マンガでたどるラフマニノフの生涯#8　ラフマニノフ、躍進する

「ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18」は奇跡的な成功を収めただけではなく、ラフマニノフの生活そのものも変えた。

1901年ロシア国内での初演を終えた後、海外での公演へと続いた。ウィーンやプラハでの演奏会をはじめ、ラフマニノフは都合で同行することが叶わなかったが、従兄のジロティがロンドン、バーミンガム、マンチェスターといったイギリスの主要都市で「ピアノ協奏曲第2番」を披露し、いずれも大喝采を受けたという。どこの演奏会場でも好評だったようで、ラフマニノフの評価は国外でも次第に高まっていった。

この成功体験が影響を与えたのだろうか、再び自信を取り戻したラフマニノフは作曲に没頭し、前後でいわゆる名作が立て続けに作曲された。2台ピアノの可能性を広めた「組曲 第2番 作品17」（1901）、生涯で唯一の弦楽による「チェロ・ソナタ ト短調 作品19」（1901）、《リラ》や《ここは素晴らしい》など美しく多幸感溢れる作品がならぶ「12の歌曲集 作品21」（1900～02）。

また、バリトンと混声合唱およびオーケストラによる「カンタータ《春》作品20」（1902）は、親友の歌手シャリャーピンを想定して作曲されたと考えて間違いないだろう（初演では別の歌手アレクサンドル・スミルノフがステージに立った）。どの作品も充実した響きに満ち溢れ、今日では聴く機会が多い作品でもある。

同じ頃、私生活でも大きな変化があった。従姉妹にあたるナターリャとの結婚だった。ごく身内だけで親しい教会の司祭に願い出て、結婚の儀式を行なった。

ナターリャはモスクワ音楽院でピアノを学んだ才女でもあり、ラフマニノフに対してプライベートだけではなく、ピアノの演奏家として、また作曲家としても偉大な先輩の一人として好ましい感情を抱いていたそうだ。1903年には娘のイリーナを授かり、公私ともども幸せを噛み締めている。

そのような状況のもと、1906年にラフマニノフは妻子を連れ、ロシアを出てドレスデン（ドイツ）に移る。当面の住処として入居したアパートは大きな通りに面しており、その窓からは菩提樹が目にはいる快適な環境であった。異国ではあったが家族との静かな暮らしに満足していたことだろう。

そのような幸せあふれる時期に、とある大きな作品の作曲が進められた。それは新しい交響曲だった。交響曲はラフマニノフにとって鬼門であった。さきの「交響曲第1番 ニ短調 作品13」（1895）初演の失敗（1897）、その傷は決して小さくなかった。

しかし、自身のたゆまぬ努力と家族や周囲の友人たちによる励ましによって再び創作の活力を取り戻したラフマニノフは、もう一度交響曲に挑戦する選択肢を選んだのだった。それは1906年から翌年にかけて作曲され、「交響曲第2番 ホ短調 作品27」として1908年にラフマニノフ自身の指揮で初演された。大成功であった。

ラフマニノフは、「ピアノ協奏曲第2番」と「交響曲第2番」という大きな2作品において、ロシア音楽史上特記すべき実績と記録を残したともいえる。なお、「交響曲第2番 」は1903年頃からすでに構想を練っていたともいわれている。であるとするならば、なおのこと「ピアノ協奏曲第2番」成功の勢いにのって、新しい交響曲に意識が向いていたとも考えられそうだ。

しかし、そんな幸せな時期もそう長くは続かなかった。「ピアノ協奏曲第2番」の成功と「交響曲第2番」の作曲初演と前後して、ロシア国内の世情は不安定になりつつあり、市民の生活に混乱も見え始めていた。ラフマニノフもその動きを感じ取り、国外のドレスデンへ一時的に居を移したとも考えられる。

そして1905年。後に「血の日曜日」と呼ばれる大事件がロシア国内で起こった。生活苦を訴える市民たちの行進に対し、過剰に反応した軍隊が制圧目的で発砲したのだ。この日を境にロシアは激動の時代を迎える。ラフマニノフもこの時代の流れに無関係ではいられなかった。

（第９話に続く）