前衛、ポップス、旋律美......モリコーネの多彩な才能を集結させた映画音楽
2020年7月6日、イタリア作曲界の巨匠エンニオ・モリコーネ氏がローマの病院で逝去されました。映画音楽において、セルジオ・レオーネ監督と組んだマカロニ・ウェスタンや、『ニュー・シネマ・パラダイス』など数々の名旋律を残しました。彼の人々の心を掴んで離さない音楽の魅力は、映画音楽だけでは語れない! 小室敬幸さんがモリコーネの溢れる才能を紹介します。
東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...
マカロニ・ウェスタンに現代音楽。多彩な顔をもつ作曲家モリコーネ
モリコーネが亡くなった。91歳の高齢だったとはいえ、亡くなる前の週に転倒して大腿骨を骨折。手術後に容態が悪化しての急逝だったという。
エンニオ・モリコーネの代表作は?……と聴かれたら、おそらく多くのクラシック音楽リスナーは『ニュー・シネマ・パラダイス』や、『ミッション』の「ガブリエルのオーボエ」あたりを挙げるのではないか。ところが、熱心な映画ファンにとっては(前述した2作品以上に)『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』といったマカロニ・ウェスタンの作曲家というイメージが先行するようだ。
これらもまったくといっていいほど異なる作風であるが、モリコーネがさらに多様な顔をもつ作曲家であることはあまり知られていない。
追悼を兼ねて、知られざるモリコーネの魅力に迫っていこう。
音楽の原点はトランペット! 即興の録音も
父マリオが軽音楽(light music)の管弦楽団でトランペットを吹いていたことが、モリコーネと音楽の最初の接点となる。
自身も音楽院でトランペットを学んでおり、1964年からは同年代の音楽家たちと結成したグルッポ・ディ・インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツァ(直訳すれば新協和即興グループ)では、エレクトリック期のマイルス・デイヴィスをより抽象化したようなソロも聴かせてくれる。
この「Sieben #2」が録音されたのは1971年——まさにマイルス・デイヴィスが、『ライヴ・イヴル』に収録されたフュージョンとフリージャズを掛け合せたような音楽を演奏していた頃だ。
現代音楽の作曲家として
そもそもモリコーネは20世紀イタリア音楽の巨匠ゴッフレド・ペトラッシ(1904-2003)に師事し、生涯にわたって演奏会用の音楽を書き続けた、れっきとした現代音楽の作曲家なのである。先ほどのグルッポ・ディ・インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツァも、当時のイタリアで先進的な存在だったルイジ・ノーノやジャチント・シェルシに感化され、同年代の作曲家と組んだグループだったのだ。
この1960年代後半という時期は、当時の現代音楽の大スターであるシュトックハウゼン、フリー・インプロビゼーションの代名詞となったデレク・ベイリーといった顔ぶれも、フリージャズの先にあるような、より抽象的な即興演奏にむかっていた時期だった。
例えば、映画音楽の作曲家として注目される前に作曲された「11人のヴァイオリニストのための音楽」(1958)では、音列主義的な技法(12音技法から発展し、音高などを数列化する作曲法)を使用しているとのこと。こうした緊張感の高いサウンドは、時おり映画音楽のなかでも顔を出すことがある。
実はこうした緊張感の高いサウンドも、時おり映画音楽のなかで顔を出すことがあるのだ。1968年のスリラー映画『怪奇な恋の物語(Un tranquillo posto di campagna)』では「11人のヴァイオリニストのための音楽」が転用され、グルッポ・ディ・インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツァが起用されている。
ポップスの作編曲家として
こうした前衛芸術の活動と並行して、学生時代からアレンジャー仕事を手掛けていたことも忘れてはならない。1954年、学業を終える年からはテレビをはじめとする放送の仕事が増えていく。
まずポップソングでは、イタリア語でシンガーソングライターを意味するカンタゥトーレと最初に呼ばれたジャンニ・メッチアの「恋のからまわり Il barattolo」(1960)を編曲してヒットさせる。その後、60年代には結構な量のポップソングの作編曲を手掛け、70年代以降も数こそ少ないが書き続けた。
この「Il barattolo」ではイントロをはじめ、随所に不思議な音が鳴り響いているが、なんとこれは空き缶が転がる音なのだ! ミュジーク・コンクレート(具体音楽)と呼ばれる現代音楽からの影響を思わせるが、こうした違和感のあるサウンドを重ねるのは『夕陽のガンマン』における口琴(ビヨーンというあの音!)にも繋がるように思う。
また、ミルヴァの歌う「4つの衣装 Quattro vestiti」(1962)は、本物とは違う似非フラメンコ感が面白い(メキシコ風にも聴こえる?)。マカロニ・ウェスタンの音楽と、異国情緒的な雰囲気が共通しているのだ。
さまざまなスタイルを結集させた映画音楽
モリコーネの映画音楽には、ここまで紹介してきた多様なスタイルがすべて持ち込まれているといって間違いない。
一聴する限りは叙情性に耳が奪われがちな映画『ミッション』(1986)の音楽でも、丁寧に聴き込んでいくと非常に緻密に作られた音楽であることが明らかになる。
例えば、この「On Earth As It Is In Heaven」をかけながら、リズムの刻みに合わせて拍を打ってみよう。1分を過ぎるあたりから「ガブリエルのオーボエ」の旋律が徐々にずれ始めることで、「リズム」「合唱」「オーボエ」の3つの要素が変則的なポリリズムを生み出していることに気づくはずだ。
イタリア音楽の系譜に連なる名作『ニュー・シネマ・パラダイス』
とはいいつつも、やはりモリコーネ最大の魅力は耳について離れない、叙情的な旋律美にあることは疑う必要もない事実。これはオペラ《トゥーランドット》で知られるプッチーニなどに連なるイタリア・オペラの系譜として捉えると、より味わい深さを増す。
高音の弦楽器が濃厚に歌い上げる旋律によってクライマックスを聴かせる『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)の「愛のテーマ」は、プッチーニや、モリコーネより少し年長で映画音楽にも名作を多数残したニーノ・ロータの音楽があったからこそ誕生した、紛れもないイタリア音楽の本流に位置する名曲なのだ。
ジャコモ・プッチーニ作曲《マノン・レスコー》〜間奏曲
映画『ロメオとジュリエット』ニーノ・ロータ作曲「愛のテーマ」
映画『ニュー・シネマ・パラダイス』エンニオ・モリコーネ作曲「愛のテーマ」
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