プレイリスト
2023.11.20
ロシアの名匠の音楽を振り返るプレイリスト

追悼ユーリ・テミルカーノフ〜融通無碍な音楽づくりで聴衆を魅了したマエストロ

ロシアを代表する指揮者の一人、ユーリ・テミルカーノフさんが2023年11月2日に逝去されました。84歳でした。
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の音楽/芸術監督を長きに渡り務め、2015年からは読売日本交響楽団の名誉指揮者を務めるなど、日本との繋がりも深かったマエストロ。音楽評論家の満津岡信育さんに、彼の紡いだ音楽を振り返るプレイリスト選曲をお願いしました。

文・選曲
満津岡信育
文・選曲
満津岡信育 音楽評論家

1959年東京都杉並区生まれ。音楽誌やCDのライナーノートの執筆を中心に活動し、内外の音楽家たちのインタヴュー取材も数多く手がけている。NHK-FMの『名演奏ライブラ...

画像提供:ジャパン・アーツ

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気鋭の実力派から自然体で奥行きに富んだ名指揮者へ

テミルカーノフの指揮姿に初めて接したのは、1989年10月10日のこと。この時点では、現在のサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団は、未だレニングラード・フィルハーモニー交響楽団の名称であり、テミルカーノフのディスクといえば、ロンドンのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したものがいくつかあった程度であった。英国の音楽誌で“ダンシング・マスター”と呼ばれていたテミルカーノフは、指揮棒を持たずに両腕を流麗に駆使しつつ、指を変幻自在に使って名門楽団から多彩な表情を引き出していたのが印象的であった。

テミルカーノフは、低音を重厚に響かせ、要所で金管を開放的に鳴らして、緩急を巧みに用いて濃厚に歌い込んでいくなど、ロシアの指揮者が備えている特性を身に着けていたが、その一方で手堅い平衡感覚、豊かな色彩感、洗練されたセンスを感じさせる点が特徴的であり、それはその後も変わることはなかったと思う。もちろん、その指揮ぶりは、年を経るごとに動きが少なくなり、基本的なテンポ設定も緩やかになっていったが、音楽の表情は深みを増していった。

思い起こせば、1989年の来日公演のパンフレットには、テミルカーノフのインタヴューが掲載され、独自の「指揮者=俳優論」が開陳されていた。いわばハンサムな演技派であった名匠は、やがて融通無碍な自然体の演技で人々の耳目を魅了する巨匠へと至ったのである。サンクトペテルブルク・フィルや読売日本交響楽団を指揮した演奏会場において、何度も接することができたチャイコフスキーやショスタコーヴィチの名演を振り返り、心に穴があいたように感じるのは、筆者だけではないだろう。

テミルカーノフを振り返る7枚

ハチャトゥリアン:バレエ《スパルタカス》(抜粋),同《ガイーヌ》(抜粋)

テミルカーノフ指揮ロイヤルpo Warner Classics/1983年11月&1985年2月録音

1979年から首席客演指揮者を務め、1992~98年には首席指揮者を務めたオーケストラとのセッション録音である。日本では1989年4月に発売されたこのディスクが、テミルカーノフ初の本格的な指揮アルバムであった。作曲者特有のリズムを電撃的に弾ませつつ、エキゾチックな旋律を濃厚に歌わせているのが印象的。作品が備えている野趣を的確に打ち出しながら、品のよさがきちんと保たれている点も、じつにテミルカーノフらしい。とりわけ、「スパルタクスのアダージョ」の歌いまわしは、蠱惑的としか言いようがない。

リムスキー=コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》,序曲《ロシアの復活祭》

テミルカーノフ指揮ニューヨークpo,グレン・ディクテロウ(vn) RCA/1991年10月録音

アメリカでも活躍したテミルカーノフが、東海岸の名門楽団と残した名演だ。《シェエラザード》は、第1曲から遅めのテンポ設定を採り、各主題をしっかりと歌い抜く一方で、大きな緩急を用いて、大海原を鮮やかにうねらせて巧みに盛り上げていく。第4曲の主部は猛烈にダッシュし、船が難破する箇所では、ティンパニ・パートを改編気味に大胆に叩かせるなど、壮絶な演奏を展開。《ロシアの復活祭》序曲も金管セクションが唸りを挙げつつ、色彩感に満ちた演奏を繰り広げている。なお、テミルカーノフは、ボルティモアsoの音楽監督(2000~06年)を務めたが、商業録音は残していない。

プロコフィエフ:交響曲第1番《古典交響曲》,《ロメオとジュリエット》第2組曲*,組曲《3つのオレンジへの恋》

テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルクpo RCA/1991年1月&1992年8月*録音

