レポート
2019.12.26
細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサートピース 「Sound Mine」

耳を研ぎ澄まして音を探しにいく。ヘッドフォンと音響効果を用いたコンサート体験

テクノロジーを用いたメディアアートの制作や教育活動を行なう、山口情報芸術センター。11月には、90年代生まれの作家、細井美裕、石若駿とYCAMによる共同制作作品「Sound Mine」が上演された。ヘッドフォンを装着して視聴する新たな音楽体験の様子をレポート。

生形三郎
生形三郎 オーディオ・アクティビスト

オーディオ・アクティビスト(音楽家/録音エンジニア/オーディオ評論家)。東京都世田谷区出身。昭和音大作曲科を首席卒業、東京藝術大学大学院修了。東京電機大学理工学部講師...

撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

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メディアアートの一大拠点、山口情報芸術センター

昨年の記事でもご紹介した「YCAM」こと山口情報芸術センター。山口が世界に誇る、国内随一のメディアアートセンターだ。テクノロジーを用いた情報芸術に関する作品制作や研究活動、そして教育普及活動などが日々活発に行なわれている場所である。

今回私が取材に訪れた2019年11月も、YCAMでは実にたくさんのプログラムが展開されていた。興味深いトークセッションや展覧会を堪能した後、今回の目当ての公演である、新作コンサートピース「Sound Mine」に参加した。この作品は、ボイスアーティストの細井美裕と打楽器奏者の石若駿という、共に90年代生まれの作家と、YCAMとの共同制作による実験的試みだという。

本作の根幹となるコンセプトを発案した細井は、2016年頃より活動をスタートさせた作家で、これまで、合唱という原点を軸に、テクノロジーを用いながら声の表現を追求するとともに、聴者に音の空間や時間的な広がりを意識させる活動を行ってきた。近年の仕事としては、22.2chによる立体音響作品「Lenna」の制作や、「ストラディヴァリウス300年目のキセキ展」でのサウンドインスタレーションなどがある。

本作も、演奏だけでなく、音が奏でられる空間自体もデザインしたもので、会場の舞台美術や映像演出と一体となって構成されるもののようだ。公演では、聴衆はヘッドフォンを付けて音を聴き、さらに、暗転の演出もあるという。一体、どのようなイベントが待ち受けているのか。

取材したイベント

細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサートピース
「Sound Mine」
細井美裕 石若駿
2019年11月15日(金)、16日(土)
https://www.ycam.jp/events/2019/sound-mine/

「イヤークリーニング」を通して耳を研ぎ澄ます

イベントは、公演開始の1時間前にエントランスへと集合するところから始まった。参加者は、YCAMスタッフの説明のもと、配布された「Sound Mining Map」を見ながら、YCAMのさまざまな場所で、その場所の響きを聴き「イヤークリーニング」を行なうように指示される。

指定のポイントの床には円形の印が貼られており、参加者は、そこで手を叩いたり声を出したりして、その場所固有の音の響きを味わうのである。ホワイエの大階段に始まり、スタジオを結ぶ渡り廊下や地下階段、中庭からトイレの中まで、さまざまな場所が示されている。今回のコンサートでは、山口県内で採集された「場所の響き」を用いた表現が行なわれるといい、コンサート本番でその響きをよりよく味わうために「耳を研ぎ澄ます」のである。

そもそも「イヤークリーニング」という行為は、カナダの作曲家であり、サウンドスケープという概念の提唱者であるマリー・シェーファーが発案したもので、人が置かれている音環境に対して耳を研ぎ澄まし、耳を開くための訓練のひとつである。また、ポイントとなる場所の地面に印を置き、その風景の音に耳を澄ませるという試みは、日本を代表するサウンドアーティスト鈴木昭男の作品「点音(おとだて)」そのものでもある。

こういったツールを利用して、参加者はYCAM内のそれぞれのポイントで、思い思いに響きを味わい、普段であれば聞き流してしまうような音の情報に対して耳を開いていく。このように、リスナーが単にコンサートを聴くだけではなく、体験者自身が自らで探り楽しむ時間が設けられる演出は、参加者と共に学び、考える場を提供しているYCAMらしい配慮に満ちたものだといえる。

SoundMiningMapを見ながら空間の響きを探しに行く
トイレのドアを利用して、左右の耳でそれぞれ違う空間の響きを味わう体験は実に新鮮だった!

また、その場所の響きの魅力を解説する細井の言葉も、氏の独自の感性を感じさせる、面白味溢れるものであった。特に、中庭空間のガラスに反響する音や、トイレの扉を利用して左右の耳で大きく異なった響きを聴く体験には、予期せぬ響きとの出会いがあり、筆者もしばしそれらの場所の響きを存分に味わった。

参加者それぞれがヘッドフォンを装着して、音の世界に没入する

かくして、イヤークリーニングを済ませた参加者たちは、コンサート会場であるスタジオの前に集合。そして、スタッフからの諸注意を受け、いざ会場へと向かう。スタジオへ入るやいなや、その光景に驚かされた。観客人数分だけ敷き詰められた桟敷席の上には、それぞれカラフルなヘッドフォンが整然と置かれていたからだ。その数、100台。まさに圧巻である。このヘッドフォンを参加者一人一人が付けて、今回のコンサートを楽しむのである。

近年は、ヘッドフォン・イヤフォン市場の爆発的な隆盛もあってか、観客全員がヘッドフォンを付けて生演奏を楽しむというコンサートをしばしば見かけることがある。今回YCAMで実施されるそれは、一体どんな音体験を楽しませてくれるのか、開演前から期待が膨らんだ。

