「クルレンツィス×ムジカエテルナ 初来日記念トークセッション」レポート

世界を熱狂させる指揮者クルレンツィスとムジカエテルナ——クラシック音楽の未来に「種を植えこむ」思想とは?

レポート
2019.02.21

クラシック音楽の指揮者とオーケストラの初来日公演がこれだけの期待と、熱狂をもって迎えられることは珍しいのではないだろうか? ギリシャ生まれでロシアを拠点に活動するテオドール・クルレンツィスとその手兵であるオーケストラ、ムジカ・エテルナ。さらに、衝撃的なチャイコフスキーの録音でヴァイオリン・ソロを務めたパトリツィア・コパチンスカヤが行なった日本ツアーは、凄まじいパワーをもって音楽ファンを魅了した。

ツアーのあいまに行なわれた初来日トークセッションを、クルレンツィスと同じジェネレーションである小田島久恵さんがレポート。クルレンツィスの魔性の魅力を伝えてくれた。

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©︎Katsumi Omori
取材・文
小田島久恵 音楽ライター
小田島久恵
取材・文
小田島久恵 音楽ライター
岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...

前代未聞の熱狂と驚きをクラシック・ファンにもたらし、オーケストラの未来的な次元を示していったテオドール・クルレンツィスとムジカエテルナ。オーチャードホールとすみだトリフォニーホールの2回の公演を終え、サントリーホールでの公演を控えた中日の2月13日に、ヴァイオリニストのパトリツィア・コパチンスカヤとオーケストラ事務局長のマルク・デ・モニーを加えてのトーク・セッションが行なわれた。サントリーホール前、カラヤン広場の敷地内に建つアーク・カフェに集まったジャーナリストは皆、彼の言葉のひとつひとつに興味津々。礼儀正しく落ち着いた口調で初来日の日本の印象について語り始めた。

左からモデレーターの若林恵、パトリツィア・コパチンスカヤ、テオドール・クルレンツィス、ムジカエテルナ事務局長のマルク・デ・モニー
©︎Katsumi Omori

テオドール・クルレンツィスと、彼が2004年に創設したムジカエテルナは、ピリオド楽器(作曲当時に使われていた楽器)も使用し、チェロ以外の弦楽器は立奏するスタイルが特徴的。2回のレコード・アカデミー大賞受賞など、初来日を前に大きな話題を呼んでいた。

テオドール・クルレンツィス――どう演奏すればハッピーになれるのだろうか......

「おはようございます。私は日本文化を尊敬しており、オーケストラにも日本人のメンバーがいます。多くの情報が流通し、つねにたくさんのコンサートが行われている日本で、我々がクラシックの新しい経験を提供できることを嬉しく思っています。私たちはコマーシャリズムや、さまざまなクリシェ(常套句・決まり文句)を避けて、クラシックに新しい情報を吹き込むことを望んでいるのです。それがこのジャンルが将来も栄えていくための「種を植えこむ」ことになると信じています。

ムジカエテルナの音楽は賛否両論と言われますが、私たちはむしろ保守的なのではないでしょうか。作曲家が何を求めていたのか…それを信念をもって突き詰めているのです。作曲家が客席で聴いていたとしたら、どう演奏すればハッピーになれるのだろう……ということだけを考えて音楽を作っています。この世の中は商業的になっているのかも知れません。自分の信念を持って物事を追究している人間のほうが奇妙に見えてしまう。でも、真実を求めて生きることは重要だと思います」(クルレンツィス)

テオドール・クルレンツィス
©︎Katsumi Omori

パトリツィア・コパチンスカヤ――日本の聴衆は緊迫感・静寂に関する理解が深い

「私は日本が大好きで、訪れるたびに『もっと日本に来たい!』と思ってしまうのです。日本の方々は耳が違う…と演奏のたびに思います。違うフィルターを通して聴いているというか……感性が違うのです。

私は歌舞伎も能も理解していませんが、皆さんの持っている緊迫感に関する理解、静寂に関する理解はとても謎めいていて魅力的だと思います。それに比べたら私たちヨーロピアンはまるで『象のようだ』と感じるんです」(コパチンスカヤ)

パトリツィア・コパチンスカヤ
©︎Katsumi Omori

マルク・デ・モニー――我々は新しい地平を迎えている

「私たちは日本の聴衆の皆さんとともに素晴らしい経験をしています。今年はムジカエテルナにとって変革の年だと思います。我々は新しい地平を迎えていて、その年にツアーのスタートを日本で切ることが出来たのは象徴的です。ロシアとヨーロッパ以外の国で演奏したのは初めてですが、日本オーディエンスの集中力は素晴らしい。楽章間で拍手が起こらなかったのもここ数年では珍しいことですチャイコフスキー『悲愴』のことと思われる……欧州では頻繁に拍手が起こるのだろうか

ご存知のようにチャイコフスキーの音楽は大きな愛情に溢れています。日本の聴衆とチャイコフスキーとの出会いは、恋人関係のようです。出会う前から、お互いのために存在していたわけです。この来日が、私たちの素晴らしい関係の始まりであることを願っています」(デ・モニー)

マルク・デ・モニー
©︎Katsumi Omori

テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
チャイコフスキー: 交響曲第6番《悲愴》
(音楽之友社主催の2017年度第55回レコード・アカデミー賞大賞受賞作品)

