毎日のドタバタ——湿度管理、調律に運搬!? フォルテピアノ奏者の1日
平井千絵さんのお宅に伺ってビックリ!! 美しい“昔のピアノ”がまるで博物館のように並んでいました。でも、ここに並ぶピアノたちは展示物ではなく現役の楽器です。良い音で、良い演奏をするために、フォルテピアノ奏者に強いられる毎日のドタバタ。平井さんの笑いあり、涙あり? 愛に満ちた連載がスタートです!
桐朋学園大学ピアノ科卒業後、オランダ王立音楽院修士課程を首席卒業。ブルージュ国際古楽コンクール等、国内外のコンクールに多数入賞。ウィーン・コンツェルトハウスでの演奏は...
昔のピアノを紹介します
こんにちは。
昔のピアノ、「フォルテピアノ」たちと暮らす、平井千絵と申します。
高校3年までサンタクロースを信じていた、ちょっとアブなっかしい、元・女の子です。
みなさんは、ピアノには先祖があって、そこから変化して現在の姿になったことをご存知ですか?
こんな形や……
こんな姿……
……をしていました。
これらすべて、「フォルテピアノ」と総称して呼ばれています。
職人のこだわりが感じられる、美しいデザインですよね。
こういう個性派と暮らしていると、色々なことが起こります。
嬉しくないことも色々と。
まぁそれでも、それを許してしまうのは、惚れた弱み、なんですが。
調律師は自分です
フォルテピアノと暮らす人の朝は、パートナーのご機嫌伺い=温湿度計の数字をパジャマでチェックしに行く、
から始まります。
夜間に満水になって除湿機(加湿機)が止まっていなかったか、
大きな天候の変化があった日や、長期不在後は、ピッチを必ず確認します。
90%以上が木が出来ているシンプルな構造なので、温度・湿度の変化にはものすごく敏感。大きなヴァイオリンみたいなものです。
響板が湿気を帯びて丸く膨らむ夏場、乾燥で縮んでピシッパシッと言いだす冬。それぞれに、四季折々の音色(顔色)があります。
さぁ練習、となって最初にやることは、軽い調律です。
わたしは、古い楽器の世界に入って割とすぐに絶対音感を手放したので、ピッチの高低が判断できません。音叉がわりのチューナーは必須アイテムです。
音の澄ませ方、濁らせ方は、調律によっても変化させることができるので、その日弾こうと思う曲に(適当に)合わせて、調律します。
こういうこと、今までおおっぴらに言わないできました。めんどくさい楽器だねって敬遠されたら悲しいですもん、大好きだから。
でも、調律がすぐ乱れちゃうのも、冷暖房・加湿除湿器ばっちり入れて湿度温度管理ぎっちりやらないと、たちまち不具合発生なのも、個性。
同居歴15年越えのこのわたしが、それをネガティブに捉えてどうする!
フォルテピアノ弾きの1日
というわけで、事実は隠さず、ありのままに。
一見欠点と思えるような特徴もすべてご紹介しつつ、
フォルテピアノ弾きの、とある1日をご覧いただきます。
都内でのコンサート(マチネ)当日。使用楽器はワルター。
5: 00 温湿度計の数字、除湿加湿器の水位、ピッチ*と接近**のチェック。不具合があればざっくり対応。もしくは、「当日だからじたばたしないや」***と技術者さんに丸投げで対応しない。
6:30 運搬チーム到着。楽器を横倒し&解体。脚を取る→脚や譜面台などのパーツを毛布でぐるぐる巻き、楽器本体はカバーですっぽり。専用ワンボックスカーへ。短足台(足が短いひとにしか必要ない足台)を忘れずに。
7:30 楽器と一緒にしゅっぱーつ。
9:00 会場到着・搬入。 ホールなら、台車に乗せて搬入口からすーっと。邸宅やお寺など台車が使えないところでは、玄人男子ひとりと一般男子1名で手持ちで。
10:00 妥協はなし、実験は大ありの楽器位置決め。昔の楽器は楽器の近くであればあるほど、摩擦音とか雑味成分とか音の消え方のディテールが聴こえやすい。ベストポジションを探す。
11:00 リハーサル開始。途中30分くらいの下調律と調整含むことも。
13:00 リハーサルおわり 本調律開始。楽屋で白湯飲んで自力整体。
13:30 開場。開演まで調律続行。着替え・メイク。
14:00 開演。
14:45 休憩15分。この間も調律。
16:00 終演→サイン会。その間、運搬チームによる搬出開始。
19:00 楽器自宅に到着。荷下ろし。
20:00 搬入完了。運搬チーム様、おつかれさまでした、ありがとう!
21:00 温湿度計チェック&除湿加湿器の水抜き/水足しセット後、おやすみなさい!(乾杯適宜。)
*基準音ラ(a’)=440Hzというのが国際的に定められた現代のおおよそのピッチ=音の高さです。かつてのピッチは、時代や状況によってまちまちだったのですが、現在、フォルテピアノ業界周辺においては、430Hzがほぼ国際的な基準になっています。
**接近 ちょっとマニアックなので、動画付きで次回以降に!
*** コンサート2週間くらい前から、コンディション作りを強化しますが、最後はプロにお任せ。日本が世界に誇る製作家で運命共同体のOさんにいつも助けてもらっています。
普通の日バージョンもちらっと!
X月15日 10:30〜管楽器とのリハがある場合の10日前、X月5日。
午前 ①ハンマーの動きを揃える ②ピッチをチェックして、調律。ここまで3時間。
午後 ①ピッチをチェックして、調律(1〜1.5時間)。②練習開始
翌日も同じことを繰り返し、ピッチを安定させます。毎日、徐々にメンテにかかる時間は減っていきます。
10日くらいかけてゆっくり整えることがポイント。一気にやろうとすると、猛烈な抵抗(弦は切れる、ピッチは安定しない、調律は暴れる)にあうので、ゆっくりじっくり。
って、うんざりされました?…… ましたね。
ふた開けたらすぐ弾きたいですよね、ふつう……。
なんでじゃあそんな面倒な楽器をやることにしたのか?
もちろん、惚れたから、ですが!
自分の人生を変えた、この、愉しくも素敵な音世界にぜひ、みなさまを引きずり込みたいという強い目論見、思いを胸に、連載を始めます。ご期待ください!
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