読みもの
2022.02.27
教育音楽アーカイブ

作者が語る合唱版『旅立ちの日に』制作秘話

月刊誌『教育音楽』の付録楽譜に掲載され早30年。今なお愛され、歌われ続ける合唱版『旅立ちの日に』は、一体どのように生まれたのか。作曲者・高橋浩美先生と編曲者・松井孝夫先生のお二人に合唱版『旅立ちの日に』制作秘話を伺いました。

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全国の音楽の先生に役立つ誌面をつくるため、個性あふれる先生、魅力的な授業、ステキな部活……音楽教育の現場を日々取材しています。〔音楽指導ブック〕〔教育音楽ハンドブック...

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偶然の出会いから発展

高橋浩美 音楽之友社で毎年行われている「中学校公開授業研究会」で、松井先生の『マイ バラード』が新曲で発表されたときに私も受講していました。そのとき偶然隣の席に座っていたのが松井先生の奥様だったんです! その出会いにもう大変驚きました。

松井孝夫 その後の休み時間にお話させていただきましたね。

高橋 私もその当時歌をつくりたいなという思いがあり、松井先生のご自宅も熊谷でお近くなので、いつかご一緒できたらいいですねとお話をさせていただきました。それがご縁で、歌ができて先生にご連絡をしてご自宅まで伺ったんですよね。

松井 秩父鉄道に乗って、チーズケーキを手作りして持ってきてくださったんですよね(笑)。

高橋 恥ずかしいですね(笑)。桜がきれいな時期に先生のご自宅に伺って、曲を聴いていただきました。で、曲がすてきだからぜひ混声3部にしようとおっしゃっていただいて……。

松井 浩美さんがピアノで弾き歌いを録音したカセットテープを持ってきてくれて聴いたのですが、本当にすごくピュアな音楽で……。すてきなメロディーで歌詞もシンプルで分かりやすい。こういう曲を待っていたんだという気持ちが沸き起こりましたね。

合唱版完成までの道のり

高橋 それからなかなかお会いできなかったので、電話でのやりとりを。当時の電話はコードレスで受話器が大きかったのですが、それを肩と耳に挟みながら先生と「男声のここがちょっと高いかな~」など相談しながらやりとりをしたのを鮮明に覚えています。

松井 そうでしたね。浩美さんが曲をつくったのは、このときがほぼ初めてに近かったんですよね?

高橋 そうです。学級歌はありましたが……。

松井 なので、あまり手を加えてはいけないと思ったので、サジェスチョンという感じで、速度記号とか、強弱記号とか、アーティキュレーションとか入れるといいですよなど私が加筆というよりも、アドバイスをしながら進めていきましたね。

高橋 当時は楽譜の書き方もよく分からず、とにかくメロディーを忘れないように……と書いたものだったので1番・2番も分けずに続けて書いていました。

松井 それを私が楽譜を1番・2番とまとめるために、言葉が合わない箇所は「こうするといいですよ」ということもアドバイスをさせていただきましたね。1箇所私が歌詞を変えた部分があるんです。原詩では「限りない青い」だったんですけれども、「い」が続いてしまうので、「限りなく青い」の方がいいのではと提案させていただきました。あと、合唱に編曲する際に気を配った点は、当時からクラス合唱の王道であったユニゾンで始まり、途中から男声と女声の2部に分かれて、盛り上がるところで3部という……。でも、それが自然につくれる構成・構造だったんです。なので、子どもたちが気持ちよく歌えるようにということを意識しました。確か、1学期の終わりには完成したと思います。変に時間を掛けてこねくり回すのではなく、できるべくしてできた曲だと思っています。

高橋 松井先生から合唱の完成版の楽譜をいただいたときに手紙も一緒に添えられていたのですが、今でも大切にとってあります。その手紙には、「多くの人に歌ってもらえるといいですね」とあって……。先生が合唱版に編曲してくださっただけでも感激なのに、本当に思いつきのようにつくったものが形になり……松井先生に感謝です。

