レポート
2020.06.18
コロナ禍での公演再開に備えて

専門家とエアロゾル測定~大野和士&東京都交響楽団「日本モデルを提供したい」

コロナ禍でのコンサート再開に向けて、問題視されているステージ上の「密」。本当に奏者間の距離をとっての演奏しかできないのか……大野和士音楽監督と東京都交響楽団が6月11、12日に行なった、微粒子工学や医療の専門家との実験を、音楽評論家の山田治生さんにレポートしていただく。

※ここに掲載する内容は、あくまでも東京文化会館という会場での東京都交響楽団を前提にした試演・測定であり、各専門家の意見はその状況下での見解となります。アマチュアを含め、他のすべての演奏者、演奏団体に当てはまるわけではないことを前提にご覧ください

取材・文
山田治生
取材・文
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

写真提供:東京都交響楽団
©️Rikimaru Hotta

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

日本モデルになるような指針を提供したい

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、世界中のほとんどのオーケストラが演奏活動を休止しているなか、東京都交響楽団(以下、都響)が、東京文化会館で2日間にわたって「公演再開に備えた試演」を行なった。

続きを読む

オーケストラはその集団自体が「密」である。現在のような状況において、奏者間の「ソーシャル・ディスタンシング」と演奏との両立がどのように可能であるのか。それを科学的に分析し、オーケストラ演奏における何らかのガイドラインを示すのが、今回の試演の目的であるといえよう。

既にドイツやオーストリアのオーケストラで飛沫の測定などが行なわれていたが、都響の音楽監督であり、この試演でも指揮を執った大野和士は「日本中のオーケストラ、コーラス、ブラスバンドのためにも指針を出し、日本モデルとなるような指針を提供したい」と述べていた。日本の音楽界をリードするオーケストラとしての自覚と、世界中のオーケストラに対しても貢献したいという意志が強く感じられる。

インタビューに応える東京都交響楽団の音楽監督、大野和士。

マスク着用して距離をとった弦楽器の演奏とは

初日である6月11日は、弦楽合奏でさまざまな配置が試された。

まず、最長の間隔となる2メートルの距離から開始。第1ヴァイオリン8名、第2ヴァイオリン7名、ヴィオラ6名、チェロ5名、コントラバス2名という小振りな編成だが、奏者が舞台いっぱいに広がって着席している。全員マスク着用。譜面台は1人に1本。指揮台の前には透明のアクリル板が立ててある。最初は、グリーグの《ホルベルク組曲》から「前奏曲」だった。

今回は試演だが、それでも、オーケストラにとっては約3か月ぶりのセッションである。演奏には、長いブランクや奏者間の距離のために戸惑いも感じられたが、久々に仲間と合奏することへの喜びが表れていた。

大野は、「距離があるので軽く弾き過ぎないように」など、通常のリハーサルと同様に楽員に指示を与える。そして、奏者の間隔を少し狭めて、もう一度「前奏曲」が演奏された。

そのあと、人数を増やして、《ホルベルク組曲》の「アリア」。第1ヴァイオリンやチェロがよく歌う。距離ゆえかブランクゆえか、装飾音など細かい音を揃えるのに難しさが感じられた。

6月11日の前半は、弦楽器のみ全員マスク着用、2メートルの距離をとる。指揮者の前にはアクリル板が置かれた。

試演会の後半は、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」から第1、4楽章。第1ヴァイオリン12人の編成。譜面台は2人に1本となる。指揮台前のアクリル板も取り払われていた。奏者の間隔も通常の距離に近いものである。試演後の質疑応答で、大野は、「隣りの奏者同士が耳を傾け合うことによって、(指揮者の)上のほうに丸く漂う響きのコアが聴けた」と語った。

コンサートマスターの矢部達哉は、久々の合奏に「心を捉まれる感覚を思い出した」という。コロナ禍の間、音楽の存在意義について悩んでいた矢部は、「人間は心と体のバランスが取れないと生きていけない。音楽は心に栄養をもたらすものとして必要」だと確信したと述べた。

後半のチャイコフスキーの「弦楽セレナード」では、譜面台は2人に1本、指揮者の前のアクリル板も外された。
久しぶりの合奏に参加した、東京都交響楽団コンサートマスターの矢部達哉。

管楽器のエアロゾルを測定

翌6月12日は、微粒子工学や感染症などの専門家の立ち合いのもと、さまざまな楽器編成で、エアロゾルの測定などが行なわれた。

オーケストラの楽器の中で、特にエアロゾルが飛散するといわれているのが、管楽器である。楽屋での管楽器の個別測定のあと、舞台でのオーケストラの測定となった。

6月12日、楽屋での管楽器の個別測定の様子。

まずは、金管楽器だけによるデュカスの《ラ・ペリ》のファンファーレ。9名が舞台後方に広がる。距離をとった演奏のあと、専門家から「(顔と顔の距離を)1メートルにしても大丈夫では」という指摘があった。1メートルとは普段よりもむしろ近い距離。1メートルに詰めて、もう1度《ペリ》を演奏。

次は、木管楽器の8名が、2メートルの間隔をとって、ブラームスの交響曲第1番第4楽章第1主題を合奏。ここでもエアロゾルの測定が行なわれた。

金管楽器による《ラ・ペリ》のファンファーレは、間隔をあけた演奏のあと、顔と顔の距離を1メートルに縮める。
木管楽器の8名は、2メートルから距離を縮め、1メートルの間隔でエアロゾル測定をする。

続いて、大野の指揮で、オーケストラ全体(第1ヴァイオリン12名)でのモーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》序曲。通常の配置だが、少し距離をとっている。大野は颯爽としたテンポ。次に、全員の譜面台を少し指揮台の方に移動し、距離を縮めて演奏。

その後、医療の専門家が、楽器を演奏していてもライヴハウスのように飛沫が飛んでいるわけではないので「マスクをつけてもつけなくてもよい」と楽員たちに語りかけ、ほぼ半数の楽員がマスクを外す。

モーツァルトの交響曲第41番《ジュピター》第1楽章では、オーケストラ全員が久しぶりの演奏を楽しんでいるような様子。大野がいつものリハーサルのように止めながら、音楽を作り上げていく。

最後に、歌手のエアロゾルを測定するために、オペラのアリアが2曲演奏された。谷原めぐみがヴェルディの歌劇《椿姫》から「花から花へ」を、妻屋秀和が《フィガロの結婚》から「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を歌った。

オーケストラ全員で、モーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》序曲を演奏。

楽器編成など知恵を絞って再開していく

「ソーシャル・ディスタンシング」の影響は、奏者間の距離だけでなく、楽器編成やレパートリーにも及ぶ。現状では、合唱入りなどの大編成の曲の演奏は難しい。

大野は言う。

「コロナとどう付き合っていくのか知恵を絞っています。近い未来では、距離を考慮しながら、今の状況に合った(小さな)編成の作品をいろいろと紹介したいと思います。16型(フル編成)に戻ったとしても衛生上の配慮は必要です」

今回の試演の分析結果は、近々公表され、さまざまなオーケストラや音楽団体の活動再開の指標となるであろう。

※ここに掲載する内容は、あくまでも東京文化会館という会場での東京都交響楽団を前提にした試演・測定であり、各専門家の意見はその状況下での見解となります。アマチュアを含め、他のすべての演奏者、演奏団体に当てはまるわけではないことを前提にご覧ください

取材・文
山田治生
取材・文
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