サンクトペテルブルクpoは、ヴァイオリンは両翼、コントラバスは舞台下手奥、舞台上手奥に金管セクションをまとめるという旧名称時代からの配置を踏襲しており、このプロコフィエフでは、両翼のヴァイオリンの動きに加え、金管セクションが独自の存在感を発揮して、音楽に深い立体感を与えている。そして、作品が孕んでいるロシア的な特性とモダンな響きを見事に両立させている。テミルカーノフは、第二次世界大戦中に彼の生れ故郷に疎開してきたプロコフィエフにだっこされたという体験の持ち主であることを付記しておきたい。

テミルカーノフ・イン・コンサート[ラヴェル:ラ・ヴァルス,バレエ《マ・メール・ロワ》組曲,チャイコフスキー:同《くるみ割り人形》第2幕からの組曲,ガーデ:タンゴ《ジェラシー》*]

テミルカーノフ指揮デンマーク国立放送so Chandos/1998年1&12月ライヴ録音&1999年9月録音*

1989年の時点で、「セッション録音は好きではない」と語っていたテミルカーノフは、西側のメジャー・レーベルと契約し、次々とセッション録音にも取り組んだ。イギリスの独立系レーベルに残した当盤は、1998年から2009年まで首席客演指揮者を務めた楽団とのライヴ録音をメインに、スタジオ録音によるアンコール的な小品を併録したもの。チャイコフスキーのバレエ音楽では、躍動的なリズムと自然な呼吸感が見事に捉えられている。聴衆の大きな喝采が納得できる名演だ。

※サブスクリプションサービス未登録

発売日:2000年03月28日
規格品番:CHAN9799
レーベル:Chandos

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲,シベリウス:同*

テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルクpo,庄司紗矢香(vn)DG/2017年10月録音(*はライヴ録音)

2010年代に入り、CDマーケットが冬の時代を迎えると、テミルカーノフの録音は、Signum Classicsなどから何点か発売されているとはいえ、メジャー・レーベルからは、庄司との共演盤(もう一枚はプロコフィエフの協奏曲集)がリリースされたのみであった。当盤からもテミルカーノフが、確かな指揮技術と豊かな音楽性の持ち主であることがうかがえる。それにしても、2000年から共演を重ね、2015年に名誉指揮者の称号を贈られた読売日本soと相性が良かっただけに、このコンビのレコーディングがあれば、と感じるのは筆者だけではないはずだ。

ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編曲):歌曲集《死の歌と踊り》,ラフマニノフ:交響的舞曲

テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルクpo,ドミトリー・ホロストフスキー(Br) Warner Classics/2004年8月ライヴ録音

イギリスでの楽旅中に行なわれたライヴ録音。ショスタコーヴィチがオーケストレーションした歌曲集は、いたずらに強圧的に響かせることなく、独唱者を巧みに包み込むようにしながら、ムソルグスキーがスコアに込めた喜怒哀楽を味わい深く表出している。得意にしていた交響的舞曲では、作曲者の魂が、つねにロシアと共にあったことを納得させる演奏になっている。テミルカーノフが自在なインスピレーションを注ぎ込みながら、手兵を鮮烈にドライヴしているのが耳に残ることだろう。フィナーレの終盤がとりわけ圧巻だ。

ヴェルディ:レクイエム

テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルクpo,ボリショイ劇場cho,ディナーラ・アリエヴァ(S)オレシャ・ペトロヴァ(Ms)フェランチェスコ・メーリ(T)ドミートリー・ベロセルスキ(Bs) Delos/2017年12月ライヴ録音

テミルカーノフは、ヴェルディの音楽も得意にしており、パルマ王立劇場oと当作品や歌劇の全曲録音も残している。当ディスクは、55歳で亡くなったホロストフスキーの追悼公演のライヴ録音で、それまでの録音と比べて、演奏時間もやや長くなっているが、音楽の流れが弛緩することはなく、哀悼の意と深い祈りの感情に満ちている。ライヴ録音ゆえの傷やノイズも入っているが、さらに円熟を深めつつあった名匠の境地をうかがうことができる。

Apple Musicでは本盤収録のライヴを映像でも観ることができる

文・選曲
満津岡信育
文・選曲
満津岡信育 音楽評論家

1959年東京都杉並区生まれ。音楽誌やCDのライナーノートの執筆を中心に活動し、内外の音楽家たちのインタヴュー取材も数多く手がけている。NHK-FMの『名演奏ライブラ...

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