『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』唯一無二の巨匠、その知られざる人生のすべてを最期まで
映画音楽の巨匠ミシェル・ルグランの最晩年にまで迫ったドキュメンタリー『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』が、9月18日に公開されます。アカデミー賞3度受賞の輝かしいキャリアとともに、厳しさと情熱に満ちた創作の現場を余すことなく捉えた本作。ルグランと深い縁をもつデヴィッド・ヘルツォーク・デシテス監督のインタビューを交えながら、その見どころを紹介します。
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
巨匠ミシェル・ルグランの最晩年まで密着
1950年代に、シャンソン歌手の伴奏ピアニスト/アレンジャーなどを皮切りに、ジャズ・シーンで頭角を表したミシェル・ルグラン。60年代からは映画音楽の分野にも本格的に進出。ヌーヴェルヴァーグからハリウッドまで、さまざまな作品のサントラ・スコアや主題曲を手がけ、80年代までにアカデミー賞で3度のオスカーを獲得している。
90年代からはさらに活躍の場を広げ、オーケストラの客演指揮者を務めつつ、クラシックやジャズのコラボ・アルバムの数々を制作。自身のピアノ・トリオによるライブ活動も精力的に行ない、オリジナル・ミュージカルや舞台作品も手がけて、2017年にはピアノ協奏曲とチェロ協奏曲を発表するなど、その生涯は2019年1月26日に87歳でこの世を去るまで、尽きることのない創作意欲と衰え知らずの演奏活動によって満たされていた。
1932年2月24日、パリ生まれ。フランスを代表する作曲家、編曲家、ピアニスト、歌手、指揮者。
11歳で、パリ国立高等音楽院に入学し、アンリ・シャランやナディア・ブーランジェに師事。20歳で卒業し、その後1950年代からジャズ、映画音楽の分野で活動。『シェルブールの雨傘』、『ロシュフォールの恋人たち』をはじめ、数々の映画音楽を創作し、20世紀後半のフランス映画音楽界を代表する存在となる。
©-MACT PRODUCTIONS-LE SOUS-MARIN PRODUCTIONS-INA-PANTHEON FILM-2024
映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』は、そんな巨匠の音楽人生に奥深く迫ったドキュメンタリー。
監督は、両親が1968年の映画『華麗なる駆け』をきっかけに出会い、主題歌の〈風のささやき〉(※第41回アカデミー賞・主題歌賞受賞)のレコードを聴きながら愛を育んだ結果、この世に誕生した……という、ルグランとは深い縁で結ばれたデヴィッド・ヘルツォーク・デシテス(1973年カンヌ生まれ)。
それだけに、本作はよくある音楽家の“没後”ドキュメンタリーとはひと味違う。一方で記録映像や近親者・仕事仲間へのインタビューなどで、その栄光のキャリアを振り返りつつ、もう一方では最晩年である2017~2018年のルグランに密着。この2つの軸が絶妙に絡み合いながら進行する。
とくに、リハーサルでの自他ともに一切の妥協を許さない厳しい姿勢、ステージ舞台裏での表情、体調不良やプレッシャーと戦いながらピアノ演奏に向かう様子など、これまであまり知られることのなかった素顔までもが、余すことなく映し出されるので目が離せない。
監督はインタビューでこう語った。
「私は何年も映画のメイキングや予告編を作る仕事をしていて、2012年頃からミシェルの映画を撮りたいと熱望するようになっていたのですが、彼のマネージャーにメールを送っても返事がなく、周りの誰もが『そんなの実現できっこないよ』とか『仮に作れたとしても観たい人なんて多くないのでは?』と冷ややかでした。
でも、2017年にカンヌ映画祭のプライベート・コンサートで実際にミシェルに会って話してみて、なんてエネルギーに満ちあふれた人なんだろうと思い、絶対にこの偉大な人にトリビュートするべきだし、今がもうその時期に来ていると確信したんです。それで彼の家を訪ねてプレゼンして私の本気をわかってもらい、そこから時間をかけて撮影にこぎつけることができました。
本当に今あらためて、ミシェルの人生の最終チャプターでありキャリアの締めくくりを、映像に収めることができたのは奇跡的でした。とりわけ、楽譜に向かって映画監督オーソン・ウェルズ(1915~1985)の未完の遺作『風の向こうへ』の音楽を作曲している風景と、2018年12月1日のフィルハーモニー・ド・パリでの最後のコンサートに臨む姿は」。