理想は修道院にこもって...... クルレンツィスとムジカエテルナが目指す新境地

ムジカエテルナにとって変革の年とは? と司会の若林恵さんが突っ込むと、クルレンツィスからは予想外の回答が。

「ムジカエテルナは『夢のオーケストラ』です。我々の原動力は夢であり、つねに夢を実現すべく探究しています。ここには変革も必要です。ひとつの夢を達成したら、次のものを求めていくべき。新しいスタートを切る時期に来ていると思っています。

我々は、もしかしたら今までと正反対を行くのかもしれないし、あえて大変な道を選ぶのかも知れません。本当の意志を伝えるのは難しいことです。理想を言うなら、オーケストラ全員が修道院にこもり、朝日を見ながら瞑想したあと朝6時頃からリハーサルをはじめ、聴きたい人だけそこに聴きにきていただくという形にしたい。1年のうち3か月くらいは街に出て演奏をするけれど、メインストリームからは外れた活動です。サハラ砂漠で我々の演奏が聴けるわけではないし、パトリツィアはついてきてくれるかも知れないけれど……彼女もとても忙しいアーティストですから難しいでしょう。この大きな世界の中で、真実に触れていくことが重要なのです」

まるで仲のいい兄妹のように和やかな雰囲気のクルレンツィスとコパチンスカヤ
©︎Katsumi Omori

クルレンツィスの言葉があまりに説得力に溢れているので自然に聞き流してしまいそうになるが、そんなこと(修道院にオーディエンスが押し寄せる)が実現してしまったら、まさに前代未聞のオーケストラということになる。

音楽を通して「本当のこと」を伝える恐さ、難しさ、そして大切さ

彼のこの独特の世界観はどこから来るものなのだろう……まったく理解できないこともない。同じジェネレーションの筆者には、クルレンツィスの「夢と現実をつなげてユートピアを作りたい」という感覚が、直観的にわかってしまう。世の中にはボーダーが多すぎる。クラシックの世界でも、もっと自由で面白いことが起こってもいいような気がする。

「私たちの世代はレイト80年代です(クルレンツィスは1972年生まれなので「青春時代」という意味だろう)。ベルリンの壁が崩れ、東欧で革命が起こり、レジスタンスの精神が蔓延していました。世界中の若者がグローバリズムや資本主義に対して抵抗して、革命が起こることを信じていたのです。私たちのジェネレーションはそのトラウマを引きずっているといってもいい。

90年代に入るとハイテク時代になり、みんなが部屋の中でパソコンをいじりながらいい生活をしたいと思うようになってしまいました。80年代末の私はアンダーグラウンドカルチャーに夢中になり、当時のサンクトペテルブルクは1920年代のパリのような場所でした。2つの時代が交差するような街だったのです。私はそこでイリヤ・ムーシンから指揮を学びました。ギリシアからサンクトペテルブルクへ渡ることはとても自然なことだったのです」(クルレンツィス)

©︎Katsumi Omori

私服のファッションからもわかるように、クルレンツィスは生粋のニューウェイブ世代だ。うまく聞き取れなかったが、彼の口から「ニューロマンティックス」という言葉も出たように思う。世界中のマイナー音楽に親しみ、欧米と日本のインディー・ポップ、サイケデリック、インドスタリアル、プログレを聴き音源をコレクションしてきたという。「ワールドミュージックを愛している人がムジカエテルナの音楽を聴いたら、クラシックだけを聴いてきた人よりも深く感動してくれるのではないかと思います」とも語る。

会見のあいだ中、クルレンツィスは「コミュニケーションは難しい」という言葉を何度か語った。これは初日のコンサートのアフターパーティでも彼が語っていたことで、彼が音楽に向かう上で本質的な動機なのではないかと思う。コパチンスカヤと全身全霊で向き合ってコンチェルトを指揮するクルレンツィスは、人間にとって「一番恐れていること」を、大勢の前で成しえているように見えた。

パトリツィア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン):テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調

「本当のことを言うのは難しいし、思っていることを声を大にして言うのは恐怖以外の何物でもありません。ただのクレイジーな人間だと思われてしまうでしょう。音楽は、本当のことを言える『違う次元』になり得るのかも知れません。真の感情を伝えられるツールが音楽なのです」

ビジネスにからめとられた形式主義のクラシックについては、結婚式でのお祝いの言葉のようにうわべだけの世界、と小芝居を始めて表現する。クールだと思っていたクルレンツィスの百面相(!)が見られた貴重な瞬間だった。彼は素晴らしい俳優なのだ。

ジャーナリストたちの質問は止まらず、10分押しでタイムリミットになってしまう盛会ぶり。彼の言葉を聞いていると、もっともっと色々なことを聞きたくなるのも無理はない。評論家の「型通りの」仕事を忘れさせ、ミーハーにさせてしまうのもクルレンツィスの魔法かも。寒そうにしているコパチンスカヤに優しく声をかけるクルレンツィス、彼の発言の後に顔を上気させて言葉を加える事務局長など、音楽を創り上げているホットな内幕を見られたような気がした。

©︎Katsumi Omori

2018年度第56回レコード・アカデミー賞大賞受賞作品

テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
マーラー: 交響曲第6番《悲劇的》

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