アーティスト夫婦、兄弟、親子...家族のコラボレーションが生んだ名曲名盤プレイリスト
音楽一家という言葉がありますが、実際に親子、兄弟姉妹、夫婦など家族で活躍する音楽家がたくさんいます。東端哲也さんが古今東西、今昔までも越える? 家族共演の名盤を紹介してくれました。
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
小澤征爾が亡くなった時、マエストロについての評伝『音楽の旅人―ある日本人指揮者の軌跡』(アルファベータ)の著者でもある音楽評論家の山田治生さんが、SNSで「ふと気がついた。小澤は(桐朋の高校を卒業後1955年から)パリ音楽院に留学していた江戸京子さんに会いたくてパリに行ったに違いないと。でもそれは憶測なので本には書かなかった…」と発言されていたのが興味深くて、改めて1962年に音楽之友社から初版が刊行された自伝的エッセイ『ボクの音楽武者修行』(新潮文庫)を読み返してみた。
なるほど確かに「国際指揮者コンクールがブザンソンで行なわれるわよ」と、音楽院の玄関に貼ってあるポスターの前までマエストロを導いて“世界のOZAWA”へと繋がる道を示した(※募集要項を訳してあげた)のは、まさにピアニストだった彼女であり、コンクール優勝後のインタビューでは通訳の役も買って出ていたのだった。
二人はその後、1962年に日本で結婚して実際に夫婦となり、1966年に離婚してからも良き友人として関係を続けていたとか。ちょうど今年の1月23日に江戸京子が老衰で死去し、それから2週間後の2月6日に小澤征爾がこの世を去ったこともあり、短期間とはいえ、かつて“家族”だった二人の間には、何か不思議な縁(えにし)があったのかもしれない。
名指揮者と名ソリストの夫婦共演
さて、指揮者とピアニストが夫婦だった例といえば、恐らくいちばん有名なのはシャルル・デュトワ(1936~)とマルタ・アルゲリッチ(1941~)のケースだろう。それぞれ2度目の結婚で、一緒になったのは1969年からだが、1974年に揃って来日した時に大喧嘩をし、アルゲリッチが公演をキャンセルして帰国、あげくデュトワと離婚に至ったという事件でも知られている。
幸い二人はその後和解して(※娘もいる)共演を重ねており、アルゲリッチは1998年にアバド以来30年振りに「ショパン:ピアノ協奏曲 第1番」をデュトワの指揮するモントリオール交響楽団とレコーディングしている。
似たような例としてクラシック・ファンが次に思い浮かべるのは、アンドレ・プレヴィン(1929-2019)とヴァイオリンの“女王”ことアンネ=ゾフィー・ムター(1963~)のゴールデン・カップルかもしれない。生涯に5回結婚しているプレヴィンにとって最後の相手がムターであり、夫婦だったのも2002~2006年とこちらも長くはなかったが、その後も二人はコンサートなどで共演を続けた。
残された録音も、作曲家でもあったプレヴィンが彼女のために書いた、ムターの名を冠したまるで愛の告白のような協奏曲(2002年)の他、結婚前の「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲」(1995年、シュターツカペレ・ドレスデン)から、豊かな情感とパッションが込められた蜜月時代の「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」(2003年、ウィーン・フィル)、プレヴィンのピアノによる「メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタ」(2008年)まで多彩である。
そしてやはり極めつけは、ダニエル・バレンボイム(1942~)と伝説のチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945-1987)(チェロ)のケース。1961年に16歳でデビューして一大センセーションを巻き起こしたデュ・プレは1966年にバレンボイムと結婚。しかし28歳の若さで多発性硬化症という難病にかかって演奏活動ができなくなり、絶望のうちに42歳で人生の幕を閉じた。
二人の共演盤はいくつもあるが、ここでは敢えて彼女の十八番である「エルガー:チェロ協奏曲」(1970年ライヴ録音、フィラデルフィア管弦楽団)を聴いていただきたい。こちらは2種類あるバルビローリ盤(1965年スタジオ録音、ロンドン交響楽団/1967年ライヴ録音、BBC交響楽団)が世紀の名演と高評価を得ているのに対して、バレンボイム盤はデュ・プレの才能が凄すぎてオーケストラの演奏が大きく水をあけられている……と辛口の批評もあるが、どうだろう? ぜひご自分の耳で確かめて欲しい。
タッグを組んでの作品が多いディーヴァ・ディーヴォ夫婦
夫の演奏や指揮で妻を主役にレコーディングという例なら、夫婦で歌劇場のレパートリーから外されていたベルカント・オペラの復活上演に力を注ぎ、1960~80年代にかけてDECCAレーベルにリサイタルや歌曲、オペラ全曲盤に至る数多の録音を残したオーストラリア出身の“指揮者&ソプラノ”コンビ、リチャード・ボニング(1930~)とジョーン・サザーランド(1926-2010)を忘れてはならない。
同様のケースでは、1970年代に夫のムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927-2007)のピアノで、故国ロシアのオペラ・アリアや歌曲をレコーディングした、ソプラノのガリーナ・ヴィシネフスカヤ(1926-2012)も捨てがたい。
だが、やはり現代の“黄金カップル”であるサイモン・ラトル(1955~ 指揮者)とマグダレーナ・コジェナー(1973~ メゾ・ソプラノ)が、結婚する3年前の2005年(※当時から交際中でこの年には第1子も出産している)にエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団とレコーディングした初のコラボ作『モーツァルト:アリア集』を名盤としてお薦めしたい。
