バッハの「平均律クラヴィーア曲集」ライヴ盤

キース・ジャレット「平均律クラヴィーア曲集」、スタジオ盤と聴き比べ

読みもの
2019.06.27

即興を録音した「ザ・ケルン・コンサート」(1975年)など、名演を数多く残しているピアニスト、キース・ジャレット。ジャズはもちろん、クラシックでも名盤を残していますが、そのうちのひとつがバッハの「平均律クラヴィーア曲集」です。1987年3月のライヴ盤リリースにあたり、これまで親しまれてきたスタジオ盤とライヴ盤を、飯田有抄さんがご紹介!

ナビゲーター
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
飯田有抄
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飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

ライヴ盤「平均律クラヴィーア曲集」の登場!

今回リリースされたキース・ジャレットによる平均律クラヴィーア曲集第1巻のアルバムは、1987年3月にニューヨークのトロイ貯蓄銀行音楽ホールでのライヴを収録したもの。実はその1ヶ月前に、彼は自身初のバッハ録音となった同作品をスタジオ録音しています。このスタジオ録音のアルバムこそが、ロング・セラーを続けるキースの“平均律”なので、そちらを愛聴してきたリスナーにとって、ライヴ録音との刺激的な出会いが叶い、そして両者の聴き比べも楽しめるようになりました。

スタジオ盤(1987年2月)

ところで「平均律クラヴィーア曲集」は、それがどういう曲集なのかをムシして語ることなどできない、鍵盤音楽史上とても重要な作品です。まず「平均律」という言葉がナゾだ、という読者もおられるでしょう。なので、曲集そのものについては、また別稿で解説します。

スタジオ録音盤とライヴ盤、両者を聴く喜び

キース・ジャレットによる「平均律クラヴィーア曲集」のスタジオ録音盤とライヴ盤は、録音の質感がまるで違い、まずこの点がとても面白いです。

スタジオ録音盤は、とても温かみのある音質で、親密な空間の中で、比較的ピアノの近くで演奏を聴いているような感じ。ピアノの響きが深く太い印象です。

一方で、ライヴ盤は、ピアノから少し遠いところで聴くような感じ。楽器の音色も、太いというよりは、透明感のある華奢な美しさが感じられます。しかし、こうした音質的な差というのは、聴き進めていくうちに、演奏の内容の方がより重要になってくるので、面白さとしては序の口に過ぎません。

さて、スタジオ盤とライヴ盤のどちらが自分の好みか。これはあくまで個人的な感想の域を出るものではないですが、個人的にはぜひともこのライヴ盤、聴いていただきたい! あえて一言でいいましょう。グルーヴ感がすごいです!

ライヴ盤(1987年3月)

第1巻第3番嬰ハ長調「フーガ」

たとえば、わたくしの大好きな、第1巻第3番嬰ハ長調の「フーガ」。楽譜で見ると、調合にシャープが7つも付いてしまうという、黒鍵を多用した作品なのですが、シャープ系の音楽の明るさ、素早い16分音符よりもむしろ8分音符の弾むような音型に表れる快活さを、キースはかなりノリノリで表現しています。

そして、何と言っても3声部をごく自然に操っていること! 3つの声部がかなりクリアに独立しながら、重唱のようにスリリングに突き進み、グルーヴ感たっぷりに盛り上がっていきます。まさに、ライヴ感あふれるヴィヴィッドな演奏! 彼の即興演奏による名盤「ケルン・コンサート」などをこよなく愛するリスナーにとっては、「キースがバッハを弾くなら、こうこなくっちゃ!」と膝を打ちたくなるような、そんな音楽の喜びにあふれているのです。

第1巻3番嬰ハ長調「フーガ」の冒頭部分

第4番嬰ハ短調「フーガ」

では、より深刻な表情を湛えた第4番嬰ハ短調のフーガはどうでしょうか。この曲はもっともテクスチュアが混みいったところでは、なんと5声部のフーガとなります。冒頭のバスが提示する「ド♯-シ♯-ミ-レ♯」という音型は、楽譜上で倒れた十字架のように見え、非常に内省的な音楽です。

第1巻4番嬰ハ短調 フーガの冒頭部分

ライヴ盤でキースは、極めて抒情的に、しかし様式美を崩すようなことなく、ピアノらしい表現で丹念に紡いでいます。細部への即興的な反応、音色の豊かな変化は、やはりライヴ盤に軍配があがります。

しかし、スタジオ録音盤は、ピアノの深い音色が強調されています。それが、このフーガの演奏においては、非常に大きな効果となって現れます。

楽譜で73小節目、バスの最低音で「ド♯-シ♯-ミ-レ♯」の主要主題が奏でられますが、スタジオ録音盤ではまるでオルガンの足鍵盤で弾かれる地響きのような音で、深く鳴り響きます。

第1巻4番嬰ハ短調 フーガ バスの最低音(74小節目)

第1巻だけで48トラックもある「平均律クラヴィーア曲集」。2バージョンを丹念に聴き比べていくのはかなり楽しい作業ですが、当然時間も必要です。
眠れない夜や、何かに心を集中したい時など、ぜひじっくりと向き合ってほしいアルバムです。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻(1987年ライヴ)

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻(1987年スタジオ)

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