ピアニストと研究者が語り合うショパンの真の姿~海老彰子×エーゲルディンゲル対談
ピアニストの海老彰子と『弟子から見たショパン』(音楽之友社刊、2020年)の著者ジャン=ジャック・エーゲルディンゲルが対談! 演奏者と研究者の立場、双方から本当のショパン像に迫ります。天才作曲家ショパンの内面まで覗き込んでみましょう。
上智大学文学部フランス文学科教授。フランス近代文学(特にバルザック)を研究。訳書にジル・カンタグレル『モーツァルトの人生 天才の自筆楽譜と手紙』(西村書店)、ジェラー...
誰もがショパンを知っているように思えて、実はその姿は、捉えようとすると手をすり抜けていくように思えることもあります。ショパンの本当の姿とはどのようなものでしょうか。『弟子から見たショパン』(音楽之友社刊、2020年)の著者でもある研究者ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル氏、第10回ショパン国際ピアノコンクールで第5位に入賞し、第17回および昨年の第18回同コンクールで審査員を務めるなど、ショパンの音楽を追求し続けるピアニスト海老彰子氏に、お二人から見たショパンの姿を語っていただきました。
ショパンは最初からショパンだった
海老 ただ、ピアノ・ソナタ第1番(Op. 4)は、よく研究して書かれているとはいえ、ピアノ・ソナタ第2番とかなりの差異があるように思えるのですが……。
エーゲルディンゲル ピアノ・ソナタ第1番も、4分の5拍子の緩徐楽章は優雅ですし、終楽章は少しシューベルトの幻想曲ハ短調《さすらい人》に似ていませんか?
ショパン:ピアノ・ソナタ第1番、シューベルト:幻想曲ハ短調《さすらい人》
エーゲルディンゲル ともあれ、オーストリアのピアノ製作者シュトライヒャーと結婚したフリーデリケ・ミューラーの証言を読むと、ショパンにとってソナタ第2番がいかに重要だったかわかります。ミューラーは、スケルツォ第3番あたりまでショパンの作品をすべて弾いていました。
ほかにもバラード第2番やノクターン作品(0p. 27-2)、ポロネーズ作品(Op.40-2)など、ジョルジュ・サンドと一緒に暮らし始めた頃、そしてマヨルカ島で書かれたいくつかの特に重要な作品が傑作だとショパンは自分でも意識していました。とにかく、ショパンは弟子に「ソナタを復習しなさい」とよく言っていたようです。
——20歳のころに書かれた『練習曲』でも、すでにピアノの卓越した演奏法がショパン独自の表現力と結び合っていたのでしょうね。
エーゲルディンゲル そこで展開されているピアノ演奏技術は、すでにかなり突き詰められたものですけれど。
海老 ショパン独特の揺るがぬ音楽性が技術を包み込んでいたわけです。
ショパンの性格は? ポーランドというルーツと二面性
——ショパンはポーランドというルーツを人間として、作曲家として、持ち続けたのでしょうか。
エーゲルディンゲル ショパンはもちろん、ポーランドの女流作曲家シマノフスカ(1789〜1831)の仕事も知っていました。彼女はマズルカに初めて西洋的な形式を与えた人です。民俗学者オスカー・コルベルクはポーランド中を歩いて、民族音楽を歌詞もあわせて収集し、変奏も収録した民族音楽集を70冊出版しました。
ただ、ショパンの書いたマズルカのメロディがその民族音楽集にあるかというと、時々発見されるものの、完璧な形では認められません。
——そうした民族音楽には立って弾く変わったチェロがありますよね。
エーゲルディンゲル そうです、ショパンも子どもの頃弾いていたのですよ。
——同時代の作家バルザックはポーランド人の特徴として子どもっぽさや愛嬌のよさなどを挙げ、「ショパンは天使でリストは悪魔だ」と書いていますが。
エーゲルディンゲル ショパンは伴侶となったジョルジュ・サンドのノアンの家で即興劇に参加したり、パントマイムをしたり、リストやさまざまなピアニストの真似をしたりしました。ただ、そういう陽気さの裏には悲しみが隠されていて、2つの性格はもうひとつの裏返しで、切り離せないものでした。
教師、ピアニスト、作曲家、3つの顔はすべてピアノでつながっていた
——エーゲルディンゲル先生のご著書からは教育者としてのショパンの姿も浮かび上がってきます。
エーゲルディンゲル ショパンほどの作曲家で、教育に心血を注いだ例はなかなか見られないでしょう。1日に5人の弟子にレッスンをしていた時期もありました。
——弟子に自作の楽曲を弾かせたり贈ったりし、作品にヴァリアント(ショパンが相手に合わせて楽譜に書き加えた別の音づかいの候補)をもたらしたことからも、教育と作曲のつながりが感じられますね。
エーゲルディンゲル そうです、ピアニスト、即興家、作曲家、教育者としてのショパンの間に区別はないのです。ピアノですべてつながっています。その間に亀裂はなかったのです。
——教育者としてのショパンから、作曲家、ピアニストとしての新たなショパン像も浮かび上がってくるということでしょうか。
エーゲルディンゲル ええ、まだ日本語には訳されていませんが、弟子だったフリーデリケ・ミューラーがショパンのレッスンの様子を書き記した手紙が入った書物(2018年にドイツ語版刊行)や、ミクリの弟子だったラウル・コチャルスキの証言や録音から演奏家、作曲家ショパンについて多くのことがわかります。また、近く出版されるノクターンのヴァリアントを集成した楽譜からも、ショパンの音楽の流動性や即興性が見えてくるでしょう。
海老 そうすると、何を選んで弾くか、深い知識とセンスが演奏家に求められ、そこからも新しいショパン像が生まれてきそうですね。ショパンがその人生で弾いたプレイエルやエラールなど、その時代の古楽器を実際に触って弾いてみることによっても、
——お話をうかがって、印刷された音符の上にも変化していく音が聴こえ、初めからずっと「ショパン」でありながら、さまざまな顔を同時に持つショパンが、より鮮明に浮かんでくるような気がします。どうもありがとうございました。
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