読みもの
2018.05.21
音楽ことばトリビア ~イタリア語編~ Vol.8

愛は君に愛さないことを禁じる

クラシック音楽と語学は切っても切り離せないもの。「音楽ことばトリビア」は各国語に精通したナビゲーターの皆さんが、その国の音楽とことばをテーマに綴る学べるエッセイです。

イタリア語編ナビゲーターは、20年間イタリア・ミラノに拠点を置いていたオペラ・キュレーターの井内美香さん。第7回はジョルダーノの《フェドーラ》から。

井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

イラスト:本間ちひろ

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

amor ti vieta di non amar

アモール・ティ・ヴィエータ・ディ・ノン・アマール

愛は君に愛さないことを禁じる

イタリアが「アモーレ(愛)、カンターレ(歌)、マンジャーレ(食)の国」だというのは、日本の観光業界が作り出した宣伝文句だそうですが、ウンベルト・ジョルダーノ作曲のオペラ《フェドーラ》のアリア「愛は君に愛さないことを禁じる(邦題:愛さずにはいられぬこの想い)」を聴くとつい、情熱的にかき口説く典型的なイタリア男をイメージしてしまいます。

ジョルダーノ(1867-1948)は南イタリアのフォッジャ(プーリア州)に生まれ、ナポリの音楽院で作曲を学びました。フランス革命の時代に生きた悲劇の詩人を描いたオペラ《アンドレア・シェニエ》がもっともよく知られています。

《フェドーラ》は実はイタリアのお話ではありません。19世紀末のサンクトペテルブルクとパリとスイスの山荘を舞台に繰り広げられるロシア貴族たちの愛と陰謀の物語で、フランスの劇作家サルドゥの戯曲が原作です。かつて妻の浮気相手である大尉を正当防衛で殺してしまったロリス・イパノフ伯爵が、大尉の婚約者だったロシア皇女フェドーラを、そうとは知らないで愛してしまったことから悲劇が起こります。

左:ウンベルト・ジョルダーノ(1867-1948)
上:1899年 パドヴァ・ヴェルディ劇場で上演された《フェドーラ》のポスター

このアリアは、パリにあるフェドーラの邸宅での夜会で、彼女の美しさに魅せられたロリスが激しく愛を告白する1曲。イタリア語は「amor 愛は、ti 君に、vieta 禁じる、di non amar 愛さないことを」となります。
愛が愛さないことを禁じるとは、言葉遊びのようですけれど、覚えやすい口説き文句ではないでしょうか。

「愛は君に愛さないことを禁じる。僕を拒む君の柔らかな手は、僕の手に強く握られることを求めている。たとえ君の唇が『あなたを愛することはないでしょう』と言っても、君の瞳は伝えている。『あなたを愛している』と」

南イタリア出身のジョルダーノの音楽は情熱的なメロディに特徴がありました。ミラノ・スカラ座で初演された《アンドレア・シェニエ》が大成功した1896年にジョルダーノは、スカラ座の近くにあるヴェルディが常宿にしていたグラン・ホテル・エ・ドゥ・ミランの令嬢オルガ・スパッツと結婚しています。その二年後に発表されたのがこのオペラ《フェドーラ》でした。初演の時には若きエンリコ・カルーゾーがロリス役を歌い、このアリアの後には拍手が鳴り止まずアンコールされたそうです。オペラの中のフェドーラとロリスの恋は悲劇に終わってしまいましたが、ジョルダーノは作曲家として大きな名声を得て、オルガと幸せな結婚生活を送りました。

初演でロリス役を歌ったナポリ生まれの伝説的なスター歌手 エンリコ・カルーゾー(1873-1921)。写真は当たり役だったヴェルディの《リゴレット》のマントヴァ侯爵の衣裳を着たブロマイド。
初演でタイトルロールのフェドーラ役を歌ったジェンマ・ベッリンチョーニ。写真はこちらも初演を歌ったマスカンニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》のサントゥッツァの衣裳を着たブロマイド。
井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