レポート
2019.02.15
世界屈指のオーケストラ、CSOのメンバーが心身障害者センターを訪問

分かち合う “音楽のギフト” ~シカゴ交響楽団訪問演奏レポート

日本ツアー開幕を直前に控えたシカゴ交響楽団メンバー3人が、目黒区心身障害者センター「あいアイ館」を訪問。施設の利用者、スタッフの皆さん約50人を前にミニコンサートを行なった。ヴァイオリン奏者3人が拍手に迎えられて登場。日本の名曲の数々が、心あたたまる和やかなひとときを生み出していった。

取材・文
芹澤一美
取材・文
芹澤一美 音楽編集者

音楽療法専門誌「チャレンジ!音楽療法2003」(2002年)「the ミュージックセラピー」(2003年vol.1~2011年vol.20/音楽之友社)の編集・取材・...

photo:Todd Rosenberg

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今日、ここにしかない音楽

音楽に同調して身体を揺らす人、メロディをなぞるように手先を動かす人、目をつぶってじっと聴き入る人……。ここにはとても自由で多彩な音楽の味わい方がある。《早春賦》《蘇州夜曲》《赤とんぼ》《川の流れのように》と、日本人の心の故郷のような曲が響くと、施設の会議室は”今日、ここにしかない音楽”のためのコンサート会場になった。

シカゴ交響楽団は公演ツアーで世界各地を訪れる際、教育的活動や演奏による交流活動を行っているという。今回のアジアツアーでも、日本や上海でマスタークラスや訪問演奏会が行なわれた。

この活動に関わって20年というルーマニア出身のミヘイラ・イオネスクさんは「音楽は世界共通の言葉。こうした活動を通じて、自分の感情が聴く人達の感情になると感じられるところが好きです」と語る。

アメリカ出身のベアード・ドッジさんも「学校や病院で演奏すると私自身の心も動かされます。音楽を共有することで全ての人と通じ合えるのは素晴らしいことだと思います」と、活動の意義を語った。

曲目は、訪問先の状況や聴く人々の状態に合わせて選ぶという。よく知る日本の名曲の調べに、世界屈指のオーケストラ奏者がどんな曲を演奏するのだろう、と少し堅かった雰囲気もすぐにやわらいだ。

ベアード・ドッジさんと野田愛子さん photo:Todd Rosenberg

分かち合うことで豊かになる

《ふるさと》《夕やけこやけ》と叙情的な美しいメロディが続き、歌心にあふれるヴァイオリンの響きが胸に染みていく。1曲ごとに大きくなっていく拍手に、奏者と聴衆、双方の気持ちの高まりが感じられ、これこそ「音楽のギフト」そのものだ、という思いに包まれた。

形ある“物”は分け合うと小さくなってしまうが、音楽はいくら分け合っても減ることはない。それどころか逆に、分かち合うことで喜びは倍増し、音楽はより豊かになっていく。そんな音楽のプリミティブな価値を実感させる、かけがえのないコンサートだ。

もう一人のメンバー、野田愛子さんは言う。

「演奏しながら、しだいに皆さんの表情が変わっていくのを感じました。どこの国の人も歌を歌いますね。そのことからもわかるように、人間の身体そのものが楽器であり、ある意味では誰もが音楽家であると言えます。でも、世界中にはさまざまな事情で音楽に出会えない人達もいる。ですから、こうした機会を作る活動を、私個人としても行なっています。この感動を経験するたびに、音楽は誰の心にも響くものなんだなあと感じています」

「最後にバッハの《パルティータ第3番》第1楽章を演奏します」と告げ、野田さんがソロ演奏を始めると、場の空気が一変。音楽の緊張感や音圧が伝わって聴き手の集中が高まり、どんどん引き込まれていく。最後の1音の響きを味わったところで、この日一番の拍手が湧き起こった。別れがたい思いはアンコールの《ユーモレスク》へとつながり、さらにはイオネスクさんが退室の順番を待つ車椅子の女性に近寄って即興的に《きらきら星》を弾き、満面の笑顔と拍手が引き出されるというサプライズも生まれた。

即興で《きらきら星》を演奏するイオネスクさん photo:Todd Rosenberg

この一期一会の音楽交流は、シカゴ交響楽団の協力と、オーケストラと訪問先をつなぐ架け橋となった人々の尽力、そして施設側の受け入れ準備という、すべての力が揃わなければ実現できなかっただろう。思いを一つに、この貴重なコンサートを成功に導いた皆さんに心からの敬意を表したい。

取材・文
芹澤一美
取材・文
芹澤一美 音楽編集者

音楽療法専門誌「チャレンジ!音楽療法2003」(2002年)「the ミュージックセラピー」(2003年vol.1~2011年vol.20/音楽之友社)の編集・取材・...

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