30作以上の映画の名場面が贅沢に登場
もちろん若き日の秘蔵映像や音声録音など、貴重な個人的アーカイブも充実。11歳でパリ国立高等音楽院に入学し、ナディア・ブーランジェに師事した頃のエピソードから、業界の実力者であるジャック・カネッティに見出されてシャンソンやジャズの世界に足を踏み入れ、さまざまなミュージシャンとの共演から次第に作曲家としての才能を開花させていく過程もわかりやすく描かれる。
そして何よりも圧巻なのは、ルグランが携わった30作以上の映画の名場面が贅沢に登場するところ。とくにデビュー作の『ローラ』(1961年)を始め、全編を美しい歌唱で綴ったミュージカル映画の金字塔『シェルブールの雨傘』(1964年)と『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)で“黄金コンビ”を組んだ盟友、ジャック・ドゥミ監督とのこぼれ話やメイキング・シーンは、熱狂的なファンならずとも必見なはずだ。
『シェルブールの雨傘』
「たまに『他のコンポーザーと比べて、ミシェル・ルグランはどこか特別なの?』と訊かれることがあるのですが、そんな問いには『ミシェルの音楽がいつも“感情的”だから』と答えています。
彼の作品は喜びや哀しみと正直につながっている。例えば、私は敬愛するエンニオ・モリコーネとも一緒に仕事をしたことがあるのですが、彼はあまり感情的ではないですね、その証拠に、モリコーネがオーケストラを指揮する姿は、とても理路整然としている。それに対してミシェルの指揮は混沌としていて、彼のハチャメチャな人生そのまま」(監督)
著名人との共演シーンも見どころ
劇中にはこのほか、スティングやクロード・ルルーシュ監督、スター・ソプラノのナタリー・デセイらによる証言に、クインシー・ジョーンズやナナ・ムスクーリとの共演映像など、見どころが盛りだくさん。姫由美子と高英男が『シェルブールの雨傘』の有名な場面を日本語歌唱でデュエットする様子や、1992年の来日公演で「どうぞ舞台に上がってきてください」と日本語で客席に語りかけるシーン、2018年7月のブルーノート東京での5年ぶり(最後)の来日公演(ルグラン・トリオ)のステージなど、日本人には嬉しいお楽しみも。
個人的には、ピアノを弾きながら歌唱する場面が随所に散りばめられているのも“推し”ポイント。映画『愛のイエントル』(1983年)でコラボしたバーブラ・ストライサンドと名曲「これからの人生」をデュエットするプライベート映像でも、アメリカが生んだ不世出の歌姫と互角に渡り合っているのがすごい。
「ある意味とても貪欲な人なんです(笑)。しかも、作曲もピアノの腕前も、ジャズ演奏も歌も、すべて天賦の才。あんな天才は、これからも二度と出てこないでしょうね」(監督)
なお、映画の公開にあわせてオリジナル・サウンドトラック盤も発売中。こちらにもインタビューやライヴ録音など今回初めてリリースされる未発表音源もありつつ、全体的には代表曲を網羅した「THIS IS ルグラン」的ベスト盤要素も満載なのでおすすめしたい。
『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』オリジナル・サウンドトラック
9月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
監督・脚本: デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス
脚本:ウィリー・デュハフオーグ
製作:マルティーヌ・ド・クレルモン・トネール ティエリー・ド・クレルモン・トネール デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス
編集:マルゴッド・イシェール ヴァンサン・モルヴァン デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス
撮影:ニコラス・ボーシャン リヤド・カイラット スタン・オリンガー
音響:テオドール・セラルド
音楽:デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス ミシェル・ルグラン
出演:ミシェル・ルグラン アニエス・ヴァルダ ジャック・ドゥミ カトリーヌ・ドヌーヴ バンジャマン・ルグラン クロード・ルルーシュ バーブラ・ストライサンド クインシー・ジョーンズ ナナ・ムスクーリ
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