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2024.10.17
特集「超絶技巧のひみつ」

実は超絶技巧!シューベルトやシューマンなど、弦楽器のための意外な作品4選

シューマンの「ヴァイオリン協奏曲」のように、今ではあまり超絶技巧というイメージはないけれど、初演時は演奏困難とされた曲があります。そんな「案外知られていないけれど、実は超絶技巧な弦楽器のための曲」を、音楽評論家の渡辺和彦さんが紹介します。

渡辺和彦
渡辺和彦 音楽評論家

1954年北海道生まれ。立教大学ドイツ文学科卒。数多くの音楽放送番組の企画構成、案内を長期間続ける。『音楽の友』誌の演奏会批評のほか全国紙や地方紙で月評やエッセイ、書...

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シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 D. 934(1827年)

原典版は「演奏不能」。改訂版が出回る

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ヴァイオリン音楽の場合、ヴァイオリニストの作曲家が創作した曲は、どれほど譜面が技巧的でも理にかなった音の動きをしているので、“弾けない”ということはない。しかし、シューベルトは曲の創作時に頭脳が大爆発し、「幻想曲ハ長調」というとんでもない傑作を生み出してしまった。

初演時、ボヘミア派の名手スラヴィークは曲をきちんと演奏できず失敗、その後は複数の改変版が出回った。旧全集だけでなく、「原典版」を標榜しているヘンレ版(1978年)も、後半は改変稿を採用。とくに最後の2分間はある時期まで「演奏不能」とされ、“理にかなった”改訂版の存在を許した。

20年ほど前、在京オケのコンサートマスターから「ベーレンライター原典版のパート譜が手もとにありますが、どう考えても弾けるとは思えません。これってどうなっているんですか?」と電話を受けたことがある。「2種類添付されている改訂版のほうを弾けば解決しますが、崩壊することを覚悟で原典譜のほうを選択してください」と回答。彼は果敢に原典のほうを選択、崩壊を免れ最後までたどり着いた。

▼ベーレンライター原典版による演奏(トラック17~20)

シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 D. 934の自筆譜

シューマン:ヴァイオリンとオーケストラ(ピアノ)のための幻想曲 ハ長調 作品131(1853年)

ヴァイオリニストにもっとも敬遠される傑作の横綱格

今では準定番曲にまで出世したヴァイオリン協奏曲(かつては演奏不能作とされていた)と同時期の作品で、同じくヨアヒム(ブラームスの協奏曲の初演者)を想定して作られた。こちらは協奏曲と違い、初演後もヨアヒムはよく採りあげていたという。

とはいえ、今日ではヴァイオリニストにもっとも敬遠される傑作の横綱格。中間部付近から「意味のない」と誤解されている同一フレーズの繰り返しが延々と続き、「演奏効果の上がらない」クライマックスへと至る。

たしかに生半可な人の手にかかると退屈で聴いていられず、テクニック的にもやたら難しい箇所がある。しかし名手が演奏すると豹変。コパチンスカヤの愛奏曲としても知られ、彼女による録音もある。最近は日本人でも挑戦する人が増えている。

エマヌエル・バッハ:チェロ協奏曲第1番~第3番(1750~1753)

「古典派の曲だから技術は易しい」は間違い

古典派前期のチェロ協奏曲は、技巧的で演奏至難な曲が多い。ハイドンの第1番ハ長調などは、とくに第3楽章の猛烈な難しさのためチェリストを悩ませ、逆にそれゆえチェロ協奏曲の重要曲として定着するようになった。

ボッケリーニの協奏曲も、前世紀まで人気だったグリュツマッハー編曲版など易しく改変したうえで各作品のツギハギでもあるので、今日では見向きもされない。彼の10余曲あるチェロ協奏曲は、1〜2曲だけ現在のチェリストのレパートリーに入っているが、多くは敬遠され続けている。

また2024年5月26日、サントリーホール(小ホール)で行なわれたラースロ・ヴァルガ他による演奏会で披露されたエマヌエル・バッハのチェロ協奏曲3曲の超絶技巧にも驚いた。どれも1750年から1753年作(原曲はチェンバロ協奏曲)。ハイドンの第1番よりさらに15年ほど前の成立で、最終楽章は聴いていて目が回りそうなものばかり。この時代のチェロは現代のチェロとは様式が違いエンドピンも使わないので、現代のチェリストには再現が難しい。「古典派の曲だから技術は易しい」というのはまちがいだ。

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの次男

J.S.バッハ:チェロとピアノ(ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロ)のためのソナタ BWV1027~1029(1720頃ケーテン時代?/1739頃ライプツィヒ時代?)

ヴィオラ・ダ・ガンバの響きをチェロで再現することの困難

一連の3曲は、ヴィオラ・ダ・ガンバのための曲なので重音が多い、というよりも楽器の特性を生かし、共鳴弦をうまく利用した重音の和声的な響きに特徴がある。オリジナルを聴くにはヴィオラ・ダ・ガンバのリサイタルに行くしかない。

これら3曲をチェロとピアノに置き換えてしまうと、曲の特性が半減してしまう。そうならないため、チェリストは喘ぎあえぎ重音を繰り出し、和声的な響きを消さないようにするが、それは困難を極める。そのためチェロとピアノのための編曲版を耳にする機会は多くなく、レパートリーに入れていないチェリストもいる。

「アルペジョーネ・ソナタ」(シューベルト)の場合は、チェロ編曲版は大いに聴き応えがあるのだが、バッハの3曲はオリジナルと比べると別の曲のように味気ない。とはいえ感動的な3曲。チェリストにとっては悩ましい存在だ。

▼ヴィオラ・ダ・ガンバによる演奏

渡辺和彦
渡辺和彦 音楽評論家

1954年北海道生まれ。立教大学ドイツ文学科卒。数多くの音楽放送番組の企画構成、案内を長期間続ける。『音楽の友』誌の演奏会批評のほか全国紙や地方紙で月評やエッセイ、書...

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