聞こえる/聞こえないの壁を突破していく音楽〜映画『CODA コーダ あいのうた』
アメリカ・サンダンス映画祭で史上最多の4冠に輝き、史上最高額で落札されたことも話題となった映画『CODA コーダ あいのうた』が2022年1月21日(金)に日本で公開されます。
歌手を目指す、ろうあ者を親にもつ子(CODA)である少女・ルビーを主人公に描かれる家族の物語。クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんは、どう観たのでしょうか。
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
歌手を目指すのは、家族唯一の健聴者
タイトルの「コーダ」 CODAとは、ONTOMO読者なら、楽曲の締めくくり部分を指す音楽用語だと思われるかもしれない。他方でこの言葉は、「ろうあ者を親に持つ聴者」、つまりChild of Deaf Adultsのアクロニムとしても使われている。
主人公の置かれた境遇と、音楽がひとつのテーマでもあることから、本作では両方の意味が掛け合わされて用いられているのだろう。
主人公のルビーは17歳の高校生。歌が大好きでしっかり者の女の子だ。冗談好きで血気盛んな漁師の父と兄、オシャレが大好きな元モデルの母親と暮らす。他愛のない喧嘩は絶えないが、家族の結束は固い。
実は、ルビー以外の家族は全員、ろうあ者であり、幼い頃から彼女は健聴者と家族とのあいだを取り持つ通訳としての役割を担ってきた。ルビーがいなければ、家族は外食をすることも、安全に漁をすることもままならない年月を送ってきたのだった。
そんなある日、ルビーはある男子学生への密かな思いをきっかけに合唱団に所属する。合唱を指導する音楽教師は、ルビーの歌声に才能を見出すと同時に、彼女の中に眠っていた音楽に対する情熱をも目覚めさせた。そして彼女に遠方の音楽大学へと進学することを強く勧める。
家族のもとを離れることはできないという気持ち、自らの夢を追い求めたいという願い、2つの思いでルビーの心は大きく揺れる。彼女が選び、歩んでいくべき道とは——。
障がいの有無に関わらず考えさせられる人と人の結びつき
本作には、さまざまなテーマが絡み合っている。
家族愛とは何か。障がいを持つ人と、持たない人との結びつきとは何か。両者の壁となるものは何か。個人の夢とは何か。人を許すということは何か。誰かを支え、後押しすることの大切さと痛みとは何か……。見る人の年齢や置かれた環境によって、さらに多様なアングルからも捉えられるはずだ。
若いルビーの強さ・優しさの自然な表情に引き込まれながらも、筆者はルビーの両親と同世代のためか、彼女の父・母の気持ちを思ってグッとくる場面も多かった。音楽を志したいというルビーに対し、彼女の父・母は当初複雑な反応を見せる。自分たちがわからない世界へと、娘が入っていこうとしている。それが純粋な音楽愛なのか、それとも自分たち家族に対する反発心によるものなのか、それを判断するすべを自分たちはもたない。つまり、彼女の歌声を実際に聴くことができないのだ。そこに対する辛さ、歯痒さ、寂しさとはいかほどのものだろうか。その心持ちを思うとグッとくる。
もちろん彼らは聞こえないというハンディキャップを持っている。しかし、家族への愛ゆえに抱かざるを得ない複雑な気持ちというものは、障がいの有無にかかわらず、誰もが経験しうるテーマだ。
またそれは、ルビーの側に立って考えたときにも言えるだろう。「自分は家族を守るべき立場にあるのだ」と、親よりも大人になることを強いられるような場面に早くから出会い、親に代わって自らが社会的な役割を果たそうとする傾向は、実際にCODAの人たちに多く見られるそうだ。
だがそのこともやはり、障がいに関する事例のみならず、親の抱えるさまざまな問題から、同様の意識を持たざるを得ない子どもたちは多くいる。映画の中で親を守ろうとするルビーの強い眼差しや、「孝行娘」たらんとする発想は、けっして物語の中の優等生的な姿ではなく、当事者が選ばざるを得ない切実な態度なのかもしれない。
とはいえ、やはり映画としては障がいを持つ家族とフラジャイルな年齢の少女の物語だけに、どこかヒリヒリとするような気持ちを抱えながら見進めていくことにはなる。どの場面でも決して絶望的で暗い気持ちへと引きずり落とされることがないのは、登場人物たちがいつでも一生懸命で、誰かのことを思って心配したり、願ったり、決断し続けるからだ。
家族を一度は引き離し、そして調和をもたらす音楽
大切なテーマのひとつである音楽にも、多義的な役割を持たせているのがこの映画の特徴だ。
音楽の存在こそが、健聴者の人々と、ろうあ者であるルビーの家族とを、残酷なまでに引き離すように描かれた極めて印象深いシーンがある。また逆に、ルビー自身の思いと、聾唖者である家族とを、しっかりと結びつけるのもやはりまた音楽のシーンなのである。
音楽とは、人が人へと何かを伝達しようとする表現芸術である。その表現の強さこそが、「聞こえる/聞こえない」の壁を、最後には突破してゆく場面に、映画の中で私たちは立ち会う。音楽=調和という、その大きな意味にも、あらためて気付かされることになる。
主人公ルビーを演じるエミリア・ジョーンズは、哀愁と力強さを持ち合わせた魅力的な歌声の持ち主。ジョニ・ミッチェルの名曲「青春と光と影」を、持ち味を生かして自然に歌い上げる場面に注目していただきたい。
また、彼女の兄を演じるダニエル・デュラントは、ブロードウェイ・ミュージカル《春の目覚め》の手話版で、音楽的表現を突き詰めた手話による演奏で話題となった俳優である。
音楽のもたらすもの、人々の多様な在り方・生き方・愛し方——ぜひじっくりと、この映画と共に噛みしめていただきたい。
監督・脚本:シアン・ヘダー 出演:エミリア・ジョーンズ「ロック&キー」、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ『シング・ストリート』、マーリー・マトリン『愛は静けさの中に』
原題:CODA|2021年|アメリカ|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|112分|字幕翻訳:古田由紀子|PG12
配給:ギャガ GAGA★ © 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
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