「三業」が織りなす日本の総合芸術 ~5月文楽公演~
あらゆる舞台を”聴く”という視点からお伝えする高橋彩子さんの連載。第1回はユネスコ無形文化遺産でもある日本の伝統芸能「文楽」。“太夫(たゆう)”“三味線”“人形遣い”の「三業」が織りなす総合芸術の魅力を、2018年5月文楽の公演とともに紹介してくれます。
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...
視覚重視(偏重?)の現代社会。技術の発展によって、多種多様な視覚的仕掛けが、私達の目に次から次へと刺激を送り続けている。舞台芸術も例外とは言えないだろう。ムービングライトを駆使した照明や、劇場の機構を活かして縦横無尽に動く美術、さらにプロジェクトマッピングの導入だって、昨今では当たり前になりつつある。
そんな時代だからこそ、敢えて言いたい、舞台を“聴こう”と。舞台にあふれる声、音、音楽に耳を傾ければ、観劇体験が豊かになること請け合い。しかも、そうやって耳をそばだてれば、目に映るものだって、より鮮明になってくるのだ。
というわけで、この連載の第1回でONTOMO読者に強くオススメしたいのは、ユネスコ無形文化遺産でもある日本の伝統芸能「文楽」。人形劇のイメージが強いかもしれないが、実は文楽は、「三業(さんぎょう)」と呼ばれる“太夫(たゆう)”“三味線”“人形遣い”の3部門が総力を挙げて送る、オペラにも匹敵する総合芸術なのである。
文楽に行くと、客席の目の前には、他の舞台芸術同様に額縁舞台があり、人形遣い達による人形の演技が繰り広げられる。人形とは思えぬほど精緻で躍動感あふれる動きには、誰もが目を見張るはずだ。
しかし、上手端に目を向ければそこには、客席側に張り出した小さなスペースが見える。ここが、太夫と三味線弾きが義太夫節を語る“床”。オペラでは舞台上の歌手達とピットの中のオーケストラが演奏する音楽を、文楽ではほぼこの“床”の太夫と三味線だけで担う。大勢の太夫、三味線弾きがずらりと並ぶ場面もあるものの、多くの場合、太夫1人、三味線弾き1人。太夫はあらゆる登場人物の台詞や心の内、さらには筋の進行や情景描写や作者の思いといったナレーションにあたる言葉までを語りわける。最上位の“切り場語り”になると、マーラーの交響曲並みの90分間、1人で語ることも。
一方、三味線は、その音色で太夫の語りを支え、補い、さらに言葉では表せない事柄をも音で表現する。聴き慣れてくると、人物の喜怒哀楽から、運命の無情さ、木の葉がはらはらと舞い落ちる様子、血の滴るさまなどなど、三味線だけで実にさまざまな内容を表していることがわかるだろう。
近いところでは5月文楽公演で、その芸を楽しむことができる。注目は、昼の部の『本朝廿四孝』勘助住家の段。全部通すと長大な作品だが、ここで描かれるのは、大河ドラマ『風林火山』の主人公にもなった軍師・山本勘助の誕生秘話。物語はこうだ。
軍師として知られた故・山本勘助には、横蔵と慈悲蔵という2人の息子がいるのだが、母はドラ息子の横蔵に甘く、孝行息子の慈悲蔵には辛く当たってばかり。実はこの横蔵、顔がそっくりな長尾景勝の身代わりとして死ぬことになっており、慈悲蔵はその長尾家に密かに仕えていた。ところが、いざ身代わりに、という局面を迎えたそのとき、横蔵は、身代わりになれぬよう自らの目を潰した上で、実は自分は武田家の家臣として足利家を守っていると明かし、父の名「山本勘助」を継ぐ。かくして兄は武田方、弟は長尾方であることが判明。兄弟は互いにエールを送って別れるのだったーー。
この息もつかせぬ奇想天外な物語が、太夫と三味線によって臨場感たっぷりに語られるさまは必聴だ。横蔵のちに山本勘助の人形を遣うのは、人形遣いの吉田幸助改め5代目吉田玉助。3代目吉田玉助の孫で、4代目を亡き父・2代目吉田玉幸に追贈の上でその名を継ぐ。かつて3代目が襲名したときの演目であり、中国の故事を引用して孝行とは何かを問う本作が襲名披露狂言というのは、なんとも粋な趣向だ。熱演に期待したい。
横蔵(のちに2代目山本勘助)の人形を持つ人形遣い、5代目吉田玉助。
このほか、同じ昼の部には、静御前と狐忠信が踊る『義経千本桜』道行初音旅を上演。ここでは複数の太夫と三味線がずらりと並んで演奏する。
また、夜の部は、闇討ちにされた父・吉岡一味斎の敵を討つべく奮闘する女剣士・お園が、敵は京極内匠であると突き止め、会ったことのない許婚である豪傑・毛谷村六助と運命の出会いを果たして助太刀を頼むまでを描く『彦山権現誓助剣』を上演。こちらは若手・中堅の太夫&三味線たちがフレッシュで力強い語りを聴かせてくれるはず。
要素が多いだけに耳も目も忙しく、一回ではなかなか理解しきれないかもしれないが、ぜひ、情熱的でダイナミックな文楽の芸を一度は体験してみてほしい。
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