レポート
2018.09.21
ファジル・サイの《メソポタミア》交響曲が日本初演へ

紛争の絶えないトルコ・中近東の歴史を描くスペクタクル交響曲《メソポタミア》――トルコ出身ピアニスト、ファジル・サイの鬼才

紛争の絶えない中東だが、その歴史を振り返れば、世界最古の文明まで遡る。トルコに生まれ、中東の歴史と文化、そして対立を肌身に感じて育ってきたピアニスト、ファジル・サイが、「メソポタミア」地域を題材に交響曲を作曲。そのアジア初演が日本で行なわれる。核となるテーマはシリアスながら、テルミンをはじめとした数々のユニークな楽器をソロに迎え、120名のオーケストラで演奏される本楽曲は、スペクタクルの一言。クラシックに馴染みのない観客も必聴の作品だ。9月3日に行なわれた制作発表記者会見の様子をお届けする。

ナビゲーター
飯尾洋一
ナビゲーター
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

撮影:編集部

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ストーリーをもったオーケストラ・オペラ――文明発祥の地から、現代の中東とトルコまで

9月3日、東京・すみだトリフォニーホールでファジル・サイ&新日本フィル《皇帝》&《メソポタミア》の制作発表記者会見が開かれた。トルコ出身のピアニストであり作曲家でもあるファジル・サイが登場し、11月9日に同ホールで日本初演される自作の交響曲第2番《メソポタミア》について語ってくれた。

この交響曲第2番《メソポタミア》は、ファジル・サイ自身のピアノ・ソロに加えて、テルミンやバスリコーダー、バスフルートといったソロを要し、総勢120人からなる大編成のオーケストラで演奏される大作である。演奏時間は約50分ほど。

まず気になるのは「メソポタミア」という作品タイトル。ファジル・サイがここでテーマにしているのは、中東の現代の物語と歴史におけるメソポタミア文化だという。文明発祥の地からはるか現代の中東とトルコまでを見渡して、クルド人問題や戦争とテロといった時事的な問題までを扱う。曲はぜんぶで10の楽章から成り立っており、たとえば第3楽章は「死の文化について」と題される。ここでいう「死の文化」とは、自爆テロに代表されるような、殉教に大きな価値を見出す中東の風潮を指している。

記者会見でファジル・サイはこの作品を「ストーリーをもったオーケストラ・オペラ」と述べた。サイによれば「作曲にあたっては、常に物語や詩など、ストーリーがインスピレーションを与えてくれる」。

記者会見に臨んだファジル・サイ(9月3日 すみだトリフォニーホールにて)

第1楽章は「メソポタミア平原のふたりの子供」と題され、バスフルートとバスリコーダーがふたりの子どもを表現する。バスリコーダーを使うのはトルコの民族楽器を思わせる破裂音を出すため。またテルミンは子どもたちを見守る象徴的な天使の役割を担う。

使用する楽器は独特ではあるが、書法は明快であり、トルコあるいは中東的な民族色を帯びた一種の交響詩として、多くの人にとって受け入れやすいものと言えるだろう。

《メソポタミア》リハーサル風景より。第一楽章「メソポタミア平原の2人の子供」

サイの前作の交響曲、《イスタンブール交響曲》は大きな成功を収めており、これまで世界中で80回以上も演奏されているというが、この《メソポタミア》もすでにイスタンブールで初演されたあと、ヨーロッパやカナダで再演されており、11月の公演がアジア初演となる。

いくら深刻な問題を扱っていても、告発の姿勢に終始するのではなく、音楽としてのエンタテインメント性をきちんと確保しているからこそ、これだけ作品が受け入れられているのだろう。

「トルコ人であること」を逆手に取る

ファジル・サイの名が国際的に知られるようになったきっかけは、ピアニストとしてワーナーミュージックからデビューした1997年のアルバムだったと記憶している。独自の解釈と鮮烈なタッチのモーツァルトが強い印象を残した。では、このアルバムで弾いていた曲は?

