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2024.12.28
「林田直樹の今月のおすすめアルバム」

【林田直樹の今月のおすすめアルバム】ピアノデュオの既成概念をくつがえす、坂本姉妹の驚異のアンサンブル

林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、実力派ピアノ・デュオ坂本彩、坂本リサ姉妹のデビュー・アルバム、樫本大進とエリック・ル・サージュの最新盤、「ステージプラス」からグリゴリー・ソコロフのツアー映像が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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Recommend 1

ピアノ・デュオの既成概念をくつがえす、坂本姉妹のデビュー盤

「Duettist」

坂本 彩 坂本リサ(ピアノデュオ)

収録曲
ラヴェル:マ・メール・ロワ ☆
フォーレ:組曲「ドリー」作品56 ☆
サン=サーンス:ベートーヴェンの主題による変奏曲 作品35 ★
レーガー:ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ 作品86 ★
☆四手連弾のための作品
★二台ピアノのための作品

[フォンテック FOCD-9909]

ピアノ・デュオの既成概念をくつがえすほど魅力的な実力派の登場である。

坂本彩、坂本リサの姉妹は、第70回ARDミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ・デュオ部門において、日本人として初めて第3位入賞および聴衆賞・特別賞を受賞したほか、数々のコンクールで優勝するなどの実績を重ねてきた。

そのデビュー・アルバムは、繰り返し何度も聴きたくなるほど、味わい深い内容となっている。ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」やフォーレの組曲「ドリー」での、詩的な音のきらめきと響きの透明感も素晴らしいが、後半に配置されたサン=サーンス「ベートーヴェンの主題による変奏曲op.35」とレーガー「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガop.86」における、複雑壮大な構成美にはさらに驚かされた。

ピアノ・デュオがピアノ・ソロを超えられることがあるとすれば、多層的で精緻な音の綾を編み出すことで、音楽をよりシンフォニックに展開できることだが、坂本姉妹の演奏は、とりわけ後期ロマン派の果てにあるようなレーガー作品の爛熟した厚みある響きを、明晰かつ自然に伝えてくれる。

ピアノ・デュオのための知られざる名作はまだ無数にある。華やかなスター性を持つ坂本姉妹は、今後このジャンルの奥深さをより多くの人に伝えてくれるに違いない。

Recommend 2

室内楽の最前線で活躍する樫本とル・サージュの最新録音

「ショーソン:コンセール、ヴィエルヌ:ピアノ五重奏曲」

樫本大進(ヴァイオリン)、エリック・ル・サージュ(ピアノ)、シューマン四重奏団、ナタリア・ロメイコ(ヴァイオリン)、ユーリ・ジスリン(ヴィオラ)、クラウディオ・ボルケス(チェロ)

収録曲
エルネスト・ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲(コンセール) ニ長調 作品21
ルイ・ヴィエルヌ:ピアノ五重奏曲 作品42

[ソニーミュージック SICC-30905]

ヴァイオリニストの樫本大進はベルリン・フィルの第1コンサートマスターとして長年活動する一方で、とくに室内楽の分野においても大きな実績を積んできた。

ソニークラシカルへの17年ぶりの録音となる本作は、盟友のピアニスト、エリック・ル・サージュやシューマン四重奏団など、樫本がいかに多くの室内楽仲間たちに恵まれ、こうした友人たちと音楽を探求しているかが立証されたものとなっている。

ショーソンの「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール」はベル・エポック期におけるフランス近代室内楽の最高傑作のひとつ。この香り高い作品を、樫本らのアンサンブルは、淡くソフトな面だけでない、ある種の強烈さをもって訴えかけてくる。その雰囲気は、続くヴィエルヌの「ピアノ五重奏曲」では痛みとうねりの感覚にまで高められる。

ヴィエルヌはショーソンと同じくセザール・フランク門下の作曲家で、優れたオルガニストでもあった。その美しい作品群はもっと注目されてよい。この曲は第1次世界大戦で戦死した息子への思いがこめられており、残酷な運命に対する悲しみと怒りの感情は、聴き手の心を強く揺さぶらずにはおかない。

録音も優秀で、弦の音が生々しく伝わってくるのもこのアルバムの大きな魅力だ。

Recommend 3

「ステージプラス」で幻の巨匠のライブを味わう

「スペイン・ツアーのソコロフ~パーセル&モーツァルト」

歴史と伝統あるクラシック音楽レーベル、ドイツ・グラモフォンによる映像と音楽の配信サービス「ステージプラス」は、無料コンテンツも充実している。

なかでも注目されるのが、1950年生まれのロシアのピアニスト、グリゴリー・ソコロフが2023年にスペインでおこなった2つのリサイタル(サン・セバスティアンのクルサール公会堂とサンタンデールのパラシオ・デ・フェスティバレス)からの全編映像である。

パーセルやラモーといったバロック音楽が、チェンバロではなく現代のピアノで、くっきりとした粒立ちのトリル、力強い打鍵の響きによって、濃厚な音楽へと昇華されているのは興味深い。これは一種のロマンティックな世界への翻訳ともいえる。

それにしても、何という質の高い静寂と、滴るような悲しみだろう。

続くモーツァルトの「ピアノ・ソナタ第13番K.333」は、現代のなじみ深い世界に戻ってきたような安堵感があるのも面白い。これもたっぷりとした時間感覚のロマンティックな響きが至福の時間を与えてくれる。

おそらく来日公演がもっとも難しいとされる幻の巨匠のライブだけに、こうした演奏の淡々としたステージでの様子や会場の雰囲気が味わえるのはありがたい。CDでもリリースされているが、映像で観察することのできるソコロフのピアノ演奏はかけがえがない。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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