読みもの
2019.01.18
1月特集「アニバーサリー」

だれか祝ってほしい、スッペの生誕200年を——“昭和感”漂う名曲の全貌に迫る?

オッフェンバックに並んで、19世紀ヨーロッパにオペレッタ旋風を巻き起こしたウィーン・オペレッタの父フランツ・スッペ。昭和のクラシック名曲選に必ず現れる《軽騎兵》序曲の人、スッペ。名前を読むと、なんとなく口をすぼめたくなってしまう作曲家、スッペ。

生誕200年のわりに各所で華麗にスルーされているスッペを、飯尾洋一さんが本気で考えました。聴けば絶対にウキウキする名曲とともに、皆さんもスッペをお祝いしましょう!

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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スルーされたスッペ

今年アニバーサリーを迎える音楽家のなかでも、生誕200年を迎えるフランツ・スッペ(1819-1895)は曲が広く知られているという点で筆頭格といってもいい。なにしろスッペには喜歌劇《詩人と農夫》序曲と喜歌劇《軽騎兵》序曲という二大人気曲がある。クラシック音楽への入門曲として、両曲にお世話になったという人も多いことだろう。

同年生まれのオッフェンバックと並んで、今年はオペレッタの作曲家に親しむ機会が増えそうだ。ウィーンのオペレッタを代表するスッペ、パリのオペレッタを代表するオッフェンバック。ダブルでオペレッタ・イヤーなのだ。

フランツ・フォン・スッペ(1819-1895)

と、思いつつ、元旦はテレビの前に座って「ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート」を観た。さあ、今年はスッペに光が当たるはず。いったいティーレマンはスッペを何曲振ってくれるのか。そして、どの曲を選ぶのか。

が、いくら待ってもスッペは演奏されない。おかしい、なぜだ。ひょっとしてアンコールで演奏する? いや、そんな気配はない。《美しく青きドナウ》が始まってしまった。ああ、そして《ラデツキー行進曲》だ……。さらばスッペ。

生誕200年なのに、ウィーンで大活躍した作曲家なのに、ニューイヤーコンサートでティーレマンに軽くスルーされてしまったスッペ。2015年と2017年には一曲ずつ序曲が演奏されていたのに、肝心の生誕200年で演奏されないとは。なんという、出鼻をくじかれた感。

お正月、スッペにビッグウェーブはやってこなかった。

【1997年ニューイヤー・コンサート】 喜歌劇《軽騎兵》序曲(リッカルド・ムーティ指揮)

【2017年ニューイヤー・コンサート】 喜歌劇《スペードの女王》序曲(グスターヴォ・ドゥダメル指揮)

スッペの名オペレッタ、内容が残っていない問題

そう、よく考えてみると、喜歌劇《詩人と農夫》序曲と喜歌劇《軽騎兵》序曲が人気曲であるという認識も古いような気がする。むしろ、どちらかといえば、かつての人気曲というべきか。平成が終わろうとする今であるが、微妙に「昭和」感の漂う懐かしの名曲といった感すらある。コンサートで演奏される機会も意外と少ないのかも。

いや、だからこそ、アニバーサリーには意味がある、今年こそ喜歌劇「詩人と農夫」と喜歌劇「軽騎兵」を序曲だけといわずに、全曲を聴いてみたい。そんなふうにも思いたくなるが、実はこの両作品、序曲はこれほど有名なのに、本編が残っていない。それどころか、あらすじもよくわからない。ずいぶんともったいない話である。もちろんスッペにはきちんと全曲が残された作品もあるのだが、二枚看板ともいうべき《詩人と農夫》と《軽騎兵》がこの状態なのが実に惜しい。

特に「詩人と農夫」という意味ありげなタイトルは、なにを指しているのだろうか。ヒントになるのは序曲しかない。序盤のチェロの独奏が活躍するひなびた部分は、農夫の暮らしぶりを表現しているのだろう。その後にやってくる激しいアレグロは嵐なのか。ワルツっぽいところが詩人? いや、でも詩人は別に踊らなくてもいいか。むしろ農夫の田舎踊り? うーん、どっちだ。詩人のような、農夫のような。あるいは農夫と詩人がひょんなことから入れ替わるコメディになっているのかも。

「これってもしかして……」

「私たち……」

「入れ替わってるー!?」 系のストーリーだったりして(んなわけない)。

喜歌劇《詩人と農夫》序曲(ズービン・メータ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

スッペ問題打破の鍵はO.ヘンリーに!?

実は、スッペの台本と関係があるのではないかと一瞬だけ疑った作品がある。アメリカの短篇小説の名手O・ヘンリーに「詩人と農夫」という一篇があるのだ。生粋の都会人の詩人が、ほんの戯れで自然の情景を詩に書きあげると、編集者から真に迫った表現だと讃えられ、逆に都会に出てきたばかりの農夫があまりにも田舎じみたふるまいゆえに都会人の変装だと勘違いされるというコミカルな話だ。もしや!

だが、スッペの「詩人と農夫」は1846年ウィーンでの初演。O・ヘンリーが生まれる前の出来事だ。スッペがO・ヘンリーから影響を受けることは不可能だし、逆にO・ヘンリーが間接的にスッペの喜歌劇からヒントを得た可能性も考えにくい。

実に惜しい。もういっそ、だれかO・ヘンリーの「詩人と農夫」を台本に使ってスッペの「詩人と農夫」を再創造してくれないものだろうか。

O・ヘンリー(1862-1910)多数の掌編、短編小説で名高いアメリカの小説家。
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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