レポート
2020.04.13
老若男女が自由に音楽を楽しむ場所

街を彩る音楽の魅力〜ストリートピアノ「デュオこうべ」で出会った人びと

駅や商業施設で見ることの増えたストリートピアノ。どのような人が集まり、何の曲を弾いていくのでしょうか。新社会人ライターの桒田萌さんが、今年1月、神戸にあるストリートピアノ「デュオこうべ」に密着!
それぞれのストーリーから見えたものとは……?

密着レポーター
桒田萌
密着レポーター
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

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誰でも自由に弾けるピアノが街を彩る

街中に、ポツンと置いてあるストリートピアノ。

神戸市内の駅や繁華街の各地に設置されている。通りがかる人が自由に鍵盤に触れ、何の変哲もない街を音で彩る。演奏するのは、ピアノが弾ける人、そうでない人、どんな人でも構わない。きれいに音楽を奏でる人もいれば、ただ鍵盤にそっと触れる人もいる。

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“「本山第三小学校」で子どもたちと一緒に大切に奏でられたピアノが、また皆さんに奏でていただく為にやってきました!”と書かれている、デュオ神戸のストリートピアノ。残念ながら、2月末から新型コロナウイルス感染症の発生・拡大予防のため、弾くことが叶わなくなっている。

筆者は、音で街が彩られるシーンをこの目で見たく、神戸市の「デュオこうべ」に集う人々を観察してみた。「デュオこうべ」は、神戸市の中心地にあるハーバーランドに続く地下街だ。いくつかの駅に直結しているため、連日通勤や買い物で多くの人が賑わう。

「デュオこうべ」にストリートピアノが現れたのは、2019年1月のこと。神戸市が「街に賑わいと潤いをもたらして、人との交流を促す」ことを目的に設置した。お披露目当初は試験的な設置だったが、好評を博し3月に本設置となった。

クリスタルが美しい壁に張り付いたアップライトピアノ。1995年の阪神淡路大震災時、全壊した幼稚園の中で生き残った楽器だ。その後神戸市内の小学校に移動され、今では街中で多くの人に奏でられている。

神戸市のねらい通り、このストリートピアノには連日多くの演奏者が集う。ピアノの上
にあるノートに綴られた言葉たちが、人々が抱くこの楽器への愛着を物語っている。

さて今日は、どんな演奏者がやってくるのだろう。

ピアノの上に置かれたノートには、自由に書き込むことができる。「最高!!」という大きな字が目に飛び込んでくる。
音楽への愛に満ちたメッセージが、このピアノの意義を教えてくれる。

PM4:00

早速訪れたのは、小学生の女の子とお母さん。女の子が椅子に座り、そっと弾き始めたのは、坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』。少したどたどしい部分がありながらも、お母さんが隣でそっと見守る。

無邪気に楽しそうにピアノを弾く姿は、通り行く人びとの心も癒してくれる。

彼女はまだ12歳。3月の発表会でこの作品を演奏するそう。空間を鳴らす音色がとてものびのびとしているので、「緊張はしないの?」と聞いてみたが、「全然しない」とのこと。

隣にいたお母さんは、「実は他のストリートピアノでも弾いたことがあるんです。だから緊張しないんですかね」と笑う。

すると、一人の女性が近づいてきて、女の子に「少し弾いてくれない?」とリクエストをしてくれた。

弾き終えて、少し誇らしげな彼女の顔を見て、女性はこう声をかけた。「勇気をもらったわ、ありがとう」。

親子が去ってから、すぐに次の演奏者がやってきた。堂々と弾く姿、どうやら慣れた様子。

話を聞くと、「わたし、ここでピアノを何度も弾いたことがあって。聴いてくださった方と、友だちになったこともあるんです」。

Mr.Childrenの『HANABI』を演奏する女性。ピアノを披露するだけでなく、交流の場にもなっている。

彼女は今、高校3年生。春からは就職を予定している。「これからもピアノは弾き続けたい?」と聴くと、「もちろん」と笑う。

「ずっとピアノを弾いてきたけど、わたしはクラシックよりもポピュラーな音楽が好きなんです。この場所のおかげで、ピアノを聴いてくれる人もいて、会話もできる。これからも楽しんで弾いていきたいですね

