チーフタンズ~スタンリー・クーブリックの大作『バリー・リンドン』音楽の一部を担当、佳曲「アイルランドの女性たち」で世界的にブレイク
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2023年6月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
1962年結成のアイルランド伝統音楽をベースにしたグループ
僕がアイルランドの伝統音楽に興味を抱くようになったきっかけは、1983年にたまたま見たカナダの映画『The Grey Fox』。20世紀初頭、列車強盗を試みた初老の男がロッキー山脈を逃げるシーンで、息を飲むような美しさの風景をバックに流れるのはチーフタンズの音楽でした。
名前だけ何となく知っていた彼らのアルバムを一枚買ったものの、それ以上のことがないまま、1991年にそのチーフタンズが来日しました。
「東京ムラムラデラックス版」というイヴェントが開催されたのはまだ再開発が始まる前の汐留、仮設のテントのような会場でしたが、そこに集まった観客の半分ほどがアイルランド人とおぼしき人たちで、当時の東京ではやや意外な光景でした。
91年の日本というとアイルランドの音楽を積極的に聴いていたのが、一握りの熱狂的なファンのみで、チーフタンズの知名度はまだまだだったのです。しかし、あの時の演奏の素晴らしさが話題になり、チーフタンズはその後何度も来日するようになったし、更に90年代半ば以降は他にも多くのアイルランドのミュージシャンが日本で人気を伸ばしたのです。
あの初来日の時点で、チーフタンズは実はすでに結成から約30年が経っていました。その頃から様々なミュージシャンとの共演が増え、アメリカのカントリー界の人たちをゲストに迎えたアルバム、女性ヴォーカリストばかりをフィーチャーしたアルバムなど、貪欲に色々な企画をこなす彼らは更に30年活動を続けたのですが、60周年記念盤を発表した2021年に、この伝説のグループをパイプ発足させたパイプ奏者パディ・モローニが83歳で亡くなったことで実質的に幕を閉じることになりました。
チーフタンズのアルバムが日本で発売されるようになったのは90年代です。デビューから80年代半ばまではアイルランドのクラダ(Claddagh)という小さなレーベルに所属していたのですが、その時期の10作品が先日日本で初めて発表されたので今回取り上げます。
アイルランドの名産品といえば何といってもギネスという世界中で愛されている黒ビールが頭に浮かびます。その創業は18世紀半ばのダブリンで、代々その経営を担ってきたブラン家は言うまでもなく大金持ちです。ギネスの後継者だった女性ウーナ・ブラウンの息子ガレックは、20歳だった1959年にクラダ・レコードを設立しました。
その頃のアイルランドでは伝統音楽はあまり注目されておらず、どちらかといえばパブなどで大量のビールを飲みながらゆるい感じで合唱するどんちゃん騒ぎのようなイメージがあったものです。それとは対照的に、最初はクラシックを学んでいたショーン・オーリアダという人は正装して伝統音楽を演奏するグループ、チョルトリ・クアラン(Ceoltoiri Chualann)を結成したのですが、その中心メンバーの一人がパディ・モローニ。アイルランドの伝統音楽がインストゥルメンタルで、しかもアンサンブルで演奏されるのはこれが最初です。
しばらくするとパディはチョルトリ・クアランから独立して、仲間と一緒にチーフタンズを始めます。パディと同様にガレック・ブラウンもパイプが好きで習っていました。アイルランドの独特の形のバグパイプはイルン・パイプ(Uilleann Pipes)、つまり肘のパイプとして知られ、とても繊細で物悲しい音色があり、かなり複雑な構造の楽器です。
パディとガレックは仲良くなり、チーフタンズがクラダに所属するばかりでなく、しばらくの間パディはクラダのレーベル・マネジャーも務めることになりました。というのは初期のチーフタンズはプロではなく、全員普通の仕事を持ちながらアマチュアに近い形で音楽活動をしていたのです。デビュー・アルバムは1964年に発表され、パディの他にショーン・ポッツ(ティン・ウィスル)、マイケル・タブリディ(フルートとコンサティーナ)、マーティン・フェイ(フィドル)を中心に、70年代に入るとフィドルのショーン・キーンとハープのデレク・ベルが更に加入します。
彼らの名演が10作品 リマスターによりクオリティの高い録音が楽しめる
大きな変化が起きるのは1975年、18世紀のアイルランドを舞台にしたスタンリー・クーブリックの大作映画『バリー・リンドン』の一部の音楽をチーフタンズが担当することになりました。映画自体が興行的に失敗したにもかかわらず、「愛のテーマ」に使われたMná na hÉireann(ムナー・ナ・ヘアラン)、「アイルランドの女性たち」というショーン・オーリアダ作曲の美しいメロディがアメリカのラジオで頻繁にかかって、チーフタンズがついにブレイクするきっかけを作ったのです。ロンドンのロヤル・アルバート・ホールで満員のコンサートを行なったチーフタンズは結成からほぼ15年経ったところでプロになり、その人気は次第に広がっていったのです。
今回発売されたのは1976年までの最初の6作品。そして81年から85年までの4作品です。特に最初期の5枚は伝統音楽を純粋に、といっても彼ら独自のスタイルで見事に展開する名演だらけの内容です。
スローの曲では切なく、美しく、アップ・テンポのダンス・チューンではダイナミックに聴かせるチーフタンズのアンサンブルは特にまだアイルランドの音楽に馴染んでいない方にはお勧めです。元々録音のクオリティは高く、今回リマスターされた日本盤は音もとてもクリアです。
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