盗撮・盗録と著作権 AIの進化で著作権法は今後どうなる?
YouTube、SNS、ブログなどで自由に表現ができるようになった昨今。それに伴い、著作権への関心も高まっています。本連載では、インターネットと音楽についての著作権や関連する法律についての初心者向けの基礎知識を、アート関連のリーガルスペシャリストが集まった骨董通り法律事務所の弁護士・橋本阿友子さんに教えていただきます。
今回は、アーティストを悩ませる盗撮・盗録の巧妙化、AIの進化によって今後出てくる著作権上の問題について、お話しいただきました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
盗撮とアーティストの「受忍限度」
――ネット上の音楽関連の問題としては、盗撮と盗録も、見逃せないことになっていますね。
橋本 まず盗撮について、撮影については肖像権が問題になりますが、演奏家は公に出ることを前提に舞台に立っているので、演奏している姿を撮影されたことが、果たして肖像権侵害になるのかは、ケースバイケースではないかと思います。この肖像権については、「人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるか」という基準で、違法な撮影・公表か否かが判断されています。
たとえば、公共の場で撮られたものではなくて、カーテンの隙間からみえる自宅内の様子を撮影されたら、それはさすがに社会生活上受忍の限度を超えるといえそうですよね。
そのような場面では、肖像権で守られるというような考え方をします。
では、どのような場合に「受忍限度」を超えるのか。アーティストは、自分でチラシにも顔を出しているわけだし、演奏の姿は公に見せているわけだから、演奏に関連する場所での撮影については、受忍限度を超えると直ちに言い難い場面もあるように思います。
もっとも、音楽ホールでの演奏については、ホール側が演奏中の撮影を禁止している場合が多いと思います。ホール所有者・管理者には施設管理権といって、たとえば施設内での迷惑行為を禁じたり、特定人物の入場を禁止することができる権利がある。明確に撮影禁止を示しているホール内で撮影した人には、出入り禁止にできる場合もありますし、肖像権を侵害するともいえる可能性もあがりそうです。撮影意図を秘して撮影禁止のホールに入った行為が、刑法上の住居侵入罪にあたると評価されるかもしれません。さらに写真をSNSにどんどん上げていくようなケースに対しては、肖像権侵害による差止めなどもあり得ると思います。
――最近はプロのオーケストラのコンサートでも、最後のアンコールの曲だけ、皆さんスマホで撮ってどうぞSNSにあげてくださいというふうに変わってきているじゃないですか。要するに、主催者が許諾しているかどうかが大事なのですね。
盗録をYouTubeにアップするのは違法
橋本 許諾なく演奏を録音する行為は、原則として著作権侵害です。演奏家は、著作権ではなくて「著作隣接権」というものを持っています。
著作権は、作曲家やイラストレーターといった、著作物を創る人の権利です。いっぽう、演奏家やレコード会社、放送事業者は、著作物を伝える人です。ものを創っただけでは広まらなくて、それを伝えていく人も必要なので、その伝える人も権利を持っている。それが、著作権よりは範囲の狭い「著作隣接権」です。
したがって、演奏が勝手に録音、録画されたら、それは著作隣接権侵害です。録音、録画しないでください、などと入口に書かなくても、法律上の権利なので、録音、録画は禁止できます。
――とくに禁止しなくても、一発でアウトなんですね。
橋本 はい。許諾がない限り、やってはいけません。でも、勝手に録音されることってありますよね。
――勝手に録音したものを公表しないで、自分だけで楽しむのもダメですか。
橋本 本当に自分だけで楽しむのだったら、私的複製でOKになる場合もありますが、ネットにアップするのはアウト。アップした時点で私的な複製ではなくなります。
――仲間うちでコピーして回すのは?
橋本 家族だったらいいですが、同居の家族を超えて複数の人にまわすと、私的とはいえなくなってくると思います。
――ネットがなかった時代は、よく盗録は海賊盤としてクラシックの世界でも出回っていましたし、今でもたぶん無許可で、スマホなどで簡単に動画も撮れてしまうじゃないですか。
世界中でそういうことが起きていますよね。だから、レコード会社にしてもアーティストにしても腹に据えかねているでしょうけれど、YouTubeでいくらでも見られます。ああいうものは、違法性が極めて高いわけですか?
橋本 高いと思いますね。勝手に動画や音声を録ってSNSにアップするのは、通常著作権侵害になると思います。
じゃあ、私的だったらいいのかということですが、ふつう、ホールは録音録画を禁止していますよね。だから、「施設管理権」の違反になりそうですね。
いずれにしても、YouTube にアップするのは、私的でも複製でもないから、違法ですね。ただ、YouTubeは違法な動画に対して事後的に許諾を与えるような形で、権利者が収益化する仕組みもあります。
――もし自分がアーティストだったとして、自分のライブをこっそり撮ったものをYouTube にアップしている人がいたら、それに対してどのように対処したらいいのでしょうか?
