編曲者・松井孝夫が語る『旅立ちの日に』合唱指導のポイント
校種問わず歌われている『旅立ちの日に』。音楽科教員であれば、一度は合唱指導を経験しているのではないでしょうか。本記事では、合唱版の編曲者・松井孝夫先生に演奏・指導のポイントを伺いました。
全国の音楽の先生に役立つ誌面をつくるため、個性あふれる先生、魅力的な授業、ステキな部活……音楽教育の現場を日々取材しています。〔音楽指導ブック〕〔教育音楽ハンドブック...
冒頭(前奏)
冒頭の「心を込めて」という言葉は、高橋浩美さん自身によるものです。彼女は「歌に前向きではなかった生徒たちが、3年かけてやっと歌うようになり、それにつれて学校の雰囲気も良くなった。子どもたちもがんばったし、先生方も協力してくれたおかげだ、うれしくて仕方なかった」と……そういう感謝の気持ちから生まれた曲なので、「歌うときには感謝をするべき人の顔を思い浮かべて、『ありがとう』という気持ちをもってほしい」とかねがね浩美さんは語っています。
だからこの「心を込めて」はとても重要なんです。
A(11小節)~
1番は季節の景色を思い浮かべて、2番は友人への思いを振り返って。でも北海道から沖縄まで春の景色はそれぞれ違うし、「白い光の中に」と言ってもピンとこない地域もありますよね。その場合は、曲が生まれた場所について少し知ってもらえたら。「埼玉県の山の中の秩父地方、春先には遠くの山に雪がかかって、朝の光を山の雪が浴びると白く見えるんだ……」と話してあげてください。景色を具体的に想像できると歌の表現も変わってくる。生徒たちに情景を調べさせてもいいですが、情報は先生がある程度教えてあげないと生徒は知りようがないのですから、それは先生の仕事だとも思います。
2番の、友との思い出は第三者として歌うのではなく、自分自身の、仲間への思いを歌に乗せてほしいですね。道徳の活動にも近いかもしれませんが「いさかい……あのとき、君たちもこんなこと言ってケンカしたよね」というように、実体験と歌詞とを重ね合わせて導いていただけたら。
旋律は1番と2番で同じものですが、歌詞の内容・語感を意識し、それらを大切に歌おうとすると、音楽も自ずと変わってくるはず。「1番と2番ではこう変えて……」と考えるよりも、一つ一つの歌詞からくるニュアンスを優先して表現すればいいと思います。歌いだしはしっとりと。「しろいひかりの!」とハキハキ歌ってしまうとムードが崩れてしまいますので、やさしく、繊細に歌い出して。
言葉の発音はただ「気を付ける」のではなく、言葉の質感・語感を大切にして工夫してみてください。「しろい」のs は、ティッシュペーパーをふわっと、大切に持ち上げる感じ。「ふと」のf も、羽毛の毛布のような柔らかな感じ。「はるかな」のh は、はるか遠い距離感を感じられる発音に……情景を具体的に思い描くことで、発音も変わるでしょう。「はるかなそらのはてまでも」は平坦になりがちですが、「はるかな・そらの・はてまでも」と単語ごとに抑揚を付けることで、奥行きが出ると思います。
B(19小節)~
Bから3部に分かれますので、女声と男声のバランスに留意して。自分の声と相手の声が調和するのを味わいながら歌えたらいいですね。
「一度目をつぶって歌ってみようよ。そうしたら他の人の声も聞こえるよね」と投げかけたり、それぞれのパートで歌い、もう一方にはそれを聴かせて「この二つのパートがきれいに溶けあえるようにね」と意識し直したり、ハミングや「ラララ」などで歌ったり……時間がかかると思いますが、あの手この手で練習を工夫してみてください。
「じゆうをかけるとりよ/ふりかえる〜」は、ブレスが目立ちやすいところ。その後にクレシェンドも控えていますし、フレーズをきれいにつなげられるブレスの仕方を工夫しながら、息をコントロールして歌うといいですね。
「〜けれど/おもいで〜」は、けれどの「ど」よりも、おもいでの「お」の方が大事ですよね。一度歌詞を音読して「思いで強く抱いて」という言葉のニュアンスを確認し、それを大切にしながら歌ってみてください。
「ふりかえることもせず」のクレシェンドは、表記では「ず」の手前までですが、「ずー」と音を延ばしている間もクレシェンドし続けてサビにつなげましょう。「ゆうき」に向かって、音も気持ちも盛り上げていく。だから気持ちを切らしてはダメです。