細井美裕(ボイスアーティスト)
石若駿(打楽器奏者)

ヘッドフォンを装着するとともに、事前にヘッドフォンから再生されるテスト音声による装着確認が終わると、会場内は完全に暗転した。観客は、視覚を遮断され、より一層聴覚が研ぎ澄まされる。

そしてその刹那、ヘッドフォンから、何ともリアルな吐息が立ち上がってきた。鼓膜のごく近くで発せられた細井の吐息は、どこまでも伸びていく長い残響を纏っている。その音に聴き入っていると、まるで巨大な洞窟にいるかのような錯覚に陥り、長い長い残響によって想起される、印象的な世界に惹き込まれていく。

吐息の発音が繰り返されたあと、石若のパーカッションが加わる。細かい音の粒が断続的に鳴らされる、ロール奏法によるそのパーカッションもまた、長大な残響時間による独特の響きを纏っており、打音全体がひと連なりの持続音となって幻想的に立ち現れていく。パーカッションは、一定した規則的なリズムパターンは一切奏さずに、断片的にさまざまな太鼓をロール奏法によって打ち鳴らし、音の濃淡を描いていく。

時にそれらは、左右や前方だけではなく、耳の後ろに回り込んだりと、特異な軌道を描いて頭の中を駆け巡っていくが、その音の移動自体も演奏家自身によってリアルタイムに演奏(操作)されているようである。

そして、細井の声とも吐息ともつかない発声と組み合わせられることで、声や打楽器が本来持っている、どこか原初的なイメージをより一層強く想起させる。

次のセクションでは、マリンバが用いられる。それにより、ここではじめて和音が登場し、声も明確な音程を持ったロングトーンで現れ、マリンバと共に断片的なハーモニーを奏で始める。一転して、協和音が支配する調和が訪れるのだ。

同時にここで、頭上の薄布に映像が照射され、暗転がほのかに明るくなったり、その布が頭のすぐ上まで降りてきたりと、音だけでなく、視覚的にも空間を味わう演出が展開されていく。

ハーモニーの出現と共に、頭上に展開された薄布へのプロジェクターを用いた映像演出が始まった。布は時間と共に上下に移動し、時に観客の手が届く高さにまで降りてきた

その後、それらの響きや空間は刻々と変化を遂げながらも、声や打楽器の演奏は決して大げさな音楽的起伏をもたず、取り留めのない時間を紡いでいく。おそらく、演奏は、大枠の展開を決めた上で、後は即興的に作り出されているのだろう。観客は、ただただその響きと空間に放り込まれ、不思議な体験を味わうことになる。

ヘッドフォンからの音と、それに遅れて外から漏れ聴こえてくる打楽器の生音、そして、時にスピーカーから再生される音とが相まって、日常では決して体験することができない、実に不可思議な体験を楽しんだ。それはまるで、幼児期の夢想のような、どこか原初的な記憶を想起させるものであった。きっと、聴者それぞれが、各々の記憶を自身の脳裏によみがえらせていたことだろう。

NEUMANNとAKGによる3本ものコンデンサーマイクを用いて声をピックアップ。タイムカウンターを見ながら、コントローラーによって様々なパラメーターをコントロールしつつ演奏されていたようだ

山口の各所で採取したインパルス・レスポンス

なお、終演後に、音響担当スタッフにお話を伺ったところ、この公演のために、山口の各所で採取したインパルス・レスポンス(その場所固有の響きを再現するためのデータ)が、約40種類ほど用いられていたそうだ。このデータを、生演奏音に適用することで、先述の響きを作り出していたのである。コンサートを体験した筆者には、40種類の響きのバリエーションを厳密に認識することはできなかったが、逆にその事実は、人間の空間認識は、聴覚だけでなく、視覚など他の要素によって大きく補完され成立するということを改めて実感させてくれた。

ちなみに、このインパルス・レスポンスによる残響解析や残響付加効果は、コンサートホールなど建築物の設計をはじめとして、クラシック音楽の録音制作にも欠かせない技術(IRリヴァーブ)として、広く使われているものだ。

膨大な量の打楽器類が使用されている。タイムカウンター(中央奥)やフットコントローラー(足下)が見える。細井ブース同様に、多数のマイク配置も含めて、YCAM音響チームの手厚いバックアップが垣間見える演奏システムだ

総じて、この実験的な試みは、ヘッドフォン聴取による音響効果を伴った生演奏の在り方、空間シミュレーションのリアルタイム操作を含めた演奏表現の可能性など、コンサート形式で実現できるアウトプットの可能性を示唆するものであったと言える。

また、開演前に行なわれたイヤークリーニングの実施も、日常生活を送る中で意識的に耳を閉じざるを得ない状況に置かれることも多い現代人にとって、新たな気づきを与えてくれるものであったはずだ。

そして何よりも、若手の作家に対しこのような試行を共同で実施する機会を提供するYCAMという存在の得がたさ、そして、その存在価値の大きさを体感させてくれた機会であった。

引き続き、YCAMから発信されるイベントを注視したい。次回は、2019年12月14日、15日にYCAMで開催された日野浩志郎新作コンサートピース「GEIST」のレポートもお届けする予定だ。

生形三郎
生形三郎 オーディオ・アクティビスト

オーディオ・アクティビスト(音楽家/録音エンジニア/オーディオ評論家)。東京都世田谷区出身。昭和音大作曲科を首席卒業、東京藝術大学大学院修了。東京電機大学理工学部講師...

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