PM5:00

しばらく時間を置いて、次にやってきたのは一人の男性。

周囲をうかがいつつ、そっとピアノに座る。静かに弾き始めたのは、ガーシュウィンの《ラプソディー・イン・ブルー》だ。

難しい技巧もさらりと弾きこなす、大学生の彼。音楽を専攻しているわけではないものの、発表会やコンクールへの出場など、舞台経験は豊富。「必要なときは、1日2〜3時間は練習していますね」。

ピアノは、彼にとって「人間関係に変化を与えてきたもの」。

「僕、いじられることとか結構多いキャラで。でもピアノを弾くと、急に友だちは僕に優しくなる(笑)」。どうりで、弾く姿がとてもかっこいい。

演奏のあと、いきいきとした様子で話す男性。

『3月9日』は思い出の曲

次に現れたのは、1組のカップル。彼女が無邪気にピアノを弾く姿、それを優しく見つめる彼の姿がとても印象的で、思わず胸が温かくなる。演奏曲は、レミオロメンの『39日』。

彼女が「この曲は、思い出の曲なんです」と微笑む。

2人はもともと大学時代の同期。同じ学年の仲間だったが、彼だけ半年遅れて卒業することに。「そのときに、仲間で彼を送り出すために歌ったのが、『3月9日』だったんです」。

2人でピアノを楽しむ様子がほほえましい後ろ姿。

ストリートピアノを弾くのは初めてではない、と話す彼女。「人の目があるところで弾くのは、やっぱり緊張しちゃうんです。だから、いつも彼についてきてもらう」。金沢駅にあるストリートピアノなど、さまざまな場所で音を奏でているそうだ。

人生とともにあった音楽

次に現れたのは、80代の女性。鞄の中から楽譜を取り出し、丁寧に音を紡いでいく。演奏したのは、ソナチネ。

「ピアノをきちんと本格的に弾いていたのは、小学校1年生の頃、1年間だけ。学校に音楽部があってね、そこで弾いていたの。当時は学芸会があって、バイエルの78番が大好きだった」

歳を重ね、人生を重ね、孫ができた。「3人の孫もピアノを習っていたんだけど、今はすっかり辞めてしまって…」と残念そう。「でも、私は音楽が好きだから、電子ピアノを家において、独学で練習していて、すっかり唯一の趣味になっているの。主人の介護の合間に、たまにこうやって弾きにくる。この場所があるから、すごく良い気分転換になっているんです

PM19:00

日も暮れ、夜が更けた。人通りが少なくなってきた「デュオこうべ」に、スーツケースを持った若い女性が、ストリートピアノを目がけて歩いてきた。迷うことなく弾き始めたのは、バダジェフスカの《乙女の祈り》。

大荷物を抱えてピアノに向かう姿が印象的な女性。その瞬間、一期一会の演奏というのもストリートピアノの醍醐味だ。

彼女は北海道に住む高校3年生。「どうして神戸に?」と聞くと、やや達成感に満ちた顔で「今日、この近くの大学で受験があったんです」と頬を緩めた。

小学生のころからピアノを始め、受験を機にやめるまで、10年間ほど習っていたという彼女。好きな曲はショパンの《幻想即興曲》。

「これから、ピアノは弾き続けていきますか?」と聞くと、彼女は「趣味程度には」とふふふ、と笑った。

人々の隣にある音楽

実際に練習している曲、今まで人生を彩ってきた作品……さまざまな音楽が溢れたデュオこうべ。多くの人の心の中に、音楽と思い出がある。ストリートピアノは、そんな人々から溢れるものを共有する場になっていた。さあ、あなたの心の中に流れる音楽で、街を彩ってみませんか?

※2月末から、新型コロナウイルス感染症の発生・拡大予防のため、当面の間、ストリートピアノの運用は見合わせている。詳しくはこちら

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桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

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