C(27小節)~
サビであるCは雄大に、たくましく。男声は高い音域ですが、そこでふにゃっとしてしまうと曲が死んでしまいますので、つとめて「雄大に」。
「おおぞらに」のクレシェンド、忘れやすいですがきちんと表現してほしいですね。ここにクレシェンドを書いたのは、今一度盛り上げてから「夢を託し」たいと思ったから。
サビは浩美さんがこの曲で最初に作った部分なので、サビ全体が「この曲が一番伝えたいメッセージ」。だから、その後半までしっかり盛り上げることは大事だと思います。
間奏(35小節)~
最初は「長くなるから省いてもいいんじゃないか」とも思っていたのですが、「何かセリフを入れてもいいよね」と考えて残したものです。
伴奏者にはめいっぱい自分を表現してもらいたいですし、それを聴いて待つ歌い手たちにも、次に来る2番に向けて友だちや自分の周りの人への感謝を思い返し、気持ちを高めてほしいなと思います。
D(46小節)~
Più mosso はもちろん実際に速度を上げてもいいんだけど、速度自体はそのままでもいいんです。なぜならこれは「気持ちのPiù mosso」……テンポを変える・変えないよりも、逸る気持ち・躍動感を感じて、それを表現できるテンポを築いていただけたら。
D直前2拍のピアノは「ここから次の世界に行く」ためのもの。急にエンジンがかかるような感じで、躍動感・推進力をもって弾いていただきたいですね。Dは歌詞のとおり、未来へ飛び立っていく部分。この2拍をピアニストがどう弾くかで、その後が生きるか死ぬか、みんなが飛び立っていけるかどうかが決まります。
女声と男声の掛け合いは、互いに競い合って高め合うように。「お互いに負けないぞ!」という意気で、互いに燃えて歌ってほしいですね。「いま」は大事に、力強く。それまでは過去を振り返るなどしてきましたが、ここでは「今がこの」という意識をしっかり持って歌ってください。
男声の「みらいしんじて」は「て」が飛び出しやすいです。「シ→ファ→レ」といったん下がってぐっと上がる音の流れには、エネルギーがかかりますから。女声とのバランスも考えてコントロールを。Dの男声に跳躍が多いのは躍動感の表れです。うまく歌うためには、理性を保ち、吠えすぎないこと。とはいえ卒業式の山場、曲のクライマックスではもう「きれいに歌おう」ではなく、心の叫びも大事。だから魂を込め、気持ちを振り絞って跳躍に挑んでもらえればいいと思います。
4回繰り返す「このひろい」は、その後の「大空」に向かってぐーっと広がっていくように。4回の繰り返しの中で、4段階でクレシェンドをかけていきましょう。それを際立たせるためにも、最初の「このひろい」はいったん抑えて。男声と女声で協力して、一つのクレシェンドをつくり上げていけたら素敵ですね。
最後の「おおぞらに」で、パートごとの掛け合いから同じリズムでのハーモニーに戻ります。生徒たちは無意識だと「おおー/ぞーらにー」とブレスをしてしまうので、「大空がずっと続いていく感じで歌おう」と伝えて。ピアノの右手は4分音符が続きますが、合唱はしっとりと歌うのですから、ピアノもしっとりと大切に弾いてほしいですね。4分音符の連続でもそっけなくせず、かみしめるように。左手のリズムは、曲が進むにつれて徐々に細かくなり、躍動してきます。歌と一心同体になって曲を盛り上げていく……というスタンスで弾いてください。それから、忘れがちでも大事なのがクレシェンド。たかがクレシェンドでも、その表現があるとないとでは盛り上がりが大きく変わるので、やっぱり楽譜通りに演奏してくれるとうれしいです。
混声合唱の鍵になるのはやっぱり男声。男の子をいかに素敵に歌わせるかで混声合唱は大きく変わるので、気持ちよく歌えるようにさせてあげたいですね。男の子が一生懸命歌うようになると、女の子もそれに共感してますます声が出るようになるものです。
——『教育音楽』2018年2月号特集「作者に聞く! 定番卒業ソング大解剖」より/松井孝夫(聖徳大学准教授)/構成:小島綾野(音楽ライター)
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