番について語っていただけますか?
吉松 チラシに「英雄」と入ってるけど、ベートーヴェンの3番にちなんだだけで、とくに命名していないです。念のため(笑)。1998年にマンチェスターでBBCフィルとレコーディングしてCDを出してから、サッチー(藤岡幸夫)と日本フィルで日本初演した。最初から「番号付きの交響曲を書く!」と言って書いた最初の曲です。だからそれまでの2作とちがって単に「第3番」なの。
サイバーバードとカップリングというので、ハイテンションで音量のでかい曲でないとまずいな、というのが問題でしたけどね。
また、第3楽章ほかあちこちに近東風のサウンドを取り入れていれてる。いわゆる“エスノ”ですね。あの頃やっとパソコンを使いこなすことができるようになり、蓄積したデータに手を加えたりしていて、その実験結果的なところもあります。
吉松隆:交響曲第3番/サイバーバード協奏曲
原田 すでにスコアを勉強しはじめていますけど、第1番、第2番ときて、次にこう来たか、という感じですね。とても面白いです。吉松さんはね、リハーサルの時に、いろいろと指示をいれてくるんです(笑)。
——曲のコンセプトとして「男神」とありますが、これは?
吉松 この交響曲を書いている前後に、まさに本日(取材日2022年11月4日)角野隼斗さんが弾いたピアノ協奏曲《メモ・フローラ》を発表したのだけど、そちらが「女神」なんです。つまり、この2曲は性格がまったく対照的で。2曲ほぼ同時に作ることによって、逆に2つのまったく別の世界を表現できるわけですよ。「メモ・フローラ」が優しく、交響曲は荒々しい。
——吉松さんの作品には「鳥」をモチーフにした曲が多いのですが、初めて接する人のためにその理由をお聞かせいただけますか?
吉松 もともと「星」から始まって「天使」「鳥」「動物」「人間」「地球」をモチーフにしたんです。鳥は《朱鷺に寄せる哀歌》から続いています。それぞれがシリーズになっているんですが、「鳥」にちなむ作品はとにかくイメージが多彩で可能性が広く、作曲していて意欲がわくんです。
——ありがとうございました。
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