音楽ことばトリビア ~イタリア語編~ Vol.5

私にできるのは粗探しがせいぜいです

読みもの
2018.04.30
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター
井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター
学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

Io non sono che un critico

イオ・ノン・ソーノ・ケ・ウン・クリティコ

私にできるのは粗探しがせいぜいです

シェイクスピアの『オセロー』を原作にしたジュゼッペ・ヴェルディのオペラ《オテッロ》。原作の第1幕にあたるヴェネツィアの場をカットして、すべてのストーリーがキプロス島で展開します。オペラの第1幕は、トルコとの戦いに勝ったオテッロの乗ったヴェネツィア軍の船が、嵐に翻弄されながらもキプロス島の港にやっと着き、降りてきた司令官オテッロが待っていた人々に「喜べ!」と叫ぶところから始まります。オテッロ役のテノール歌手の輝かしい声が聴きどころの名場面です。

オテッロと、彼をそこで出迎えた最愛の妻デズデーモナが館に姿を消すと、人々は戦いに勝った祝杯をあげ始めます。オテッロを破滅させるための策を練っている旗手ヤーゴは、まずは副官カッシオを陥れるために、酒に弱いカッシオを酔い潰す策略をめぐらせるのです。

イギリスの画家トーマス・ストサード(1755 – 1834)作「オセロー2幕2場より オセロ―の帰還」。英雄の帰還に喜ぶ妻や民衆に混ざって、苦々しげにオテッロを睨むヤーゴ(右端)。

ヤーゴは、戦いに勝ったお祝いだけではなく、婚礼をあげたばかりのオテッロとデズデーモナのためにも乾杯しようとカッシオを誘います。それならばとカッシオはヤーゴに、美しいデズデーモナを讃える歌を歌うよう促します。「Tu, Jago, canterai le sue lodi さあ、ヤーゴ、彼女を讃える歌を歌いたまえ」ところがヤーゴは「いえいえ、私にできるのは人の粗探しがせいぜいです」とその申し出を断ります。

イタリア語の意味としては、「Io私は、non sono che 〜以外ではない、 un criticoひとりの批評家」、直訳は「私は批評家でしかありません」です。〈che〉という接続詞には色々な用法がありますが、この場合は、non…che〜 で「〜より他に…ではない」という意味になります。

ちなみにロマンチックな使用例としては、「Non ho che te ノノ・ケ・テ」、Non ho〜を持っていない、che〜以外は、te君、つまり「僕には君しかいないんだ」、女性なら「私にはあなたしかいないの」などもあります。

標題のセリフはヤーゴの性格をよく表していますが、実はこれはシェイクスピアの原作にほぼそのまま出てくる言葉。英語だと 「For I am nothing if not critical.」(筑摩eブックスの松岡和子訳『オセロー』では「口の悪さだけが私の取り柄なんですから」)。ただし場面としてはオペラとは異なり、オテッロがまだキプロス島に到着する前に、ヤーゴとデズデーモナ、そしてヤーゴの妻エミリアの3人がおしゃべりをしているときに使われています。

注)シェイクスピアの原作『オセロー』の人物名日本語訳表記(松岡和子訳)は Othello オセロー、Iago イアゴー、Desdemona デズデモーナ、Emilia エミリアとなっています。また、オペラにおける表題役の「オテッロ」は「オテロ」表記が一般的ですが、ここではよりイタリア語の発音に近い「オテッロ」を採用しました。

オペラ《オテッロ》の台本を書いたアッリーゴ・ボーイトは当代随一の文人であり、作曲家でもありました。先に書いたように、原作の第1幕をばっさりカットする大胆さの一方で、作品の本質を表す名句は効果的な形でしっかりオペラの中に取り入れる。この見事な台本ゆえに、ヴェルディも天才を存分に発揮して、あのようなすばらしい音楽を書くことができたのでしょう。

「ヤーゴに扮するヴィクトル・モレル」
《オテッロ》初演時のヤーゴ役で、フランス人ながらヴェルディから信頼を得ていたバリトン歌手、ヴィクトル・モレル。
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