松井 合唱版ができてすぐの文化祭で初演されましたね。私も伺わせていただきました。

高橋 11月に文化祭があって、3年生の選択音楽の生徒たちが初演ということで、古い体育館で歌いました。生徒もとても意欲的に取り組んでくれ、ハーモニーも素晴らしかったです。

松井 そうでしたね。

高橋 なんと、そのとき歌っていた男の子が教員になって! 同僚として一緒に働いていたのです。また、歌を贈った学年の女の子の一人も事務職としてうちの学校で働いていて……。こうした縁が続いているというのも、とてもうれしく思っています。

『教育音楽』中学・高校版1992年1月号の付録楽譜に初めて『旅立ちの日に』が掲載された。

今、改めて思う 『旅立ちの日に』

松井 私が一番好きな部分は、サビでソプラノとアルトの両者が拮抗して歌い合うところ。私が中学校の現場にいたときは、ここで感極まってしまう生徒たちに学年主任の先生が「涙が流れても拭くな! 涙が流れるままに歌うんだ!」と言っていました。音楽科以外の先生も、この曲では指導に思いがこもる。まさに「みんなでつくる曲」という感じですよね。この曲を小学校でも歌い、中学校でも歌うという子も多いでしょう。でも全然飽きずに、中学校では中学生なりの良さを生かして歌う。何度歌ってもいい曲なんですよね。作曲の浩美さんも作詞の小嶋先生もおっしゃっていたことで、私自身も思うのは、やっぱり最初の「心を込めて」がこの曲の全てを語っているということ。これまでの学校生活で一緒に重ねてきた思い出を振り返りながら誰か感謝する人を思って歌ってほしい。皆さん一人一人の気持ちを歌に反映してほしいですね。

高橋 子どもたちに「ありがとう」という感謝の気持ちを伝えたい、というのがこの曲の原点です。そんな「ありがとう」の思いがすごくあったからこそ、あっという間に作曲できたのだと思います。そんな思いが、曲中に散りばめられています。なので、歌う人自身が「『ありがとう』を伝えたい人」を思って歌ってもらえたらうれしいです。私は実際に指導するときに「自分がなぜそういう気持ちになったのかも考えて、歌に乗せて伝えることができたら“本物”の歌だね」という話をします。指導される先生ご自身も子どもたちとそれまで過ごした時間……そこでの子どもたちへの「ありがとう」がきっとたくさんあることと思います。先生が子どもたちと、一生懸命に音をつくっていく営みそのものが、とても尊いことだと私は思います。日頃、いろいろな方々(ご家庭の方、先生方など)に支えられてきた子どもたち。そんな子どもたちと音楽をつくっていくことのできる機会をいただけるのは、教師として本当に幸せなことです。きっと先生方は皆さん、同じ気持ちだと思います。

松井 この楽曲が誕生したきっかけは、浩美さんの子どもたちへの情熱があったからこそだと、今日お話を聞いて改めて思いました。……あの頃は若かったですよね(笑)。

高橋 本当に! お互いに若かったですね(笑)。

松井 やはりその若さと情熱で曲が生まれたんだと思います。校長先生も退職される直前につくられた詞で、きっとそれまでの教歴の集大成になったのではないでしょうか……。楽曲が誕生してもう28年が経ちましたが、これからも幅広い世代で永く、普遍的に歌われる歌になってほしいですね。

高橋 そうですね。楽曲が誕生してからこれまでに多くの方に歌っていただきました。これからも皆さんの心の中にある歌であってほしい。『旅立ちの日に』を聴くと、当時のことを思い出したり、仲間と一緒にまた歌いたいなあと思ったり……そんな歌であり続けてほしいと願っています。

——『教育音楽』2020年2月号特集「永久保存版『旅立ちの日に』」より/高橋浩美(埼玉県立秩父特別支援学校教諭)、松井孝夫(聖徳大学准教授)

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