弟子に片想いされたモーツァルト「運悪く目が合うと最悪な1日になる!」〜嫌悪感から生まれた名曲も
大作曲家たちも、恋に落ち、その想いを時にはロマンティックに、時には赤裸々に語ってしまいました。手紙の中から恋愛を語っている箇所を紹介する、作曲家にとってはちょっと恥ずかしい連載。
第3回はモーツァルトが片想いされたときの、ときめかない手紙を紹介します。悪口の嵐、そして手紙だけでなく音楽作品の中にも忍ばせた嫌悪感……いったい何があったのでしょうか。
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
あの娘は、画家が悪魔をそのままに描くなら、いいモデルになるよ。田舎娘みたいにデブ(dick)だし、汗もハンパじゃないし、吐きそうになる。しかも、あからさまに「ねえ。こっちを見てよ、お願い」って感じで、はだけた服を着て、こっちを見ながらうろうろしてる。こんなの誰が見たい? もう盲目になったほうがよっぽどいいって。ちなみに運悪くも、ふと見てしまうともう一貫の終わり! その日は最悪の一日になります。もうね、催吐剤を使ってでも、吐いたほうがマシ。本当に嫌気がさすし、しかも汚いし、ほんまにさぶいぼモン(
grauslich、オーストリア方言で鳥肌)だわ! おえっ、この野郎!
1781年8月22日、父宛
念のため、最初に一言。これは決して誇張して翻訳していません! モーツァルトが書いた手紙を、そのまま大真面目に訳しています。
モーツァルトはこのとき25歳。同年1月にザルツブルクの雇い主と決裂し、ウィーンでフリーランス音楽家として駆け出しの頃でした。収入も少なく、主な仕事はピアノ(フォルテピアノ)のレッスン。
この手紙は、その頃に教えていたヨゼッファ・バーバラ・アウエルンハンマーについて書かれています。すなわち、モーツァルトにとっては初期の弟子だったわけです。
アウエルンハンマーは当時23歳。モーツァルトに片思いをしており、まだそんなに仕事がないモーツァルトに、毎日2時間のレッスンをお願いしていました。そしてその生活はなんと何か月も続きます。
上でご紹介している手紙は、そんななかで書かれたものです。同手紙では、モーツァルトの愚痴がまだまだ続くのですが、あまりに書き連ねているので、最後に「オペラの第1幕がたった今でき上がりました」と、オペラになぞらえてユーモアまで交えています。
そんなアウエルンハンマーは、モーツァルトに気に入られたい一心で、ピアノを頑張っていたそうですが、そんな思いとは裏腹に、6月には次のような手紙が送られています。
本当にその令嬢ったら、もうバケモノのようなブス(scheusal)だよ!(略)でも、自分がブスだというのを自覚していて、結婚もできないから音楽で食べていくって言ってる。いや、ブスというよりむしろバケモノだけど、本当にその通りだよ! だから、その手助けくらいはしてやろうと思ってる。
1781年6月27日、父宛
とんでもなく汚い言葉で書かれていますが、モーツァルトはアウエルンハンマーが熱心に頑張っている部分は評価しており、11月には二人で彼女の自宅で「2台のピアノのためのソナタ」を初演します。
当時は1台のピアノを2人で演奏する連弾が主流でしたが、なぜわざわざ2台のピアノのために書いたのでしょうか? それには理由があります。吐き気を催すほどのバケモノと、横並びで弾きたくなかったからです……悲しすぎます!
「2台のピアノのためのソナタでは、アウエルンハンマー嬢は第1ピアノを演奏しました」(1782年1月9日、父宛)とあることから、初演でモーツァルトが第2ピアノを弾いたことがわかります。モーツァルトがここまでの罵詈雑言を連ねるほどの弟子と演奏するために書いた曲……その気持ちは、しっかりと作品にも反映されているんです!
例えば、第1楽章の終盤を見てみましょう。
第1ピアノが、気持ちよくメロディを弾いているところで、第2ピアノが合いの手を入れています。この合いの手は半音階で書かれているのですが、半音階は第1ピアノには一度も登場しません。
そして、譜例の3小節目に書かれている半音階には大きな意味があります。完全4度間を半音階で下降する音型のことを、パースス・ドゥリウスクルス(Passus Duriusculus)というのですが、これは人生のつらさを表す音型なのです! この音型は、第2ピアノにのみ2回登場します。
さすが、モーツァルト。手紙に悪口を並べるだけでなく、わかる人にはわかるように、自分の気持ちをしっかりと音楽にも反映させていました。
ここまでの雑言のヴァリエーションを披露したモーツァルト、それを知らずにひたすら片思いを寄せるアウエルンハンマー嬢でしたが、共演するだけではなく、令嬢の父が亡くなった際には、モーツァルトが自分の知り合いを紹介し、身を寄せられるように計うなど、なんだかんだで師匠と弟子としてはしっかりと向き合っていました。
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