もちろん、ピアノ・ソナタ第11番《トルコ行進曲付き》だ。トルコ出身のピアニストが、西欧でデビューをするとなったら(たとえそこになんらオーセンティックなトルコらしさがなかったとしても)「トルコ行進曲」を弾くことになるのは、話題性の点からももっともなこと。

さらにサイにはアンコール・ピースとして他のピアニストにも人気の高い「トルコ行進曲」ジャズ風編曲という人気作もある。西欧視点から見た自らの周辺性をあえて逆手にとって、自身の芸術活動を多くの人に知ってもらおうとする賢明な戦略性も感じる(その点ではタン・ドゥン〈1957年8月8日- 現代中国の作曲家〉と共通性を感じなくもない)。

交響曲第2番「メソポタミア」にも似たことがいえる。出口の見えない中東問題へと思いを馳せながら聴くこともできるだろうが、ひとまず時事性から離れて、パワフルで効果的なオーケストレーションや、テルミンの音色がもたらすレトロ・フューチャー風のカッコよさにひたすら身を浸すような聴き方も十分にありうるはずだ。

ファジル・サイ(ピアニスト)

1970年トルコ生まれ。アンカラ国立音楽院でピアノと作曲を学んだ。17歳でデュッセルドルフのシューマン音楽院に留学。その後ベルリン音楽院で学び、1994年ヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝。その後ニューヨーク・フィル、イスラエル・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、サンクトペテルブルク・フィルをはじめとする世界一流のオーケストラと定期的に共演している。
作曲の才能にも恵まれ、16歳で作曲した「Black Hymns」はベルリン建都750周年記念行事で演奏された。1991年には「ヴァイオリンとピアノのための協奏曲」をベルリン交響楽団と共に自ら初演した。1996年にはボストンでピアノ協奏曲第2番「シルクロード」を初演し、トルコ文化庁の委嘱によるオラトリオ「ナズム」は、トルコの有名な詩人ナズム・ヒクメトの詩を題材に、2001年アンカラでトルコ大統領臨席のもと初演された。2006年にはザルツブルク音楽祭のために「In the Serai(後宮の中で)」を作曲。2007年には日本のアニメーション映画「オオカミくんはピアニスト」の音楽を担当し、この映画は75周年にあたる同年のヴェネチア国際映画祭に出品された。
近年の作品は、交響曲第1番「イスタンブール・シンフォニー」(2010年/ドルトムント・コンサートホール、ケルンWDR響共同委嘱)、交響曲第2番「メソポタミア」(2012年/イスタンブール・フェスティバル委嘱)、クラリネット協奏曲「Khayyam(ハイヤーム)」(2011年/シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭委嘱)、クラリネット・ソナタ(2012年/バート・キッシンゲン音楽祭委嘱)、チェロ・ソナタ(2012年/BBC委嘱)などが挙げられ、2012年12月には、交響曲「Universe(宇宙)」(ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団委嘱)が発表される予定。

公演情報
ファジル・サイ&新日本フィルハーモニー交響楽団

日時: 2018年11月9日(金) 19:00開演(18:30開場)
会場: すみだトリフォニーホール 大ホール
料金: [1回券]S¥8,000 A¥7,000 B¥6,000
[ピアニスト4公演セット券]S¥21,600
[ピアニスト・チョイス券]対象公演から3公演以上同時購入で15%引(Sのみ)

曲目:
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」
ファジル・サイ/交響曲第2番《メソポタミア》(日本初演)

出演:
ファジル・サイ[ピアノ]
イブラヒーム・ヤズィジ[指揮]
チャアタイ・アキョル[バスリコーダー]
ビュレント・エヴジル[バスフルート]
アイクト・キョセレルリ[パーカッション]
滝井由美子[テルミン]
新日本フィルハーモニー交響楽団
ナビゲーター
飯尾洋一
ナビゲーター
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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