Sonar Music Festival 2019 現地レポート

指揮者も合唱隊も一人で作る合唱団など――舞台芸術の先端に触れるフェス Sonar Music Festival

レポート
2019.10.12

Sonar Music Festivalはヨーロッパを代表するエレクトロニック・ミュージックの音楽フェスティバル。近年は最新の音楽テクノロジーを披露するショーケースとしても世界から注目を浴びている。
デジタルとアナログ、アコースティックと電子音、クラシックとそれ以外の音楽等々のギャップを越えて、音楽の価値を再発見させてくれる電子音楽の祭典は、分断の時代に何を問いかけているのだろうか。過去数年間に渡ってSonarを取材してきた類家利直さんが、スペイン・バルセロナからレポートします。

取材・文
類家利直 音楽ジャーナリスト
類家利直
取材・文
類家利直 音楽ジャーナリスト
2011年からスペイン・バルセロナを拠点にヨーロッパ各地の音楽系テクノロジーや音楽シーン、Makerムーブメントなどについて執筆。大学院でコンピューターを活用した音楽...

Sonar Music Festival(以下Sonar)はエレクトロニック・ミュージックを主体とした音楽フェスとして知られている。スペイン・バルセロナで毎夏開催され、ヨーロッパを代表するフェスティバルとして今年26回目を迎えた。

AIの活用など先進的な音楽表現や舞台演出が施されたコンサートと並行して、近年は最新の音楽テクノロジーが披露される場所としても有名になっている。そのため、展示やカンファレンスが行われるSonar +Dには、一般の観客に混じって、音楽業界関係者や出演予定のないアーティストたちなど、多様な層が世界各地から訪れる。今回はその様子をレポートしたい。

広く音楽界から人が集まるイベントはセルフプロモーションの絶好の機会

Sonarは日本でも数回開催され、日本との繋がりも強い。記者会見に参加していた真鍋大度(Rhizomatiks)氏(右から3人目)は国内ではPerfumeとのコラボレーションなどで知られているが、Sonarにほぼ1年おきに出演している常連アーティストだ。

一見クラシック音楽の界隈とはあまり接点がなさそうだが、世界中の 音楽系の企業(大手の楽器会社やレコード会社、スタートアップ企業、投資会社など)や大学などの機関の研究者たちが集まる場になっており、ジャンルを越えて音楽界の動向を知るための交流・情報交換が盛んに行なわれている。

参加者同士がプロフィールを検索できるアプリがあり、例えば、普段アポイントメントを取ることすら難しい米国の大手レコード会社の重要な役職についている人物をプロフィール写真で目星をつけて、サロンで休憩しているところを見つけて話しかける、といったことをしていた剛の者もいた。

展示や実演をしている参加者と話せることはもちろんだが、音楽関係者にとってはコラボレーションや商談をしたい相手とつながる絶好の機会でもあるのだ。クラシック音楽の方面からもこの電子音楽の祭典への参加者が何組かいた。

没入感のある”一人インタラクティブ”合唱団SMING

ダンスミュージックが流れる会場の一角から、合唱のハーモニーが聴こえてくる。指揮者も自分、合唱隊も自分、というインタラクティブ合唱SMINGのデモが行なわれていた。10数枚のディスプレイに映った“自分合唱団”の指揮者となって指揮をする作品だ。

抽出された自分の声から生成された狂いのない澄んだハーモニー。そのため、自分自身の声、姿だけに没入していくような特別な感覚の空間がそこにあった。

Sming - Interactive Choir from Superbe on Vimeo.

まずWebカメラが、ユーザーが歌っている動画を数秒間サンプリングする。その声と映像を使って生成されたヴァーチャル合唱団を、3軸ジャイロセンサーが入った指揮棒を振って指揮する。指揮の動きは、声の強弱、リズムと速度といったパラメータを変化させる。 自分の声だけによる完全なハーモニーで構成された合唱が心地よい。

今回の展示では、ヘンリー・パーセルの「コールドソング」のコード進行を参考に合唱が生成されるように設定されていたという。指揮が上手いか下手かは関係なく、合唱団はそれなりに「コールドソング」の悲しげな雰囲気を感じさせながら歌ってくれる。

「Sonarに来場している エレクトロニック・ミュージックやダンスミュージックのファン層の人たちにあえてこういった合唱の作品を楽しんでもらいたかった」と語っていたのはベルギーから来たGaëtan LibertiauxとGaël Bertrandの2人組Superbe

合唱に伴う人間関係や音を揃える手間を抜きに指揮や合唱へ没入できる、合唱の楽しい部分だけを凝縮したような点が新鮮だ。合唱や指揮に親しむきっかけになりながら、リアルな合唱の面倒さはない。