橋本 YouTubeの場合は、削除申請という形でしょうね。それでYouTube側が、違法だと判れば削除する。ただ、本当にアーティスト本人が請求しているかどうか、代理人がいるかどうかを確認されるので、代理人として行なうこともあります。FacebookもXもたぶん同様だと思います。
アイデアは盗み放題?パクリとAIについて
――最近、料理系の動画で、このレシピはパクリじゃないかなと思うことが結構あります。あるアイデアマンの人が、料理のコツはこれだ、というようなことを言うと、たちまち他のYouTuberにパクられていくように感じます。
もしかしたらそのアイデアマンの人も、最初に思いついたわけではないのかもしれませんが。
これは音楽にも同じようなことがあると思っていて、演奏でも作曲でも評論でもそうなのですが、誰かが何かすごく素敵なアイデアを実践すると、たちまちパクられるということが、今ネットの世界ではすごく多いと思います。
でも、アイデアやレシピには著作権はないですよね。
橋本 そうですね。 レシピを記した文章自体にその人の個性のようなものがあったら、それは言語の著作権として守られることはありますし、レシピが動画になっていたら、こちらも著作物として保護されるかもしれませんが、レシピそのものはアイデアであり、著作権はないと考えています。
レシピを真似されないためには、秘密としておいたり、あるいは商品化の際にキャッチーなネーミングにして、商標で守るという手が使えるかもしれません。
たとえば「うどんすき」は商標登録がされているのは有名な話ですが、名前でブランド力を保護するというのはありますね。
――つまり無形のアイデアは著作権法では保護されないと……。あくまで言葉なり何らかの有形の成果物でないとダメということですね。
橋本 具体的な表現になっていないと、保護されないということです。
――最近は、AIを使ってできたものが誰の著作物かということが、すごく問題になっているじゃないですか。
たとえばChatGPTは、いろいろなところからネタを掴んできて、それをもっともらしく文章で生成する装置ですけれど、それは美術系や音楽系のAIでもどんどん進化していて、今後はパクリがどんどん巧妙かつ簡単になっていきますよね。
橋本 これはほんとうに今、世界中で議論がある問題です。日本は情報解析目的での学習に関しては、著作権法上クリアしやすい。とはいえ、AIで生成されたものが誰かの著作物と似ている場合には、著作権侵害になると考えています。
AIを使って作ったものについて、誰が著作権を持つのかといったことも議論されていますね。
イギリスは、コンピュータにより生成された著作物に著作物性が認められていますし、AIが作った曲について、曲を録音したプロデューサーが録音権を持っているなど、興味深いですね。
――ある音楽系YouTuberが、AIにビートルズの新曲を作らせて、それを再生して試聴する動画をやっていました。ほとんどが全然ダメな曲なのですが、1曲だけかなりいい曲ができていたのです。その曲の権利はいったい誰が持つのか。たぶん今後、もっとそういう問題が出てきますよね。
橋本 そうですね。どの程度、人が、創作的な表現に関与したか、という枠組みで、AIに曲を作らせた人が著作権をもつのかどうかが判断される、と思います。
――文章でもそういう問題はすぐに出てくると思います。
橋本 私は、AIに関しては、世界と標準を合わせるというよりは、日本が率先してルールメーキングをして、それを世界に広めるということをやった方がいいと思っていました。
我々の想像をはるかに超える何かが出てきたときに、瞬時にまたルールメークできるように、柔軟な考え方をしておくことが、国際社会における日本のスタンスとして重要ではないかと考えています。
AI時代に残る職業とは
――AIが優秀になると、将来は、過去の判例を瞬時のうちに調べ上げるような、弁護士や裁判官の仕事をAIがやるようになってしまうのでしょうか。
橋本 法律が変わらない限りは、我々の仕事の一部は残るはずですが、代替される業務ももちろんたくさん出てくるでしょうね。
でも、それはほぼすべての職業の人に言える話だと思う。AIが作った曲やAIの解釈によるAIの演奏に人が感動すれば、AIがやってもいいわけで、そこは人の価値観がどう変わるのか、変わらないのか次第だと思います。
――ChatGPTに法律のことを聞いてみると、いかにももっともらしい答えが返ってきますが、それを信じ切ると危ないですよね。
橋本 少なくとも現時点では、それを検証する何かが必要ではないでしょうか。機械は確かにすごく早く回答を出してくれますが、それが正しいかどうかの確証はないのが今の状況かと。そして最後にそれを検証するのは結局人間ですから。
――我々が弁護士に何か相談したいと思うとき、なぜ弁護士を信頼するかというと、やはり人間としての心を持っていることを期待しているからだと思うのです。それは裁判官に対しても同じで、AIにはない肌感覚や感情を持った人が味方になってくれないと困りますよね。
橋本 人間がAIに判断されることを納得するかどうかがポイントだと思います。人間が下した判断だからみんなが納得するのか、AIが下した判断にも(あるいは、AIが下した判断だから)納得するのか。
――AIが弁護士にとって変わるというよりは、AIを上手に使いこなす弁護士が、これからは主流になっていく、という風になるのかもしれないですね。
橋本 すでにそうなっているかもしれませんね。
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