7月特集「アウトドア」、山の部!

この夏はR.シュトラウスの《アルプス交響曲》でVR登山!? 「山に登った気になれる」クラシック界きってのエンタメ管弦楽曲

読みもの
2018.07.13

究極の描画音楽といえば、R.シュトラウスの《アルプス交響曲》。約50分という長尺の楽曲でありながら、山の情景が次から次へと展開し、まったく飽きることがありません。120人以上の大所帯オーケストラを駆使して奏でられるパノラマは、さながらVR登山!? 良いオーディオシステムで、映像顔負けの登山体験をお楽しみあれ。

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メインビジュアル:アルプス山脈・ツークシュピッツェ © B.Zsolt
ナビゲーター
増田良介 音楽評論家
増田良介
ナビゲーター
増田良介 音楽評論家
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

暑い夏は、下界を離れて山登りなんてどうだろう。さわやかな緑の中を歩き、たどりついた頂上からの雄大な眺めは最高だ。だが、実際に行くとなるとちょっと大変だ。準備をきちんとしなければならないし、体力もいるし、天候にも左右されるし、あと、なんとなく面倒くさいし……。

それなら、音楽で疑似体験しよう。うってつけの曲がある。リヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲》だ。
暗いうちに出発し、日が昇り、滝や草原や牧場を眺めながら山道を行き、ついに頂上に到達する。帰りには嵐にも遭うし、日も暮れてくるが、ご心配なく。音楽だから遭難することはない。

 

120人以上の大所帯オーケストラ。見たことのない楽器も?

それにしても魅力たっぷりの曲だ。とにかくオーケストラの使い方がすごいのだ。
まず、人数からして半端じゃない。この曲を演奏するには、約120人以上、つまりベートーヴェンの交響曲を演奏するときの倍ぐらいの規模の大オーケストラが必要となる。

オーケストラの人数が増えるというのはどういうことか。まず、単純に大きな音が出せる。これは大事だ。山という大きなものを表現するのだから、できるだけ大きい音が出るほうがいい。特に、生で聴けば、このモンスター・オーケストラの迫力は圧倒的だ。

それから、人が多ければ、いろいろな音が出せる。フルートとかホルンとかヴァイオリンだけではなく、普通のオーケストラにはない楽器も動員できる。
この曲にはたとえば、ウィンドマシン(巨大なドラムをぐるぐる回すと風のような音が出る)とか、サンダーマシン(つるした大きな金属のシートをバタバタやってけたたましい音を出す)とかカウベル(牛の首につけるカランコロンとなるベル)といった珍しい鳴り物が使われている。もちろん、これらはそれぞれ風と雷と牛を表すのだ。聴いてもおもしろいが、映像で観ればなお楽しい。

コンセルトヘボウ(オランダ)にあるウィンドマシーン。ドラムを回転させると、布の摩擦音が風の音のように聴こえる © Olfertc

まだまだある。パイプオルガンも出てくるし、通好みなところでは、ヘッケルフォーン(オーボエのような楽器だが、普通のオーボエよりも1オクターヴ低い音まで出る)なんていうのもある。
それから、ホルンが12人と、トランペットとトロンボーンが2人ずつ、合計14人が、オーケストラの中の人たちとは別に、舞台裏に必要だ。遠くから聴こえる狩りの角笛を表すために、わざわざ遠くに置くのだ。実にぜいたくな大編成だ。

 

オーケストラを駆使するR.シュトラウスの神業! 描画音楽、ここに極まれり

そして、この大編成を使いこなすシュトラウスの手腕がまた天才的というしかない。
最初から聴いてみよう。この曲の最初の部分、なんだかもやもやした音が鳴っている。実はこの部分、20に分割された弦楽セクションが演奏しているのだ。
普通、オーケストラの弦楽器というのは、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという5つのグループに分かれている。その昔、モーツァルトとかの時代は第1ヴァイオリンがメロディ、他が伴奏というのが基本だったが、時代が下ると、低いほうの楽器がメロディを担当したり、複数のグループが掛け合いをするようになった。

ところが《アルプス交響曲》の出だしで、シュトラウスは、その5つをさらに4つずつに分けて、その20の小グループに全部違う音を最弱音で弾かせる。しかも、全員弱音器をつけるように指示している。当然、全体はぼんやりとした曖昧な響きになる。

何を表すかはおわかりだろう。冒頭に書いたように、この曲はまだ暗いうちから始まる。そう、これは夜明け前の光景だ。

 

弱音器。駒を覆うことで振動を抑え、小さな音にする。© Rottweiler
駒に弱音器をつけたところ。© Dennis Mojado

そして次第に明るくなり、ひとつひとつ、ものが見えてきる。これは、いくつかの楽器を、控えめに浮き上がらせていくことで表現される。面白いことに、その中にはヴァイオリンもある。4分割された第1ヴァイオリンの中から3人だけ離脱して、彼らだけ弱音器なしで別の音を弾くのだ。そうなると、同じヴァイオリンなのに、背景のもやもやと異なる、やや輪郭のある音が聴き分けられる。薄明の中でものが見えてくるということの絶妙な表現だ。やがて、バーンと最強音で金管楽器や打楽器が鳴ると、日が昇る。そこからは、すべてが明瞭な朝の世界になる。

まだ始まって3分半ぐらいしか経っていない。
このあと40~50分間にわたり、リヒャルト・シュトラウスは、その作曲技術を存分に駆使して巨大オーケストラを操り、お花畑やら氷河やら霧やら雷雨やらを描く。まさにめくるめく音の大パノラマ、VRアルプス登山だ。

ジョセフ・トマ《Driving Down the Cattle from the Alps》
牛に遭遇したり、嵐に遭遇したり......めくるめくVR登山をお楽しみあれ!

そういえばその昔、この曲は、風呂屋のペンキ絵みたいな描写音楽などとこき下ろされていた。考えてみれば、シュトラウスにもペンキ絵の絵師に失礼な話だが、現在では、どうやらこの曲はニーチェの思想と関係あるらしいなどという話も知られるようになったせいか、そんな批判も陰をひそめた。
だが、そもそも描写音楽の何が悪いのだろう。個人的には、クラシック音楽史上最高の娯楽大作管弦楽曲で十分じゃないか、と思う。だって、こんなに楽しいのだから。さあ、《アルプス交響曲》を聴いて、夏の暑さをスカッと吹き飛ばそうじゃありませんか。

ここに注目!
  • 1:52前後~ 弦楽器が最弱音で夜明けの「モヤモヤ」感を奏でる
  • 3:43 朝日が昇る。一目ならず、一聴瞭然
  • 7:01 遠くから聴こえる狩りの角笛
  • 15:49 カウベルが登場
  • 37:02 ウィンドマシーンが風の音を奏でる。白眉の「嵐」のシーン
  • 40:33 つづいてサンダーマシーンが登場

© 西オーストラリア交響楽団

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