なお、オペラ・シーンで“おしどり夫婦”といえば、ソプラノのミレッラ・フレーニ(1935-2020)とバスのニコライ・ギャウロフ(1929-2004)のようにスター歌手同士の組み合わせが注目を集めるもの。特にソプラノのアンジェラ・ゲオルギュー(1965~)とテノールのロベルト・アラーニャ(1963~)のように、1996年から2013年に離婚するまで、デュオ公演から愛のデュエット・アルバム制作と“おしどり”ぶりを存分に発揮したケースや、バスのホーカン・ハーゲゴール(1945~)とスウェーデンで暮らした経験が名盤『ダイヤモンド・イン・ザ・スノウ~北欧歌曲集』を生んだアメリカのソプラノ、バーバラー・ボニー(1956~)のように結婚生活と“本業”がうまく結びついたケースはある意味でその成功例かもしれない。
今をときめくアンナ・ネトレプコ(1971~ ソプラノ)とユシフ・エイヴァゾフ(1977~ テノール)も然り。
百花繚乱の兄弟・姉妹たち
もちろん、夫婦だけが“家族”のかたちではない。もっとシンプルに兄弟・姉妹による共演もクラシック・シーンでは珍しくないこと。
例えばピアノ・デュオの世界では、20年以上にわたって「キャトルマンスタイル」を追究し近年では津軽三味線アーティスト「吉田兄弟」とのコラボでも話題を呼んだ、斎藤守也(1973~)と斎藤圭土(1978~)によるLes Frères(レ・フレール)や、マリア・ジョアン・ピリスの秘蔵っ子として2010年にアルバム・デビューしたオランダが誇るルーカス(1993~)&アルトゥール(1996~)のユッセン兄弟などが有名。
だが、このジャンルで50年以上続くキャリアを持ち、4手のための数々のピアノ曲や2台ピアノのための数多の作品を演奏かつ録音している大ベテランなら、バスク地方出身のカティア(1950~)と妹のマリエル(1952~)によるラベック姉妹。二人にとって特別な作曲家である現代音楽の巨匠フィリップ・グラスの音楽に捧げた2枚組の最新アルバムも好評だ。
兄弟・姉妹によるアンサンブルといえば、ピアニストとしてもチャイコフスキー国際コンクールで第2位の腕前を持つ指揮者のチョン・ミョンフン(1953~)が、姉でチェリストのミョンファ(1944~)とヴァイオリニストのキョンファ(1948~)を迎えて弾き振りで録音した「ベートーヴェン:三重協奏曲」などで名高いチョン・トリオも有名だが、そのミョンフンが指揮するグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団で難曲「ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」を録音した、現代の弦楽器シーンを牽引するフランスが生んだ才能ある兄弟、ルノー・カピュソン(1976~ ヴァイオリン)とゴーティエ・カピュソン(1981~ チェロ)を推したい。
一方でその“変化球”的ケースとして紹介したいのは作曲家・編曲家の兄・千住明(1960~)と、12歳でプロ・デビューして以来“日本ヴァイオリン界の顔”として幅広いジャンルで活躍する妹・千住真理子(1962~)によるコラボ。
以前、NHKのテレビ番組で兄が編曲したイタリア・オペラのアリアなどを妹が歌心溢れる音色で奏でたものが評判を呼んでいたこの二人だが、昨年11月にリリースされたアルバムでは、人気アニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』からオリジナル曲の「トリシャの子守歌」(※原曲はラテン語で歌われ、多くの合唱団もレパートリーにしている)を、あの“真理子節”でカヴァーしていたのが素敵だった。
詩人の父と音楽家の息子
兄弟・姉妹とくれば次は親子ものだが、こちらも“変わり種”を。
コンポーザー・ピアニストの谷川賢作(1960~)は、父親で偉大な現代詩人の谷川俊太郎(1931~)による本人の朗読に音楽を添えたさまざまな企画コンサートをこれまで全国各地で開催しており、詩と音楽が融合した傑作コラボ・アルバムも『クレーの天使』(2002年)、『kiss』(2003年)、『家族の肖像』(2004年)の3部作が発表され、それぞれ今なおベストセラーを続けている。
2005年にリリースされた『谷川俊太郎 SONG BOOK』はその番外編とも言うべき第4弾で、谷川俊太郎の詩を(本人の朗読ではなく)波多野睦美、村上ゆき、高瀬麻里子、原田郁子、bird、おおたか静流、石川セリといった女性シンガーによる歌唱で、谷川賢作作曲の歌曲として収録したアルバム。
とりわけ故・おおたか静流の心に沁みるヴォーカルをフィーチャーしたこの「ゆっくりゆきちゃん」が素晴らしい。
三代の音楽家、時空を超えてのコラボレーション
最後にお届けするのは、戦前~戦後と日本の歌謡界をリードした国民的作曲家の服部良一を祖父に、テレビ時代の名人作曲家である服部克久を父に持ち、幅広いジャンルの作曲・編曲で活躍する服部隆之の作品。
彼が今回手掛けた、笠置シヅ子をモデルとする連続テレビ小説『ブギウギ』(※言うまでもなく、羽鳥善一のモデルは服部良一であり、劇中には服部克久のモデルである若き日の長男も登場)のオリジナル・サウンドトラックは、まさに時を超えた「音楽と家族」がテーマの究極のコラボレーションではないだろうか。
特に「大空の弟」は軍歌を作るのを苦手としていた服部良一が戦争で亡くなった若者への想いを込めて書いたとされる楽曲で音源も存在せず、残された草稿のような楽譜をもとに制作陣が議論を重ねながら慎重に歌詞を再現し、服部隆之が楽譜から祖父の想いを汲み取って編曲したものだ。
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