読みもの
2018.07.12
平井千絵の 「昔のピアノと暮らしています」 第1回

毎日のドタバタ——湿度管理、調律に運搬!? フォルテピアノ奏者の1日

平井千絵さんのお宅に伺ってビックリ!! 美しい“昔のピアノ”がまるで博物館のように並んでいました。でも、ここに並ぶピアノたちは展示物ではなく現役の楽器です。良い音で、良い演奏をするために、フォルテピアノ奏者に強いられる毎日のドタバタ。平井さんの笑いあり、涙あり? 愛に満ちた連載がスタートです!

平井千絵
平井千絵 フォルテピアノ奏者

桐朋学園大学ピアノ科卒業後、オランダ王立音楽院修士課程を首席卒業。ブルージュ国際古楽コンクール等、国内外のコンクールに多数入賞。ウィーン・コンツェルトハウスでの演奏は...

PHOTO : Ayumi KAKAMU

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昔のピアノを紹介します

こんにちは。

昔のピアノ、「フォルテピアノ」たちと暮らす、平井千絵と申します。
高校3年までサンタクロースを信じていた、ちょっとアブなっかしい、元・女の子です。
みなさんは、ピアノには先祖があって、そこから変化して現在の姿になったことをご存知ですか?

こんな形や……

ワルター(モーツァルト時代のピアノ。複製)

こんな姿……

ローゼンベルガー。いちばんのおじいちゃん。約200歳
横についているのは運搬時、ピアノを立てるのに使う木の板、通称「そり」
プレイエル。約180歳

……をしていました。
これらすべて、「フォルテピアノ」と総称して呼ばれています。

職人のこだわりが感じられる、美しいデザインですよね。
こういう個性派と暮らしていると、色々なことが起こります。
嬉しくないことも色々と。
まぁそれでも、それを許してしまうのは、惚れた弱み、なんですが。

撮影は平井千絵さんのご自宅でさせていただいた。自慢のフォルテピアノたちと

調律師は自分です

フォルテピアノと暮らす人の朝は、パートナーのご機嫌伺い=温湿度計の数字をパジャマでチェックしに行く、
から始まります。

夜間に満水になって除湿機(加湿機)が止まっていなかったか、
大きな天候の変化があった日や、長期不在後は、ピッチを必ず確認します。
90%以上が木が出来ているシンプルな構造なので、温度・湿度の変化にはものすごく敏感。大きなヴァイオリンみたいなものです。
響板が湿気を帯びて丸く膨らむ夏場、乾燥で縮んでピシッパシッと言いだす冬。それぞれに、四季折々の音色(顔色)があります。

さぁ練習、となって最初にやることは、軽い調律です。

わたしは、古い楽器の世界に入って割とすぐに絶対音感を手放したので、ピッチの高低が判断できません。音叉がわりのチューナーは必須アイテムです。
音の澄ませ方、濁らせ方は、調律によっても変化させることができるので、その日弾こうと思う曲に(適当に)合わせて、調律します。

こういうこと、今までおおっぴらに言わないできました。めんどくさい楽器だねって敬遠されたら悲しいですもん、大好きだから。

でも、調律がすぐ乱れちゃうのも、冷暖房・加湿除湿器ばっちり入れて湿度温度管理ぎっちりやらないと、たちまち不具合発生なのも、個性。

同居歴15年越えのこのわたしが、それをネガティブに捉えてどうする!

フォルテピアノ弾きの1日

というわけで、事実は隠さず、ありのままに。
一見欠点と思えるような特徴もすべてご紹介しつつ、
フォルテピアノ弾きの、とある1日をご覧いただきます。

都内でのコンサート(マチネ)当日。使用楽器はワルター。

5: 00 温湿度計の数字、除湿加湿器の水位、ピッチ*と接近**のチェック。不具合があればざっくり対応。もしくは、「当日だからじたばたしないや」***と技術者さんに丸投げで対応しない。


6:30
  運搬チーム到着。楽器を横倒し&解体。脚を取る→脚や譜面台などのパーツを毛布でぐるぐる巻き、楽器本体はカバーですっぽり。専用ワンボックスカーへ。短足台(足が短いひとにしか必要ない足台)を忘れずに。


7:30
  楽器と一緒にしゅっぱーつ。


9:00
  会場到着・搬入。 ホールなら、台車に乗せて搬入口からすーっと。邸宅やお寺など台車が使えないところでは、玄人男子ひとりと一般男子1名で手持ちで。


10:00
  妥協はなし、実験は大ありの楽器位置決め。昔の楽器は楽器の近くであればあるほど、摩擦音とか雑味成分とか音の消え方のディテールが聴こえやすい。ベストポジションを探す。


11:00
  リハーサル開始。途中30分くらいの下調律と調整含むことも。


13:00
  リハーサルおわり 本調律開始。楽屋で白湯飲んで自力整体。


13:30
  開場。開演まで調律続行。着替え・メイク。


14:00
  開演。


14:45
  休憩15分。この間も調律。


16:00
  終演→サイン会。その間、運搬チームによる搬出開始。


19:00
  楽器自宅に到着。荷下ろし。


20:00
  搬入完了。運搬チーム様、おつかれさまでした、ありがとう!


21:00
  温湿度計チェック&除湿加湿器の水抜き/水足しセット後、おやすみなさい!(乾杯適宜。)

 

*基準音ラ(a’)=440Hzというのが国際的に定められた現代のおおよそのピッチ=音の高さです。かつてのピッチは、時代や状況によってまちまちだったのですが、現在、フォルテピアノ業界周辺においては、430Hzがほぼ国際的な基準になっています。

**接近 ちょっとマニアックなので、動画付きで次回以降に!

*** コンサート2週間くらい前から、コンディション作りを強化しますが、最後はプロにお任せ。日本が世界に誇る製作家で運命共同体のOさんにいつも助けてもらっています。

普通の日バージョンもちらっと!

X月15日 10:30〜管楽器とのリハがある場合の10日前、X月5日。

 

午前 ①ハンマーの動きを揃える ②ピッチをチェックして、調律。ここまで3時間。

 

午後 ①ピッチをチェックして、調律(1〜1.5時間)。②練習開始 

翌日も同じことを繰り返し、ピッチを安定させます。毎日、徐々にメンテにかかる時間は減っていきます。
10日くらいかけてゆっくり整えることがポイント。一気にやろうとすると、猛烈な抵抗(弦は切れる、ピッチは安定しない、調律は暴れる)にあうので、ゆっくりじっくり。

って、うんざりされました?…… ましたね。

ふた開けたらすぐ弾きたいですよね、ふつう……。

なんでじゃあそんな面倒な楽器をやることにしたのか?

もちろん、惚れたから、ですが!

自分の人生を変えた、この、愉しくも素敵な音世界にぜひ、みなさまを引きずり込みたいという強い目論見、思いを胸に、連載を始めます。ご期待ください!

平井千絵
平井千絵 フォルテピアノ奏者

桐朋学園大学ピアノ科卒業後、オランダ王立音楽院修士課程を首席卒業。ブルージュ国際古楽コンクール等、国内外のコンクールに多数入賞。ウィーン・コンツェルトハウスでの演奏は...

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