気鋭のチェリスト、ジョヴァンニ・ソッリマと100人のチェリストたちが共演
ジョヴァンニ・ソッリマというチェリストをご存じだろうか? あのヨーヨー・マも一目置き、世界中が注目するチェロ界の巨匠であり、作曲家である。この夏、自身のプロジェクト「100チェロ」で来日し、強烈なインパクトを残していったが、来年はついにソロ・コンサートでの来日公演も決まっている。ここでは、2回に分けて、彼とその音楽を紹介する。
編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...
演奏することで自然とつながる。木の豊かさを集約したチェロという楽器の魅力
今年(2019年)の8月、およそ15年ぶりの来日を果たしたチェリストのジョヴァンニ・ソッリマ。現在、世界中で注目され、尊敬されるこのシチリア生まれの音楽家には、かのヨーヨー・マも「彼の前では、僕はまるで子猫のようなもの。彼はチェロの超達人で、怖いもの知らずだ」と最大級の賛辞を惜しみなく送る。
8月6日にはミューザ川崎の「フェスタサマーミューザKAWASAKI 2019」に登場し、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(藤岡幸夫指揮)とドヴォルザークのチェロ協奏曲を披露したが、その全身をダイナミックに使って情感豊かに紡ぎだす音楽は、聴衆の心を瞬く間に捉えてしまった。
そして、アンコールで演奏されたオリジナル作品『ナチュラル・ソングブックNo.4 & 6』では、その抒情的な旋律に加え、チェロのボディをパーカッションのように叩いたり、テールピースをこするなど、観る者の想像をはるかに超えるパフォーマンスで館内にスタンディングオベーションを起こしたのだった。
アンコールに選んだ『ナチュラル・ソングブック』は、生まれ故郷のシチリアをはじめ、南イタリア、バルカン半島、果てはアメリカやオーストラリアまで、これまで彼が旅した地域で聴いた民俗音楽を書き留め、それらをつなげるようにまとめた作品だという。後日、ソッリマに本人に曲について聞くと、こんな答えが返ってきた。
「演奏旅行で時間ができたら、何をしましょう? 美術館に行ったり、地元の郷土料理を楽しむのはもちろんですが、私は民俗音楽に特別な興味を持っているんです。その土地の音楽は言葉と密接につながっていますから。言葉とは、方言と言い換えてもいいでしょう。その土地に伝わる音楽の数々を聴いては、私はそれらをノートに書き留めているんです。『ナチュラル・ソングブック』は、そうやってできたプライベートな物語のような作品といえますね」
聞いていると、ソッリマはどうやらチェロのことを「木に4本の弦がついたもの」とか「木の箱」と表現することが多いようだ。
「私が使っている楽器は300年以上前に製作されたものですが、その前は当然、1本の木だったわけです。つまり、チェロというのは、木を歌わせるもの。音楽というものは自然のひとつで、私は演奏をすることで自然とつながっているのです」
ソッリマにとって、音楽は「チェロという木の舟で世界を旅するようなもの」でもあるという。ここでは、ソッリマが旅する世界を、ほんの少しだけ覗いてみよう。
100人のチェリストがすみだトリフォニーホールに集結
川崎での公演から1週間後、ソッリマが登場したのは、すみだトリフォニーホール。開演前のステージには所狭しとチェロが置かれ、もしチェロを一艘の舟とするなら、その様相はさながら旅人が集まる港のようだった。
これはソッリマが友人のチェリスト/作曲家のエンリコ・メロッツィと2012年に立ち上げた「100チェロ(100 Cellos)」というプロジェクトで、文字通り100人のチェリストを集めたアンサンブルである。もともとは、18世紀に建てられたローマの由緒あるヴァッレ劇場が財政難で閉鎖されそうになっていたのを守るために始めたもの(ヴァッレ劇場はその後3年にわたり、さまざまなアーティストが占拠し活動を続けた結果、復活した)で、現在でもさまざまな場所で行なわれている。日本では今回が初めての開催となった。
ここでまず触れたいのは、そのレパートリーの多彩さである。
ヘンデル「サラバンダ」に始まったかと思えば、ディープ・パープル「スモーク・オン・ザ・ウォーター」やAC/DC「バック・イン・ブラック」いったロック・クラシックスとドヴォルジャーク「新世界より」第4楽章が同じ土俵に乗ってしまうという痛快このうえない「ザ・ベスト・ロック・リフ」へと続き、そしてバッハの無伴奏チェロ組曲へ。
その後もイタリアの舞曲タランテッラ、デヴィッド・ボウイ「世界を売った男」、そしてソッリマの代表曲「チェロよ、歌え!」と続けざまに100台のチェロによる迫力あるアンサンブルを聴かせていった。
参加者は事前に募集し、3日間の練習期間を経て本番を迎えたが、数あるレパートリーの中からメンバーの様子を見て当日演奏する曲を決めたのだという。参加者は老若男女が入り混じり、キャリアもベテランから初心者まで幅広く集まったのだが、ソッリマとメロッツィの指揮のもと、息の合ったダイナミックな演奏でグイグイと迫ってきたのは、短い期間でパート分けをはじめ彼らをまとめあげた2人の努力はもちろん、参加者たちも本当に心から楽しんだからだろう。
ステージは、会場がある墨田区と縁のある葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」をバックに「教育や思想の統制などいらない」という歌詞を映し出して曲に込められたメッセージを観客と共有したピンク・フロイド「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」でひとつのクライマックスを迎え、そのままラストまで突っ走っていった。
終演後、ステージという港に立ち寄った100人のプレーヤーたちは、再びチェロという舟に乗ってそれぞれの旅路に戻っていった。
聴く者のDNAを直撃するソッリマのインプロヴィゼーション
それにしても、驚くべきはソッリマの存在感である。約100人のチェリストたちを指揮する立場でありつつ、まるで底なしの泉のようにあふれ出るインプロヴィゼーション(即興)で曲のハイライトを作り出していく。身体全体を使った躍動感あふれるアクションも相まって、観る者の目をその一挙手一投足に釘付けにしてしまうのだ。
そこにあるのは、尽きることなき歌心。来日の際して行なわれたレセプションでは、彼はこんなことを言っていた。
「作曲家と演奏家は、もともと一緒だったはず。バッハ、ベートーヴェン、ラフマニノフ、バルトーク、ショスタコーヴィチなど、高名な作曲家は、みんな優れたインプロヴァイザーでもあったのです。現在、インプロヴィゼーションというとポピュラー音楽の特権のように思われているけれど、私は即興演奏を通してクラシック音楽とポピュラー音楽の橋渡しをしたいと思っています」
少し脇道にそれるが、以前、ジャズのワークショップで、即興についてこんな解説を聞いたことがある。
「即興というのは、生きることと同じなんですよ。例えば、街を歩いていて、前から人が歩いてきたら、避けようとするでしょ? それだって即興なんですよ。音楽だって同じではないですか?」
ソッリマの演奏からは、もっと根源的というか、まさに生きることに直結しているような原始的衝動、強烈な「生への欲求」のようなものを感じる。音楽のジャンルとか種類といったもの、はたまた聴く者の人種までをも超越し、我々のDNAの奥深くまでダイレクトに突き刺さってくるのだ。彼のインプロヴィゼーションを聴いていると、自然と身体が動き出す。その音楽はすべての人に「生きろ」という力強いメッセージを送っているようである。
次回は、彼の生い立ちやインタビューを通して、その音楽の魅力に迫ってみる。
動画は、2014年9月にイタリア、トリノのレージョ劇場で行なわれた「100チェロ」での演奏の様子
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