6月特集「夏至」

メンデルスゾーン、ブリテン、ドビュッシーが描いたシェイクスピア『夏の夜の夢』――夏至祭前夜の狂乱

読みもの
2019.06.11

シェイクスピアの『夏の夜の夢』は、真夏ではなく、夏至前のストーリーだと知っていましたか? メンデルスゾーン、ブリテンをはじめ、さまざまな作曲家が題材として取り上げている『夏の夜の夢』は、ネタの宝庫。
1分でわかる!? シェイクスピアの世界を、飯尾洋一さんが徒然ご案内。

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メインビジュアル:サー・ジョゼフ・ノエル・ペイトン《ティターニアとオーベロンの和解》(1847年、スコットランド国立美術館 )
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者
飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

夏至祭前夜の狂気が見せる夢

シェイクスピアの『夏の夜の夢』は、音楽界でも大人気の作品だ。これを題材とした楽曲はたくさんあるが、なかでも有名なのは、メンデルスゾーンの劇音楽《夏の夜の夢》、次いでブリテンのオペラ《夏の夜の夢》あたりだろうか。

そして、『夏の夜の夢』は語るべきことの多い作品でもある。

邦題からしてそうだ。以前はシェイクスピアの原作もメンデルスゾーンの劇音楽も、「真夏の夜の夢」と呼ばれていた。原題はA Midsummer Night’s Dream。ここでのMidsummerは夏至を指しているので、たしかにこれは真夏ではない。なにせ私たちは「真夏の夜」と言われると、寝苦しい熱帯夜しか連想できないわけで、そんな夜に耳元にプ~ンと飛んでくる蚊の羽音を聞きながら、うなされて悪夢を見る様子が目に浮かんでしまう。シェイクスピアがそんな寝苦しい夜を想定していたはずがない。

『新訳 夏の夜の夢』(シェイクスピア著/河合祥一郎訳/角川文庫)の訳者あとがきによれば、ここでMidsummerが意味するのは、暑さではなく、狂気。夏至祭前夜から人々は焚火を囲んで踊り、酒を飲んで羽目を外したという。そんな夏至祭の狂気が物語に反映されている。おまけに、原作中の設定では夏至どころか、五月祭の前夜、すなわち4月末日の出来事ということになっている。

どう考えても「真夏」に勝ち目はない。ただ唯一、「真夏の夜の夢」が勝っているのは、語呂のよさ。これが案外捨ておけない気もする。

シュニトケが作曲したパロディ的な楽曲に (K)ein Sommernachtstraum がある。ドイツで「夏の夜の夢」という題なのだが、不定冠詞einにカッコつきのKを添えて、Keinと否定するといった曲名になっている。日本語に訳すなら、「非夏の夜の夢」が語呂もよく、ぴったりだと思う。いかにも宮廷風の擬古的な曲想をギシギシと歪ませた音楽に、まったくシェイクスピア的な雰囲気はないが、本来原作に含まれるクレイジーなテイストが現代的手法で再現されたとも解釈できる。

3つの集団のストーリーが同時進行するハチャメチャ劇

ところで、「夏の夜の夢」になんらかの形で接したことのある方であっても、じゃあ、あらすじを教えてくれと言われると、言葉に詰まる方が多いのではないだろうか。話の筋はややこしい。しかも、あちこちで意味のわからないジョークを飛ばされているような疎外感を覚える。2016年に兵庫県立芸術文化センターで、ブリテンのオペラ《夏の夜の夢》が佐渡裕指揮で上演された際、ようやくこのオペラを観ることができると喜び勇んで出かけたものの、実際に舞台に接すると改めてわかりづらさを感じた。

といっても、物語そのものは他愛がない。話がややこしいのは3つの集団のストーリーが並行しているからであって、それぞれで起きていることはシンプルだ。
ひとつは妖精の世界の出来事。オベロンとティターニアの仲たがいだ。もうひとつは人間界のラブストーリー。これが三角関係ならぬ四角関係で、いたずら好きの妖精パックが惚れ薬を使ったことから、大騒動が起きる。そして、もうひとつは素っ頓狂な職人たちによる演劇の練習。このパートはドリフのコントみたいなものか(たとえが古くてゴメン!)。

3つの集団が右往左往して、最後はめでたく結婚式が執り行なわれる。この場面にメンデルスゾーンが付けた音楽が、あの晴れやかな「結婚行進曲」。だれもが知る名曲というか、現代でもなお結婚式で実用されている稀有な名曲だ。

そうそう、もうひとつ大事な曲を思い出した。ドビュッシーの前奏曲集第1巻だ。この曲集の第11曲が「パックの踊り」。こんなところにも「夏の夜の夢」が登場する。曲として親しまれているという点では、ブリテンのオペラをしのぐ。

このパックなる人物(原作ではロビンとも名乗る)、いや妖精がどんな姿をしているのか、大いに気になるところではないだろうか。そもそも彼は何者なのか。私は前述の『新訳 夏の夜の夢』の訳注を読んで初めて知ったのだが、パックとは固有名詞ではなく、古英語pucaに由来した「いたずら妖精」という意味の普通名詞なのだとか。すなわちこれはゴブリン、またはホブゴブリンを指すのだという。なんだ、ゴブリン(ホブゴブリン)ならわかるぞ。ファンタジーやゲーム関連の文化になじんでいる方なら、姿が想像できるだろう。
なんとなく愛嬌のあるいたずら者だと思っていたパックのイメージが、一気に凶悪化したのであった。

ヨハン・ハインリヒ・フュースリー(1741~1825)によるパック
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