テクノロジーは音楽への敷居を低くするが、演奏に付随したある種のリアリティを損ってしまうことも多々ある。しかし、「人に迷惑をかけたらどうしよう」と失敗を恐れ、指揮への挑戦を最初から躊躇して諦めてしまう人は少なくないだろう。日本でもYAMAHAと東京都交響楽団によるバーチャルオーケストラの試みが行なわれているが、こういった作品は、一般人の指揮へのハードルを下げる「指揮のカラオケ」のようなものになれるかもしれない。

政治的に分断されたヨーロッパを音で繋げよう――Matthew Herbert Brexit Big Bandが音楽に込めたメッセージ

ギリシャ円形劇場式の会場で、ステージの高さ5mほどの位置にマイクを立て観衆の声を録音

Sonar最終日には、バルセロナ市内の古代のギリシャ円形劇場を模したTeatro Grecで、ビッグバンド編成にサンプリングの手法を取り入れる実験的な電子音楽作品で知られる英国人アーティストMatthew Herbertによるクロージング・コンサートが行なわれた。

Brexit(ブレグジット、イギリスの欧州連合離脱)に代表されるヨーロッパの昨今の政治状況がテーマで、政治によりEUの人々が分断されているという考えから、サンプリングの達人Matthew HerbertによってEU諸国各地で録音された音が演奏に用いられた。

会場の各椅子の下には紙が挟まれていて、観客はBrexitについてそれぞれのメッセージや思いを紙に書いて紙飛行機にして、上の動画のように演奏中のステージに向かって飛ばす。
観客の上を紙飛行機が舞う中で、観客の声をその場で録音・加工して曲の中に取り入れる。ステージと観客の間に双方向のコミュニケーションがあり、政治色が強いイベントにありがちな堅苦しさはない。

生音と電子音を対立項と見なすのではなく、音楽として共存させようという意思を感じるパフォーマンスで、複雑な政治状況の下でも分断や対立を深めるのではなく、よりよい共存のあり方を探したい、というメッセージ性も感じられた。

バンドメンバーの紹介では、名前とともに出身国が紹介された。英国だけではなく、デンマークやドイツなどさまざまな国の出身者から構成されていることがわかる。そして合唱には、近年独立運動で揺れる地元カタルーニャの音楽学校ESMUCの合唱隊が加わった。

それぞれ違った状況にはあるが、Brexitの問題はヨーロッパの国々の人々皆にとって大きな関心事だ。ヨーロッパの人々が抱える社会問題へのわだかまりを昇華するような、爽快で素敵な夏の夜のイベントになっていた。

Arcaの耽美的なパフォーマンスと、アナログ・デジタルの技術が融合した舞台演出

とても聴きやすいとは言えない実験的な電子音のサウンドとファルセットボイスを多用した歌を重ねるエキセントリックなサウンド/パフォーマンスで知られるArca。彼は今回のSonarでもっとも注目されていたアーティスト。ヴィジュアル面でも注目され、既存の性のイメージをひっくり返すような衣装や舞台演出が、翌日の地元紙に数多く掲載されていた。

私が注目したのは、映像を担当していたスペイン人ヴィジュアル・アーティストカルロス・サエス(Carlos Sáez)。独特のテクスチャーをもった映像がステージに投影されていたが、事前に用意したCGなどではなく、会場中央の音響ブースの中でイチジクの実を手で裂き、その断面をリアルタイムでデジタルエフェクトをかけていた。

デジタル主流の時代にあえて、「果物を裂いて、そのテクスチャーを見せる」というアナログ的な手法を用いて、さらに映像にデジタルエフェクトをかける。手間をかけてコンピューターにプログラミングして数式を計算させてイメージを生成する方法よりも新鮮で手軽だ。アナログ技術とデジタル技術の間を行き来するその発想の柔軟さが清々しく感じられる。

さまざまなギャップを越えて、音楽の新しい価値を見出そうとするSonar

私は過去数年間に渡ってSonarを取材しているが、必ずしも万人に受け入れられるような内容ばかりではない。しかし、好き嫌いは別として、最先端の音楽テクノロジーがそこにあり、実践の場となっている。

デジタルとアナログ、生音と電子音、クラシック音楽とそれ以外の音楽、そういった対比において「どちらに優劣があるのか」ということではなく、それらのギャップを越えて音楽の新しい価値を見出そうとしているのがSonarであるように思える。

90年代前半、音楽フェスティバルやエレクトロニック・ミュージックが今日ほど一般的ではなかった頃に始まったSonarは、現在10万人以上の観客が世界120カ国から集まるイベントに成長した。今年のSonarについて「Sónar 2019: global, intercultural, feminine, queer and radical」という題名がプレスリリースでは付けられていたが、実際のところ今年のSonarにおいてテクノロジーの大きなトレンドとして挙げられていたのは「AI」。今回のSonarはカンファレンスで議論され、また実際にステージでもAIが活用され、大々的にAIの活用を謳う初めての年だったと思う。

AIの音楽への活用、これも ネガティブに誤解されやすい側面がある。次回の記事ではそれについて取り上げたい。

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